19. 神の心臓
翌朝、ニクスとスティアは教会を訪れていた。
ラピスにもソフィーにもすでに伝えており、ラピスは昨日の相談の通り、午前中、孤児院に行くとのことだった。
「ここが教会なんだ」
「ああ、入るぞ」
ニクスはそう言い、扉を開ける。
中は厳かな造りになっており、奥には祭壇。その上には、翼をはやした銅像が立っていた。スティアは不思議そうにあたりを見回している。
すでにちらほら礼拝者がいるようだ。
「あら、来てくださったのですね」
横から女性の声が聞こえてきた。ニクスはそちらへ振り向くと、昨日会ったロザリアが立っていた。
「はい、寄らせていただきました」
「ふふ、礼拝に来られたのですか?」
「……いえ、少し聞きたいことがありましたので」
ロザリアは首をかしげる。
「聞きたいこと、ですか?」
「はい、その不躾ではあるのですが、旧文明についてご存じでしょうか」
旧文明のことを口にした瞬間、ロザリアの顔が花開いたようにほころんだ。
「はい! 存じてます! もしかして、あなたも旧文明に興味がおありなのですか!?」
ロザリアはニクスに詰め寄ると、両手を握ってきた。わずかに触れた肌がざわつく。あまりの勢いにニクスはたじろいでしまう。
後ろにいるスティアの視線が妙に鋭く刺さった気がした。
「え、あ、はい……。えっと、旧文明について聞けたらなと」
「それでしたら、ここではなく書斎で詳しく聞きます! 文献などあったほうが、説明もしやすいでしょうし」
やはり、法国の管轄だからか文献も置いているらしい。それなら願ったり叶ったりだ。
「ぜひ、お願いしてもいいでしょうか」
「はい、喜んで! こちらです!」
ロザリアに手を引かれる。スティアのほうを振り向くと、彼女は軽く頬を膨らませていた。
そのまま、無言でついてくる。
何か、怖いな……。
三人は奥の書斎へ到着した。本棚には所狭しと書籍が格納されている。
「さて、旧文明のどのようなことを聞かれたいのでしょうか」
確認するとしたら、神授者、魔法あたりか。優先度として、高いのは神授者のほうだな。
「まずは、神授者について記された文献はあるでしょうか」
「おー! 彼らについてご存じなんですね! ふふ、少し待っててくださいね」
ロザリアは本棚に向かい、本を取り出す。
「これには神授者に関する軽い記述が載せられています。語源は神から力を授けられた人物とされており、どうやらこの世界にはない知識を持っていたそうです」
「この世界にない?」
「はい、神がこことは別の世界で死んだ人間の魂をこの世界に移し、力を与えたというのが起源みたいですね」
魂を移す? そんなことが可能なのか? いや、神という存在自体が理外のようだから、ありえるのか……?
「あとは、そうですね。ああ、ここだ。面白いのがありますよ」
ニクスは首をかしげる。
「当時それこそ、普通の人間ではなかったそうなので、神授者の力を活かせないかという話があったそうです。なんでも、彼らの魔力などを使って、色々と試行錯誤していたようですね。例えば、膨大な魔力の結晶、いわば魔力の貯蔵庫みたいなものを作ったとかなんとか」
膨大な魔力の結晶、貯蔵庫……それは、まさか――。
「役割は違いますけど、もしかしたら、魔物の魔核もこれが原型……なんて、わたくしは思ったりしています。ここに軽く示されていますが、その結晶のことを当時は神の心臓と呼んでいたそうですよ」
すると、横で話を聞いていたスティアがうわごとのように呟いた。
「神の、心臓……」
「スティア?」
何か思い当たることでもあるのだろうか。
スティアは少し眉をひそめて口を開く。
「なんだろ、その言葉聞いたことがあるって思って」
ロザリアはにやりと笑みを深め、スティアに詰め寄った。
「もしかして、あなたも旧文明について詳しいのですか!?」
「あ、いえ、そういうのではないです。ただ、どこかで……あの、神の心臓について、詳しく書かれている本ってあるのでしょうか」
「うーん、少し待ってくださいね」
そう言って、ロザリアは本棚に向かう。何度も本棚を往復し、本を確かめていく。しかし、首をかしげるばかりで、反応が鈍い。
ロザリアは二人のもとに戻ってきた。
「申し訳ございません。ここで保管されている書籍には詳細の記述はないですね。それこそ先ほど説明した表面の部分ぐらいしか、あるとしたら――」
「あるとしたら?」
「お二人は各国に遺跡が存在していることをご存じでしょうか」
スティアは目を瞬かせ、こちらを見てくる。
ニクスは首を振り、口を開いた。
「初めて聞きましたね」
「法国では旧文明の遺産と呼んでいるものです。もしかしたら遺跡の中や遺跡の調査記録など調べれば詳細な部分などが判明するかもしれません」
「なるほど」
法国ではそう呼ばれている、か。確か、あの国は旧文明から存在しているという話だから、事実かどうかはともかく説得力はあるかもしれない。
各国に存在している点を考えると総局が介入している可能性も高いが……。
まずは他にも特徴がないかを聞いてみるか。
「ありがとうございます。他に旧文明で特徴的なことはあるでしょうか。例えば、今の世界とはどういう部分が違うのかとか」
「そうですねぇ。旧文明と現文明は色々なところで繋がりがありますが、特徴的なのは"魔法"と"種族"でしょうか」
前者は予想していたが、後者はどういうことだ?
ロザリアはそのまま話し続ける。
「まず、魔法ですが、こちらは"言魔"の原型と言われています。当時は精霊といういわば自然の力を借り、言葉を紡ぎ、様々な現象を発現させたようです。それこそ、超常的なものまで」
精霊? 仕組み自体は今と違うみたいだが、言魔よりも大掛かりなんだな。
「しかも、その魔法、元々この世界に存在してはいたようですが、そこから神授者によって、さらに性質が変化したと言われています。ここにも功績の一つとして載っているのですが、色々当時は関わっていたようですね」
こう聞くと旧文明は神授者ありきの世界だったのだろうか。
「なるほど。種族のほうはどうなのでしょうか」
「今の世界でも耳が長い方など、体に特徴がある人を見たことがありますか?」
ニクスの脳裏にソフィーが浮かぶ。
「はい、知り合いにいるので」
「そうなんですね。当時はその普通とは違う特徴を持った人々を種族という枠組みで分けていたそうです。耳が長いのは確かエルフと呼ばれていたみたいですね」
「なるほど……」
今とは分け方が違うのか。現代だと、枠組みとして存在するにしても国家ぐらいで、身体的特徴は魔素の影響で片付けられているからな。
いずれにしても魔法も種族も文明に根差した部分のようだが、今の目的に直結する話ではない気がした。
ここでさらに深掘りするよりは、他を当たったほうがよさそうだ。
「ロザリアさん、ありがとうございます。ここまでで大丈夫です」
「あら、もうよいのですか? もっと語れたのですが」
「はい。もしかしたら、今度また聞きに伺うかもしれません」
「はい! その際はぜひよろしくお願いします!」
二人はロザリアに礼を言って、教会をあとにした。外まで見送ってくれるロザリアに軽く手を振り、来た道を戻る。
ニクスは道すがらスティアに話しかけた。
「スティア、さっき神の心臓のところで反応してたよな」
「うん。私の中の魔核のことだと思う。教会でも言ったけど、初めて聞く言葉じゃなかったから」
「それがどういう仕組みでできているかは分からないんだよな?」
スティアはうなずく。
となると、やはり、遺跡方面を調べるほうがよさそうだ。それなら――。
「これから、この街にある魔導総局の支局に向かおう」
スティアは首をかしげながら、「魔導総局?」と疑問を口にした。
ニクスはそんなスティアに魔導士のことをまず説明する。
「その魔導士が所属している公的な組織が魔導総局なんだ。俺の職場でもある。まあ、他にも組織に所属していないフリーの魔導士もいるが」
「ん~、なるほど? その支局がこの街にあるの?」
「ああ、さっきロザリアさんが遺跡の件について、話してたろ。だから、総局側に調査記録があるんじゃないかと思ってな」
本局で確認してもいいが、まずは手近なところで情報を集めたい。
「部外者の私が行ってもいいの?」
「それは問題ない。依頼をする人とか一般人も出入りするからな」
「あー、そうなんだ。うん、分かった」
二人はそのまま支局を目指すのだった。




