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第15話:神の叡智

「これで君は再び無垢な天使に戻れるのだ…」


ダメだ。


何とかしないと。


このままでは。


ボクは意識が闇に沈む中、ふと腕に何かが嵌っていることに気づく。


これは。


『エテルナ、良い物をあげるわ』


腕輪。


『これは屍魔の腕輪』


確かこれには。


『その腕輪には空間転移の魔力を込めたわ』


その腕輪には空間転移の魔力を込めたわ。


空間転移。


空間転移だ。


アスタロトやアスタロテが使っていた闇属性魔法。


使用するときは無詠唱だったはず。


だったら、これを。


ボクは胸に何かが溢れてくるのを感じながらも、固い地面を這いずっていく。


リーゼがいる方向に向けて。


傷が治っていく。


「君はなぜ、そこまでして…。それほどまでにその女が大切なのか!私よりもその愚者を愛しているというのか!認めない!認めはしないぞ!」


今度は背中が何か突き刺される感触がした。


ボクの口から熱いものが吐き出される。


「もういいの!もう私に構わず眠って!眠っ…てよ。エテ…ルナ」


ダメだ。


それに眠るんだったら暖かいベットがいい。


リーゼの温もりに包まれて。


「エテルナ…。私こそ…そんな資格なんて無いのよ…」


関係ないんだ。


ボクがそうしたいから。





ボクは。






リーゼの手を。







掴んだ。








「逃がしはしないぞっ!エテルナっ!」


熱い。


痛い。


息苦しい。


でも。


準備はできた。


後は念じるだけ。


「エテルナ、どうして君は…」


ボクの手にリーゼの手が。


リーゼの手にボクの手が。


二人の片翼の天使は寄り添い合って飛んでいく。


神様がいる。


天の頂まで。


どこまでも。










空間転移。











周囲の空気が歪な流れになっていく。


「馬鹿な!空間転移だと!」


ありがとう、アスタロテ。


屍魔の腕輪。


とっても良い物だったよ。


「エテルナぁああああああああああああっ!」


アスタロトの金切り声が耳障りに響く。


ボクとリーゼは一瞬浮遊していき、別の世界に旅立った。












世界は冷たく固くボクの体から熱を奪う、そんな世界だった。


アスタロテは行き先をセフィロードと言ってた。


だから、アスタロトからは逃れたけど、セフィロードからはまだ出られてない。


ボクの傷はすでに治っていた。


「バカっ…」


ボクの頬をぺたんと軽く何かが、当てられていた。


リーゼがボクの頬を叩いたんだ。


痛くはなかったけど、なぜか痛かった。


呆然としてるボクの頭をめり込ませるように胸に押しつけてきた。


痛くないけど、苦しかった。


けど、気持ちよかった。


「君はどれほど強い力を秘めてもまだ子供なのよ…。ううん、子供は私の方だった…。私はアスタロトの言うとおり、何一つ君を見てなかったのかもしれない…」


そんなことない。


「いいえ、私は君に置いてかれると思ったの!君は強くなり、みんなの希望を照らす天使のなって私の手から飛び立たれるのかと思って怖かったの…。君の翼はもう二つ揃って、寄り添う必要がないかもしれない…。もう私を必要としてくれない。そう思って…」


ボクがリーゼを必要としないなんてことは絶対無い。


ボクこそリーゼには必要ないんだと思って…。


「私こそありえないわ!君のことを必要無いなんて思うはずがない!」


ボクは黙った。


リーゼは黙った。


ボクはリーゼの何を見てたんだろうか。


結局、自分を良いように見せようとして、リーゼが何を考えてるか理解しようとしなかったんだ。


「結局、私は君を見ようとせず,自己満足に君を守ろうとしただけなのかもしれない。君が何を悩んでるのかを見ようとしなかったんだわ…」


リーゼもボクと同じことを考えてたんだ。


「けど、だからこそ、君と向き合いたいと思ったわ。君のことをもっと知りたいと。そして、私のことを知って欲しいと…」


ボクもリーゼと向き合いたい。


リーゼのことをもっと知りたい。


そして、ボクのことを…。


「君は年を取ることが無く死ねない体なのね…」


ボクはもうリーゼに神の力が知られている。


ボクはリーゼとは同じ時間を過ごせないんだ。


リーゼがどれだけ年取ってしまっても、この姿のままなんだ。


「君は言ってくれたわ。私の内面を、心を見てくれると…。だから、私は信じるの。例え、私が年を取っても、変わらずにいてくれるのを…」


ボクは変わらない。


ボクはリーゼを想い続けてみせる。


けど、やっぱりリーゼはボクの側にいたらいけない。


ボクの手はアスガルド軍のみんなの血に染まってるんだ。


リーゼの体を道具のように使ってみんなを…。


「何度も言わせないで。私は君を絶対に見捨てない。例え、世界中で君が悪魔と罵られようと私は君の側にいるの…」


リーゼはボクをもう絶対に離さないんだろう。


どんなに危ない目にあっても。


ボクもリーゼに離されたくないんだ。


どんなに危険にあわせようとも。


分かった気がした。


ボクとリーゼは既に寄り添い合ってたんだ。


余りにも同じ方向で同じ位置から同じ神様を見ていたから,逆に互いの姿が見えなかったんだ。


だけど、もうボクとリーゼは気づいた。


互いの姿を。


「私はもう迷わない。この命が尽きるまで君の側に居続けるわ」


ボクは永遠にリーゼを想い続けてみせる。


リーゼは何かをボクの前に出した。


ボクはそれを掴んだ。


ボクとリーゼは手を綱いて歩いていく。















どこまで歩いていったんだろうか。


どこまでもが冷たい世界だった。


早く美味しい空気を吸いたい。


「待って、また何かがあるわ」


リーゼはボクの手を引っ張って立ち止まった。


これは息づかい。


しかも同じ物体からたくさんの息づかいが聞こえてくる。


物体は生き物だ。


けど、息づかいが同じ生き物からたくさん聞こえてくるのは普通はありえない。


「まさか、ここで君達を見つけることになるとは…」


ボクとリーゼは声が聞こえた方向に体を向けた。


確認しなくても分かる。


アスタロトだ。


ボクはリーゼの手を強く握る。


リーゼもまた強く握り返してくる。


「そう警戒しなくてもいい。少し頭に血が上りすぎたようだ。今は君達に危害を加えないことを約束しよう」


空間転移で逃げたときは狂ったかのように怒っていたアスタロト。


今はいつも通り、静かな威圧感を漂わせていた。


「さあ、ついてくるといい。君達に世界の真実を教えてあげよう」


アスタロトは静かな足音を立てていく。


「行ってみましょう」


リーゼはボクの手を引いて歩いていく。















ボクはリーゼは手を繋いだまま、アスタロトに付いて行った。


「君たちは妙に思っているだろう。あれほど見苦しく怒り狂っていた私がなぜ、君達を平然と案内しているのだと…」


そうだ。


アスタロトは怒って、ボクに魔法攻撃もしてきたんだ。


それがなぜ、こんなにも落ち着いてるんだろう。


リーゼもボクと同じように思ってるはずだ。


「何が目的なの?」


ボクの気持ちを代弁するかのようにアスタロトに問いかけるリーゼ。


「見せたい場所に着くまで、まだ時間がある。少し話をしながら歩くとしようか…」


そして、アスタロトは唄うように語りだす。













「叡智を持つ者は誰よりも外から世界を等しく見渡さなければならない。自らを含めてね…」


アスタロトは少し間を置くように勿体ぶるように話してくる。


そういうところはアスタロテに少し似ていた。


「感情は時として理性を超えて暴走することがある。リーゼロッテ、私は君から学んだのだよ。身を持ってね…」


「私から学んだ?どういうことなの?」


リーゼは驚いていた。


ボクも驚いていた。


相手は神様の叡智を持つ者だ。


世界の全てを知り尽くしているはずだ。


「所詮は私も人なのだよ。神から叡智を頂いたが、それを扱うのは人、私自身だ。人には感情と理性がある。人は常に感情と理性の狭間に漂い生き続けるのだ」


アストロトは一息つく。


こういう話し方はアスタロテに本当に似ていた。


今までボクはアスタロトとアスタロテは全然違うように思っていたけど、似ている所も確かにあったんだ。


「私はリーゼロッテ、君を前にして感情を暴走させてしまった。そして、愚かにもエテルナを傷つけてしまった。私は自らの行いに反省したのだよ」


「貴方でも反省することがあったなんて意外ね。ただの叡智に凝り固まった石頭だと思ったけど…」


リーゼが皮肉を言った。


こんな場所で不謹慎に思ったけど、リーゼの新たな側面が感じれて、ちょっと嬉しく思った。


アスタロトはリーゼの皮肉を無視して再び語りだしてくる。


「くどい様だが、もう一度言う。叡智を持つ者は誰よりも等しく世界を外から見渡さねばならない。それは私自身も含めてだ。だから、私は自らを外から見るようにした。そして、答えは導き出されたのだ。笑えるほどに酷く簡単で陳腐な答えをね…」


アスタロトは笑った。


見下すような笑いではなく、自分が恥ずかしくて苦笑いしてる、そんな笑い。


「そう、私は君に嫉妬したのだよ。リーゼロッテ・アインシュタインという女にね」


「貴方が私に嫉妬?」


リーゼは驚いてばかりだった。


無理はないだろう。


ボクも驚いてるし。


「私は同じ女でエテルナの側にいる君に嫉妬したのだ。君とエテルナが互いに寄り添うように、それこそ互いの翼を繋ぎとめる片翼の天使のような姿に嫉妬し、怒り、感情を暴走させたのだ」


悪魔のように思えたアスタロトが初めて人間のように思えた。


アスタロトは神様のように何でも知っていて、人間離れしたような感じがしたからだ。


そういえば、アスタロテもボクとリーゼが寄り添っているように見えたと言ってた。


「世界を外から等しく見渡すことはありのままの姿を認め、受け入れていくことだ。だから、私は自らの感情を認め、受け入れることにした。認めたくない感情を受け入れることで、私は自らを戒め、省みることが出来たのだよ」


アスタロトの言うことは何となく分かった感じがした。


ボクは自分の感情を認めようとしなかった。


自分が死なない体だとか、アスタロトに狙われるとかで自分の感情に向き合おうとしなかったんだ。


だから、リーゼのことを考えれなかった。


自分のことを分かろうとしないのにリーゼのことが分かるわけないんだ。


アスタロテは言ってた。


本当に寄り添いたいなら、お互いの気持ちを知って、心を重ねることだと。


相手の気持ちだけではなく、自分自身の気持ちも知らないといけないんだ。


そうでないと相手の気持ちを知ることができないし、相手にも自分の気持ちを知ってもらうことができない。


ボクはリーゼの手を強く握りしめた。


ボクは自分の感情を認め、受け入れて、リーゼと向き合っていくんだ。













「さあ、この場所が世界の真実だ」


ボクとリーゼはアスタロトが案内した部屋に入っていった。


冷たい世界から生命の息吹を感じた。


けど、不自然ほどまでに歪な息吹。


アスタロトに見つかった場所にあった一つの物体に複数の息遣いを感じたものと同じ。


「何なの、この気持ち悪いものは?」


ボクの手を握っているリーゼの手が汗ばんでる感じがした。


ボクは目が見えないけど、気持ち悪いものだということは分かった。


生き物が複数の息遣いをするのはありえないのだから。


「気持ち悪いとは…、これでは彼らが浮かばれないだろうね。命を賭して、君達の国を守ってきたというのに…」


「どういうことなの?それに彼らって?まさか!?」


リーゼは悟ったんだ。


この歪な生き物が何なのかを。


「さあ、エテルナ、君の愛らしい鼻と耳で感じ取ってごらん…」


ボクは感じ取っていく。


耳で音を。


鼻で匂いを。


複数の息遣い。


血の匂い。


微かに聞こえる喘ぎ声。


たくさんの喘ぎ声。


人の声。


同じ物体から人の声がたくさん聞こえる。


「何てことを…」


リーゼの声が恐怖と。


そして。


悲しみに満ちていた。


「君達には感謝しているよ。君達のお蔭で言葉通り、そう、言葉通りに腐るほどの材料を大量に仕入れることができたのだからね…」


人の血肉を。


歪に固めた。


化け物。


「調達した材料は君達が使用した滅びの魔法で挽肉にされたアスガルド軍とセフィロード軍だよ…」


命を扱うことが出来るのは神様だけ。


アスタロトは人でありながら、命を弄んだんだ。


「何て酷いことを…。命は神様が下さったもの。それを人が弄んで良いはずがないわ!」


リーゼの怒りでボクの握ってる手が震えてる。


「酷いこと、か…。確かに命は神が紡ぐもの。だが、君は神がどのようにして命を紡いできたのかを分かっているのかな?」


神様が命をどのように紡いだのか。


神様は命で何かをしていたというのだろうか。


「神様は命を紡いで私達を世界に生み出した、それだけでしょう!?」


「半分正解と言ったところか。さて、再創世神話を知ってるかな?」


再創世神話。


初めて聞く話だ。


何かの聖書なんだろうか。


「狂信者しか読むことが許されない本なんて読んだことがあるわけないわ!確か神聖セフィロード帝国が聖書として題材にしているものでしょ!」


神聖セフィロード帝国が聖書にしてる話だったんだ。


「その通りだ。エテルナはもう知っているだろう?」


リーゼの体が動く。


ボクの方に向いているんだ。


リーゼはボクの言葉を待ってるんだろう。


再創世神話。


多分、アスタロトが言ってるのは神様が支配していた世界の話だ。


神様が自らの力と叡智に溺れたために世界が滅んだ。


そして、神様は新たな世界を創世し、二度と同じ過ちを起こさないために力と叡智をそれぞれ自らに似せた者、すなわち人間に与えて、世界を委ねたんだ。


「エテルナは神の力の所有者、貴方が神の叡智の所有者。だったらこう言いたいわけ?再創世神話は伝説上ではなく神様の世界が実際に存在していたことを?馬鹿馬鹿しいわ!」


神様の世界なんて誰も見たことない世界。


確かに信じられるはずがない。


けど。


「君も少しは現実を認めて、受け入れることを学ぶべきだな。私とエテルナがいる。それが何よりも真実を物語ってるのだ」


「本当に神様が支配していた世界があったというの?貴方も見たこと無いんでしょう!」


リーゼの言うことは最もだ。


だって、アスタロトも神様から力を貰った立場だ。


神様の世界が滅んで、再び作った世界で生まれた人間に力が与えられたのだから見れるはずがない。


「忘れたのか?私は人には扱えないはずの伝承魔法を発動させ、未来で使われるはずの兵器を使用していたことを…」


「…っ!」


リーゼは言葉を失ったように黙ってしまう。


そうだ、アスタロトはあり得ないことを実際にやってるんだ。


人が扱えない伝承魔法を使えるようになる屍魔の腕輪を作った。


本にも書かれていない魔法を使っていた。


そして、未来で使われるはずの軍事兵器を作った。




もしかして、アスタロトの叡智の力は…。




「ははははははははっ!そうだ!私は世界の全てを見渡せる!例えば、世界の過去だろうと未来だろうとな!」


アスタロトの狂ったかのような笑い声が寒々とボクの耳に響き渡った。




アスタロトは。


世界の。


過去。


現在。


そして。


未来。


全て。


言葉通り。


何もかも全てを見渡していたんだ。


アスタロトは昔は天使のような存在だとアスタロテは語ってた。


ボクはアスタロトが天使から悪魔になった理由が改めて分かった気がした。


不条理なまでに世界を見渡す叡智の力。








『なぜ人は愛し合い、争い合うのか。なぜ空が青いのか、太陽が昇って沈むのか、風が吹くのか、雨が降るのか、雪が降るのか、命が生まれ死んでいくのか。そして,なぜ世界が作られ壊されていくのか。全て、そう、全てが分かり、全てが見えてしまうのよ。知りたくないことも目を背けたいことも信じたくないこともね』








人の夢と希望を奪ってしまう残酷な力だったんだ。

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