第17話:翼を求めて…
「君の居場所は私の側なのだよ、愛しいエテルナ。よく私の手を取ってくれた。ふふっ、これで翼は揃った。後は神がいる天の頂へと飛び立つのみだ!あはははははははははははっ!」
アスタロトの笑い声が空しくボクの耳に響き渡る。
ボクはリーゼを裏切ってしまったんだ。
なぜ、アスタロトの手を取ってしまったんだろうか。
ボクは耳をリーゼに傾けていく。
けど、リーゼの音が聞こえない。
リーゼはボクをもう許さないだろう。
ボクはお父さんの仇であるアスタロトの手をとってしまったんだから。
お父さん。
理想の男性だと憧れたお父さん。
ボクに男とは好きな女を守るべきだと教えてくれたお父さん。
天国のお父さんはこんなボクに飽きれてるのだろうか。
ボクは誰よりも愛しているはずのリーゼを捨ててしまったんだから。
「許さないわ…」
リーゼの凍えるような怒りの声がボクの耳を突き刺さってくる。
そうだ。
ボクはリーゼの怒りを受け止めないといけない。
「ふふっ、何が許さないというのかな?」
アスタロトはボクの隣でせせら笑っている。
まるでボクとリーゼの繋がれた翼が引き裂かれる様を楽しむかのように。
「アスタロト!私は貴方を決して許さない!貴方は己の物にしたいがため、エテルナの心の隙間につけ込んだのよ!」
リーゼはボクに怒ってなかった。
アスタロトに怒ってるんだ。
どうしてなんだろう。
ボクはリーゼを裏切ったのに…。
どうして…。
どうしてなんだ…。
リーゼ…。
「違うな。私はエテルナを愛しているからこそ真実を教えたのだ。そして、納得して私の元に来たのだよ。君を捨ててね…」
「納得?ふざけないで!貴方は言ったわ、人は常に感情と理性の狭間に生きてるのだと。エテルナがどれほど強い力を持っても、まだ子供なのよ。貴方はエテルナの感情の揺らぎを知っていながら利用した。本当にエテルナのことを愛してるのなら、心の隙間に付け込むのではなく、受け入れるべきだったのよ!」
リーゼはまだボクのことを想っていてくれた。
まだ、ボクの内面を、心を見てくれていたんだ。
リーゼはまだボクを。
愛してくれてるんだ。
「それがどうした。エテルナは君の手を離して私の手を取った。これは揺るぎない事実であり、現実なのだ。君は私に負けたのだよ。いい加減に現実を認め、受け入れ、そして、諦めたらどうなのだ」
違う。
リーゼが負けたんじゃない。
ボクが。
ボク自身に負けたんだ。
リーゼが負けたんじゃないんだ。
ボクの手はもうアスタロトの手に囚われている。
もう、ボクは後戻り出来ないんだ。
「私も貴方から学んだことがあるわ…」
「ふっ、愚者である君が私に何を学ぶというのだ?」
アスタロトの嘲笑に対し、リーゼが一息つく音が響く。
アスタロトとアスタロテが勿体ぶるように話す感じに似ていた。
まるでアスタロトに意趣返しするかのように。
「真の敗北者とは己の剣が折れたことを認めたとき。私は誇り高きアインシュタイン家の当主であり、アスガルドの守護神と謳われたクロムウェル・アインシュタインの娘だ!私はどんなに絶望的になろうと決して己の剣を折ったりはしない!」
リーゼ。
「だから、私は戦う!例え、相手が世界の全てを見渡す者であろうとも!神の力を持つ者であろうとも!私は決して諦めない!エテルナを必ず守り抜いてみせる!なぜならば…」
リーゼは。
「私はエテルナの騎士なのだから」
『大丈夫、もうすぐ私は大人になって騎士として戦えるようになれる。そうしたら私がエテルナを絶対に守ってみせるから』
『私はエテルナの騎士になりたいの。君を苦しめる全てのものから守りたいから…』
『アスガルド王国騎士団団長クロムウェル・アインシュタインの長女リーゼロッテ・アインシュタインは貴方の騎士になることをここに誓います。私は剣となり盾となり、貴方を阻む全ての敵を討ち砕きましょう』
『私は…エテルナの騎士よ!騎士は…守るべき者を…決して…見捨てないんだからっ!』
ボクの。
騎士は。
リーゼだ。
鎖に繋がれた翼は。
解き放たれ。
ボクは。
どこまでも。
高く。
飛び立っていく。
リーゼの翼を求めて。
「エテルナ…」
目が見えないボクはまっすぐにリーゼの胸に飛び込んでいけた。
リーゼの暖かさが感じられる。
ボクを冷たい世界から守ってくる温もりだ。
ごめん、リーゼ。
ボクはまだリーゼのことが見えてなかった。
リーゼはそんなボクを暖かく包んでくれる。
「私はね。本当は諦めかけてたの…。でも、君が私の前に立って、アスタロトから守ってくれたときのことを思い出したの…」
ボクがリーゼを守るためにアスタロトの前に立ったとき。
「君は例え、私から嫌われようとも、自分は永遠に愛してくれると言ったことよ。あの言葉は私にとって何よりも大切な宝物になった。だから、今度は私が君に応えたいと思ったの。例え、君にどれほど憎まれようと私は変わらず命尽きるまで、いいえ、命尽きても君を愛し抜こうと…」
リーゼの愛はボクの思っているよりも遙かに深く大きかったんだ。
「それに言ったでしょ。君が立てなくなったら、私が支えるって…」
リーゼはボクの片翼の天使だった。
どこまでも寄り添って飛んでいける天使だったんだ。
「なるほど、リーゼロッテ、君は真の騎士だったということなのか…」
アスタロトの狂おしいほどに怒りに満ちた声がボクとリーゼに響く。
「だが、私もまた君と同じく己の剣を折ることは無い!それこそ、命尽き果てようともだ!」
ボクはお前のところには行かない。
「エテルナは私が守るわ!」
もうボク達は一歩も引かない。
例え、相手が世界の過去も現在も未来も全てを見渡す者だろうと。
「さあ、貴方の話の続きを聞きましょうか?」
リーゼはアスタロトに問いかける。
もうアスタロトに恐怖を抱いてない毅然としたリーゼ。
リーゼは真の騎士なんだ。
「生意気なことを…、てっきり君は耳を塞ぎ、目を閉じ、俯き、暗がりの中で絶望に震えるのだと思ったのだがな…」
アスタロトの挑発にリーゼは笑う。
もうアスタロトの言葉に惑わされてないんだ。
「お父様は言ってたわ。戦いに勝つためには自分を知り、相手を知ることだと…」
リーゼはアスタロトを受け入れているんだ。
だから、認めて、受け入れて、そして、討ち勝つつもりなんだ。
「はははははははっ!私は今こそ確信したよ!リーゼロッテ、君は私と同じなのだ。いや、言い直そう。君は私と同じ女なのだ…」
「同じ女?」
リーゼは戸惑った感じだ。
リーゼがアスタロトと同じ。
どういうことなんだろうか。
「私はこの場所に案内するときに言っただろう。自らを外から見ることで認め、受け入れたと…。自らを外で見ることは自らの顔を見ることだ。だが、人は相手の顔が見えても自分の顔を見ることはできない。ならば、自分の顔を見るにはどうするのか?」
相手の顔を見ることは出来ても、自分の顔は見れない。
確かにそうだ。
アスタロトは何が言いたいのだろうか。
「鏡で自分の顔を映せばいいのだ。リーゼロッテ、君は私の鏡なのだよ。君もまた私に嫉妬したはずだ。私はエテルナと同じ神の力の所有者なのだからな…」
リーゼがアスタロトに嫉妬していたんだ。
『私は貴様だけには絶対に負けたくない!貴様は…貴様は私からエテルナを奪おうとしてるのだから!』
リーゼの別の顔が分かった気がした。
「確かに貴方はエテルナと同じ神の所有者。けど、それだけよ。私はエテルナのことを誰よりも愛してる!例え、エテルナが神の力を持っていなくとも!」
リーゼはどこまでもボク自身を見てくれる。
神の力しか見てないアスタロトとは違うんだ。
「リーゼロッテ、私と君はエテルナという神を互いに正反対で見据え、争い逢う存在だ!ふははははははははっ!だからこそ、リーゼロッテ・アインシュタイン!私は君を宿敵として認めてやろう!そして、君を完膚無きまでに屈服させ、エテルナを我が者とするのだ!ははははははははっ!」
「そちらこそ覚えとくといい!アスタロト・ヴァンシュタイン!私は貴方に決して屈することはないだろう!故にエテルナは決して貴方の者にはならない!さあ、教えなさい!貴方の言う世界の真実というものを!」
「はははははははっ!良かろう!ならば、教えてやる!」
「世界の真実を!」