第10話:血戦
このままボク達は終わってしまうんだろうか。
空で移動している噴出音がボクの耳に重くのし掛かるように響く。
結界でも防げないほどの爆風。
神官様の力がもう少し強くなれば、結界が砕けないようになるのに。
神官様の力。
ボクの力。
分け与える力。
そうだ、神官様にボクの力を分けていけばいいんだ。
ボクは神官様のみんなに声をかけていく。
時間がないんだ。
神官様達の体に手当たり次第に触っていって、力を分け与えるように念じていく。
みんなで生きて帰るために。
リーゼを助けるために。
祈りを込めて。
ボクは神官様達に上空を覆うぐらいの大きい結界をはるように頼む。
力を分け与えたから多分可能だと思う。
このまま何もしなかったら全てが終わってしまう。
神官様はボクの必死の頼みを聞いて結界をはっていく。
戦場の淀んだ空気の流れが遮断されるのを感じる。
そして、空気を切り裂くような甲高い音が戦場の大地に向かって響いていく。
お父さん、どうかボクに奇跡の力を。
みんなを、リーゼを守る力を。
壁に巨大な鈍器で殴りつけたかのような激突音がボクの耳に高々に響いた。
爆発音が響いてこない。
大地が揺らいでこない。
爆風がやってこない。
ボクの祈りが届いたんだ。
何もかも吹き飛ばす物を防ぐことができた。
神官様の歓声がボクの耳に心地よく響く。
今の内にボクは地面を這いずるようにして倒れている人に触れては治れと念じていく。
ボクの服はもう血でべとべとだった。
ボクの体は血の匂いで充満してたけど、これは人の命を救った証だ。
足元にはもううめき声は聞こえてこない。
二本の足で大地を踏みしめている足音がたくさん響いてくる。
また、結界に大きな鈍器で殴った様な音が聞こえてくる。
だけど、もう怖くはなかった。
「突撃ぃぃっ!」
立ち上がった兵士さん達が大地を振るわすように一斉に足音を立てて、セフィロード軍に立ち向かっていく。
神官様達は結界を維持するため動けないから強い兵士さんの手に引かれてボクも走っていく。
「エテルナっ!無事で良かった…」
リーゼの足音が颯爽と近づいてきて、ボクに弾き飛ばすかの勢いで抱きついてきた。
リーゼも無事で良かった。
「こんなにも血まみれになってしまって…。でも、それでもエテルナは天使よ。誰よりも美しくて愛らしいアスガルドの聖天使様…」
リーゼはボクの頬を撫でてくれた。
そういえば、リーゼは指揮官のはずだった。
ボクに構ってて良いのだろうか。
「軍のみんなから追い出されてしまったのよ。『戦女神様は聖天使様のお側にいるときが一番輝かれるから』なんてね…」
多分、軍のみんなはリーゼに気遣ってくれたんだろう。
リーゼもそれが分かっているんだ。
「さあ、まだ戦いは終わってないわ。エテルナ、私の側から離れないで」
リーゼの手が力強くボクの手を握ってくる。
リーゼとボクの周囲の空気の流れが遮断される。
もしかして、リーゼが結界をはったのだろうか。
結界に凄まじい連打で激突する音が響く。
弓矢よりも速い武器が撃たれてるんだ。
ボクはリーゼの手を通して力を分け与えていく。
「結界の力が!これは君の力なの…」
ボクには治癒する力以外にも分け与える力がある。
ボクはリーゼを支えていくんだ。
「分かったわ!私の手を離さないで!」
リーゼはボクの手を引っ張り、弓矢よりも速い武器を使っている敵に向かって走っていく。
ボクが力をリーゼに分け与えているから、いくら撃ってきても結界は砕けたりはしない。
「はああああっ!」
リーゼの気合いと共に剣の稽古の時に出していた風を切るような音が流れるように響いてくる。
そして、肉を切っていくような生々しい音と悲鳴が交互に聞こえてきて、ボクの体に何かが飛び散ってきてくる。
リーゼが人を斬っていて、ボクは斬られた人の返り血を浴びてるんだ。
ボクはただリーゼの手を握って付いていく。
ボクが力を与えている限り、弓矢とか飛んでくる物とかでリーゼを傷つけさせない。
リーゼはボクを庇うように体に腕を回していき、風を切る音を出していく。
多分、ボクとリーゼは全身が血で真っ赤に染まっているんだろう。
けど、リーゼと一緒なら血に染まっても怖くない。
リーゼはボクにとっての片翼の天使だ。
ボクもリーゼの片翼の天使だ。
ボクとリーゼは二人で寄り添って天の頂まで飛んでいくように戦場を駆け巡っていく。
ボクとリーゼの後を追いかけるような足音がたくさん聞こえてくる。
兵士さん達がボクとリーゼに続くようにして、一緒に戦場を駆けているんだ。
そのときだった。
ボク達が立っている大地がまるで生きているように動き出していた。
「全軍退避っ!」
リーゼはみんなに聞こえるように声高に叫んでいく。
ボク達は動いている地面から離れるように後ろに方に下がっていく。
風を切る音とは違う、風をかき乱すような荒々しくも鈍い音が聞こえてきた瞬間、またボクの体は宙に浮いてくる。
ガラスが割れる音が聞こえないから結界は砕かれてない。
結界ごとボクとリーゼは弾き飛ばされていったんだ。
結界のお陰で前みたいに体が無茶苦茶痛くなることはなかったけど。
いったい何が起こったんだろうか。
ふと大地を揺るがすほどの足音がしてくる。
「馬鹿な!あれは伝承魔法ゴーレムなの!」
リーゼが言ったことにボクは驚いた。
伝承魔法とは人には扱えない魔法で、本に書かれていることでしか知られていない伝説の魔法。
なぜ、人には扱えないのかは人が普通に持っている魔力では絶対に発動出来ないほどの膨大な魔力が必要だからだ。
その伝承魔法が今まさに発動しているんだ。
人が使えない魔法をどうやって発動させたんだろう。
ゴーレムというのは土属性の最上級魔法で岩や土で巨人を作り上げて操っていく魔法だ。
吹き荒んでいた風がゴーレムが現れたためか、途切れていた。
人と獣が交じったかのような不気味な咆吼が威圧的に響いてくる。
大地に割れるぐらいに重々しく強い足音がボク達に向かってゆっくり近づく。
体が大きいからのろいんだろうか。
「さすがは姉様から頂いた力だわ。まさか伝承魔法まで使えるようになるなんてね…」
迫ってくる足音の遙か上ぐらいに声が聞こえてくる。
どこかで聞いたことがある声だ。
「さて、この邪魔な結界を壊さないといけないわね」
たくさんの空気を下から上へとすくいあげるような感じの音が聞こえてくる。
そして、上空から今までよりも激しい激突音が木霊してくる。
多分、ゴーレムが上空の結界に向かって殴りつけてるんだろう。
しかも軋む音が聞こえてくる。
結界にヒビが入ってきているんだ。
リーゼもそれに気づいたのか一瞬息が止まってた。
「あの土人形に向かって、ありったけの矢と魔法を放てっ!」
リーゼの指示に呪文の合唱と何かを引っ張る音が一斉に響く。
風を切る音。
水飛沫の音。
爆発音。
空気を突き抜けるような音。
全ての音がゴーレムに向かって集まっていく。
「無駄よ、その程度で破れるほど伝承魔法は甘くは無いわ」
神官様がはった結界にぶつかったかのような音がたくさん響いてくる。
ゴーレムの体に結界がはってあるんだ。
体が大きくて、しかも魔法も矢も通さない結界。
ゴーレムを何とかしない限りボク達に勝ち目が無い。
「貴方達の相手はゴーレムだけではないのよ。銃士隊前へ!」
金属音と足音が一斉に響く。
「放てぇ!」
ボクとリーゼの結界に連打音が響き、後ろからは悲鳴と血飛沫の音が無茶苦茶聞こえてくる。
相手はゴーレムだけじゃない。
あの恐ろしい弓矢よりも速い武器を持った敵や空飛ぶ兵器もあるんだ。
神官様はみんな上空の結界を維持するために動くことができない。
結界が無ければ、弓矢よりも速い武器の前では何もできないまま死んでしまうことになる。
「土人形を後回しだ!魔法をあの飛び道具を持つ部隊に向かって放てっ!」
リーゼは弓矢よりも速い武器の攻撃が届かない場所にいる魔法部隊に指示を出していった。
ボクとリーゼを避けるように色んな気体が入り交じったかのようなものが前方に向かって流れていく。
ボクとリーゼの結界に響き連打音が聞こえなくなってきている。
弓矢よりも速い武器が撃ってくる物を攻撃魔法が飲み込むように消しているようだ。
爆発音が響き、敵の悲鳴も聞こえてくる。
弓矢よりも恐ろしい武器でも、威力自体は攻撃魔法には及ばないんだ。
弱点が分かった魔法部隊のみんなはとにかく戦場の空気をごちゃ混ぜにするかのように攻撃魔法を撃ちまくっていく。
「魔法部隊は第一部隊、第二部隊に分けろ!第一部隊はそのまま魔法を撃ち続けよ!第二部隊は弓兵部隊と共に土人形の動きを止めるように撃ちまくれ!他の部隊は雑兵共を畳みかけよ!土人形にはくれぐれも近づくな!無視して行け!」
リーゼがてきぱきと軍に命令を出していく
その様子はまさに戦女神の名に相応しい姿なんだろう。
兵士さん達全員が色んな方向へと足音を立てていき、爆発音やぶつかる金属音とかを立てていってる。
大地を割るような足音が聞こえてこない。
弓兵部隊と魔法部隊が必死に動きを止めているんだろう。
上空の結界に大きな音が響き、軋む音が聞こえてくる。
早く決着を付けないと結界が破れて、また空から攻撃をされてしまう。
リーゼもそれが分かってるんだろう。
体が震えてて、リーゼの手を通して心臓の音が聞こえてくる。
「ちっ!小賢しいわね!つぶしてあげるわ!」
弓兵部隊と魔法部隊に動きを止められていたゴーレムの周囲の空気に変化を感じた。
なんかもぞもぞしているような変な動きをしているのが空気から振動していって伝わってくる。
いったい何をするつもりなんだろう。
ゴーレムの体から何かが外れたかのような音が聞こえ、空気を切るように何かがこっちに向かってくる音が響いてくる。
ボク達に向かって何かがやってくる。
大地を何度も叩きつけるような激突音と卵が潰れたような気持ち悪い音。
激突音はゴーレムの足音に似ていた。
「ゴーレムが体の一部を取って、こっちに向かって投げつけているわ!」
ゴーレムの体は土と石で出来ている。
巨大な岩をボク達に向かって無差別に投げつけているんだ。
しかも、岩を投げるためにちぎった体は足下にある大地を吸収して元通りになってしまうらしい。
大地に立っている限り、ゴーレムはボクと同じように朽ちることのない不滅の体になっているんだ。
激突音が何度も響き、大地が揺れるから思うように動けない。
ボクとリーゼは地面に倒れ込むようになってしまった。
「大丈夫!?エテルナ!」
リーゼがボクを抱き起こしてくる。
倒れていても大地が揺れ続けるから頭が気持ち悪くなってくる。
どうやったらあのゴーレムを倒すことができるんだろうか。
上空の結界の軋む音がだんだんと大きくなってきている。
もうすぐ上空の結界が破れてしまう。
「大地に飲み込まれて死になさい!」
空気を上から押しつぶすかのような流れを感じた瞬間に大地に激突する音が高々に響き渡った。
ゴーレムが大地に向かって思いっきり叩きつけるように殴りつけたんだ。
地面から軋む音が駆け抜けるように響いていく。
大地が割れてる音だ。
たくさんの悲鳴が上から下へと小さくなっていくように聞こえてくる。
軋む音がボクとリーゼの足下にも響き、地面が口を開くように割れていく。
足場を無くし、ボクとリーゼは大地の底に落ちようとしてた。
けど、リーゼがボクの手を落ちないように引っ張ってくる。
ボクとリーゼは大地の底にはまだ落ちていなかった。
ボクの手にはリーゼの手が痛いほどきつく握られている。
多分、リーゼはもう片方の手で地面の切れ端を掴んで落ちないようにしてるんだ。
けど、徐々にリーゼのボクの手を握る力が弱くなっている感じがする。
片手で地面の切れ端を掴みながら、ボクが落ちないようにもう片方の手で握っているんだ。
リーゼの力が長く続くはずがない。
ボクの手を離せばいい。
このままだとリーゼまで下に落ちてしまう。
だからボクの手を離して。
「絶対に離さない!約束したでしょ!私と一緒にアインシュタイン家に帰るって!」
リーゼの息切れしたかのような壮絶な声がボクの耳にのし掛かってくる。
ボクは地面に落ちても死なないけど、リーゼは死んでしまう。
だから、離して欲しい。
けど、絶対に死なない体なんて例えリーゼでも信じてくれないだろう。
「私は…エテルナの騎士よ!騎士は…守るべき者を…決して…見捨てないんだからっ!」
リーゼは決してボクの手を離さそうとしない。
このままだとリーゼが地面に飲み込まれて死んでしまう。
ボクの手でリーゼを殺してしまうことになる。
お願い。
ボクの手を離して。
リーゼ。