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黄金のニクスティア  作者: Alfia
第3章
29/29

29. 二人の過去①

 七年前――。

 その日は突然の痛みとともに始まった。


「どぉん!」

「ぐぇぁ」


 寝ぼけ眼でわずかに目を開くと、ラピスの顔が映り込んできた。

 視線を自分の腹のほうへ動かすと、どうやら、ラピスが乗りかかってきたようだ。

 ラピスはいたずらっぽく笑うと、口を開いた。


「ぐぇ~、だって。ほら、お兄ちゃん! 朝だよ! 朝! 起きて!」


 ラピスはニクスの腹の上で跳ねる。

 

「ちょ。重い。重いってば!」

「あ~、女の子に重いって言ったらダメなんだよ~」

「ぐっ……とりあえず、起きるから、早く降りてくれ!」

「もう仕方ないな」


 そう言って、ラピスは跳ねるようにニクスの上から飛び退いた。


「今日から出かけるんだし、早く起きないとってお母さんが言ってたよ」


 ……そういえばそうだった。


「分かったよ。すぐ降りる」


 ラピスは満足そうにうなずくと、部屋を出て行った。


 ニクスが一階へ降りると、母――アーシャが朝食を用意しているところだった。

 長めの青い髪に穏やかな目元が印象的な女性。その顔立ちにはラピスの面影がある。

 アーシャはこちらに気づくと、柔和な微笑みをたたえた。


「おはよう、ニクス」

「おはよう、母さん」


 ニクスはあたりを見回す。


「……って、ラピスいないじゃん。人にはさっさとしろとか言ってたくせに」

「あー、ラピスならお父さんを起こしに行ってくれたわよ。あと、そんな悪態つかないの」

「いや、いきなり腹に乗って起こされたんだから、言いたくもなるよ」


 ニクスの後ろからラピスの声が聞こえてきた。


「え~、だって、お兄ちゃん、つんつんしても起きないんだもん」


 振り返ると、ラピスと父――アルノが入ってきたところだった。

 がっしりとした体格に、青灰色の髪。鋭い目が特徴的だ。今は顔をわずかに下へ向け、げんなりしたように肩を落としていた。


「だからって、人の上に乗るなよ……。もしかして、父さんも乱暴に起こしたのか?」

「らんぼう?」


 ラピスはきょとんと首をかしげていた。

 アルノは苦笑しながら、アーシャに視線を送る。


「母さん、さすがに乗りかかるのは、危ないから注意したほうがいいと思うぞ……」

「ん~……、そうね。ラピス、めっ!」


 本当に注意する気があるのだろうか。

 当のラピスはきゃっきゃしながら、笑みを浮かべていた。

 ニクスは軽くため息をつくと、食卓に着き、家族で朝食を食べ始めた。


 四人が朝食を終えると、アルノが切り出した。


「母さん、今日ってどこ行くんだっけか」

「ええ、ちょっと待ってね」


 アーシャはテーブルに地図を広げた。各々が地図を覗き込むと、アーシャは一か所を指し示した。その場所は、レリア公国南東。


「ここに保養地があるらしいの。公国まで列車で行って、そこからは馬車に乗って移動かしらね」

「有名なところなのか?」

「マウテさん曰くだけど、最近広まってきたらしいわ。街道が整備された影響みたい」

「となると、人が多いかもしれないなぁ。馬車も取れるか?」

「どうかしら。行ってみれば何とかなるんじゃない?」


 そこはあらかじめ確認しておいた方がいいのでは……。

 こういうところ、母さんは抜けてる気がする。


「馬車と言えば、今回護衛付きにしないで問題ないわよね。お金もかかるし」

「ああ、そうだな。ただ、汎用の魔装器(まそうき)は積んでおいた方がいいな。万一のためにも」

「あなたのは持っていかないのね」

「まあ、休みぐらいはな。できれば、仕事のことはあんまり考えたくない」

「それはそうよね。となると、いくらかかるか聞かないといけないわね」

「そうだな。よし、それなら、準備して出発するか!」


 アルノの言葉に三人はそろってうなずいた。

 それから、各々が準備に取り掛かり、四人は家をあとにした。


 魔導列車に乗り込み、レリア公国へ。公国で問題なく馬車も調達でき、そのまま保養地への街道を進む。整備されたと聞いていた通り、街道の脇には等間隔に魔素調整機が設置されていた。

 ニクスは馬車に揺られながら、窓の外へ目を向ける。街道の先になだらかな山々が見え、その麓にはいくつかの建物が並んでいた。

 ほどなくして、保養地の看板が見え、一行は足を踏み入れた。


 ラピスが目を輝かせながら、辺りを見回している。


「おお~!」


 ニクスも同じく、視線を向けた。所々に露店が並んでおり、旅行者と思われる人々が行き交っていた。それだけでなく、客寄せの声も盛んに聞こえ、遠目に白い湯気が立ち昇っているのも見える。

 混んでいるというほどではないが、人はそれなりに多いようだ。

 ラピスははしゃいだように声を上げた。


「ねぇ、お父さん! あっち行ってみたい!」


 ラピスが露店を指さした。

 

「おう、いいぞ~。今日はとことん回ろう!」


 ラピスは嬉しそうに笑みを浮かべ、アルノとともに露店へ歩みを進めた。

 初日からそんなにはしゃいで疲れないのだろうか。

 そう思いながらも、ニクスの足取りは軽くなっていた。そのまま、ニクスとアーシャも二人のあとをついていった。


 それから、四人は名物の食べ物や景色を堪能しながら、保養地を見て回った。

 そうこうしているうちに日も傾き始め、宿へ向かうことにした。

 宿は古めの木造の建物。中で受付を済ませると、従業員に案内され、部屋へと通された。

 荷物を置いて、一息ついたところで、アルノが口を開いた。


「さて、さっそく、ひと風呂浴びるかぁ」

「そうね。私たちも行きましょうか。ラピス」

「うん!」


 ラピスは元気よく返事すると、アーシャに駆け寄った。

 ニクスもアルノとともに浴場へ向かった。


 脱衣所で服を脱ぎ、浴場へ足を踏み入れる。目の前には石造りの大きな湯船が広がっていた。周囲は木柵で囲まれ、その向こうには夜の山並みが見える。そして、かすかに月の光が湯船を照らし、辺りには静かな空気が漂っていた。


 二人は体を洗うと、湯船に身を沈める。アルノは軽く息を吐いた。


「……いい湯だなぁ。そう思わないか?」

「確かに、そうだね」


 こうやって父さんと一緒に入るのも、久々かもしれない。


「ゆっくりするのも久々だなぁ。母さんに感謝しないとな」

「ここのことを教えてくれたの、マウテさんらしいけどね」


 ニクスはふとアルノの背中を眺める。その背中には所々傷跡がついていた。

 魔物と戦ってきたせいだろうか。


「ねぇ、父さん」

「ん?」

「仕事って大変?」

「いきなり、どうした? そんなこと言いだして」

「別に。ただ気になっただけだよ」

「もしかして、魔装士にでもなりたいのか? 少し聞いたけど、魔装器の資料を見てるんだってな」


 ニクスは軽く眉間のしわを寄せた。

 

「それ、誰から……」

「そりゃあ、一人しかいないだろ」


 母さんか。本当におしゃべりだな……。

 ニクスはため息をついた。


「そうやって、あんまりため息つくもんじゃないぞ? 幸せが逃げるなんて話もあるしな」

「そんなわけないと思うんだけど……。ってか、父さんが触らせてくれないからなんだけど」

「そりゃあ、触らせるわけないだろ。危ないんだから」


 ニクスはじっとアルノをみつめた。


「さっきの質問、答えてくれてないよ」

「あー、そうだな。そりゃあ、大変だぞ。なにせ、命をかけてるからな」

「……でも、やめないんだね」

「理由があるからな」


 ニクスは首をかしげる。月を見上げながら、アルノは言った。


「なんてことはない。守るために戦っているだけさ」

「守るため……?」

「ああ、魔物と戦うことは、巡り巡ってお前たちを守ることにもつながるからな」


 アルノはニクスの頭を強引に撫でた。ニクスは煩わしそうに、その手を払いのける。


「総局にはな。一つの理念があんだよ」

「理念?」

「望まないものに武器を持たせない世の中にする」

「平和にするとか、そういうことじゃないんだ」


 アルノは湯船の縁に腕を預けた。

 

「……まぁな。簡単に実現できないからな」

「ってか、結局武器を取るなら同じじゃ……」

「全然違うだろぉ。己の選(・)択(・)で武器を取り、己の意(・)思(・)で振るう。武器を持つことを強制しない世界。それを理念として掲げてんだよ」

「平和を掲げるほうがよほどいいと思うけど」

「理念なんて、変えてもいいんだよ。最終的に目指す場所が平和だとしても、一つ一つ踏み越えていかないとな。その先に安寧が待ってるかもしれねぇ」


 言いたいことはなんとなくわかる。

 でも、どうしても武器を取らないといけないときだって、あるんじゃないだろうか。

 ニクスは夜空を見上げながら、口を開いた。


「……難しいことよくわかんない」

「今、急に子供ぶったな……」


 アルノは軽く苦笑し、同じく夜空を見上げた。

 しばらく無言で眺めていると、アルノが立ち上がった。


「……さて、あんまり長湯してると、体に悪いからな。そろそろ出るぞ」

「うん、わかった」


 ニクスも湯船から上がり、アルノのあとに続く。


 出口へ向かおうとしたところで――。

 アルノがふと足を止め、ニクスのほうへ振り返った。


「父さん、どうしたの?」


 ニクスは首をかしげながら、アルノを見る。その表情は真剣そのもの。彼の視線につられて、ニクスも柵の向こうを見た。


「……ニクス、今何か聞こえなかったか?」

「え……別に何も――」


 ニクスが話し終える前にけたたましい鐘の音が響き渡った。ニクスはびくりと体をすくませた。


「な、なんだ!?」

「ニクス、出るぞ……!」

「え、あ、うん!」


 そのまま、二人は急いで出入口へと向かった。

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