最終回 烏巣の戦い
許攸の家族が罪を犯し、逮捕された。
冤罪であったかもしれない。
袁紹陣営は巨大で、人間関係は複雑だ。
何はともあれ許攸は袁紹を見限り、曹操に投降した。
「袁紹軍の兵糧基地は烏巣にあります。淳于瓊が守っていますが、兵力は寡少です。食糧庫を焼き払えば、袁紹は戦いを継続できなくなるでしょう」
許攸は袁紹軍の弱点を暴露した。
重大な情報だが、許攸の投降が偽りなら、烏巣を攻撃する曹操軍は負けるだろう。
曹操の武将たちは真偽に首をひねった。
許攸は沮授、郭図などと並ぶ袁紹軍の有力参謀で、すぐに信じるのは無理がある。
だが、曹操と荀攸は、袁紹陣営に内紛があると信じている。
郭図と沮授が不仲であり、その他にもさまざまな対立があると思っているのだ。
許攸の裏切りも不自然ではないと考えたらしい。
曹操は念のため探りを入れたようだ。
「家族が逮捕されたと聞いたが……」
「息子が盗みをしたと言われました。濡れ衣にちがいありません。誰かが私を落としめようとしているのです」
「あなたが本当に投降したら、家族は皆殺しにされるのではないか? あなたは偽りの投降をし、功を上げて、一族を繁栄させようとしているのではないのか?」
許攸は涙を流したかもしれない。
「袁紹のもとにいたら、私は破滅するしかありません。曹操様におすがりするしか道がないのです……」
「私と楽進とで、烏巣を急襲しよう。許攸殿、よく来てくれた。ゆっくりと休まれるがよい」
曹操は許攸を信じて、そのような結論に至った。
許攸が投降したと知って、張郃は愕然とした。
張郃は袁紹軍の若手ナンバーワンの武将で、彼と顔良、文醜、淳于瓊、高覧が袁紹軍の戦線を支えている。
「殿、許攸は、烏巣が我が軍の兵站基地であると曹操に伝えたにちがいありません。私に淳于瓊殿の救援をお命じください」
張郃は的確に進言した。
「曹操軍が烏巣を襲うのは、我が軍にとって好機です。その隙に官渡を総攻撃なさいませ」
「殿、烏巣は生命線ですぞ」
ここで郭図と張郃がこんなふうに対立する歴史があったが、この世界線にはない。
俺は黙って沮授を見る。
「殿、烏巣で曹操軍を打ち砕きましょう。張郃だけでなく、顔良と文醜にも行ってもらいましょう」沮授が言った。
前の世界線では、この時点では顔良と文醜は戦死しているが、この世界線では健在で、袁紹軍にはたっぷりと余力がある。
「郭図、どう考える?」袁紹が俺に訊く。
「沮授殿の作戦は素晴らしい。実行なさいませ」俺は答える。
「そうしよう」袁紹の決定が下る。
官渡城を包囲する袁紹軍から少なくない兵力が割かれて、すばやく烏巣へ向かう。
曹操の命運は尽きるかもしれないと俺は思う。
曹操の行動も速かった。
彼は官渡城の指揮権を一時的に曹洪に預け、五千の騎兵を率いて、楽進とともに出発した。
官渡水を渡り、濮水を越え、烏巣を奇襲しようとした。
だが、袁紹軍の方が速かった。
淳于瓊、顔良、文醜、張郃が手ぐすね引いて待っていた。
曹操軍の奇襲にはならなかった。
楽進が淳于瓊を討ち、曹操軍が烏巣を火の海にし、食糧庫がひとつ残らず炎上する事態にはならなかった。
逆に淳于瓊が楽進を討った。
曹操は命からがら逃げた。
官渡城には戻らず、一気に許都まで落ちのびた。
「頃合いです。総攻撃なさいませ」沮授は言った。
袁紹はうなずいた。
総攻撃が行われ、曹操がいない官渡城は陥落した。
前の世界線では、沮授は官渡の戦いの末に曹操軍に捕らわれて死亡するのだが、まったくそうはならなかった。
沮授の頭脳は、この時代最高の知性のひとつである。
郭図などとは比較できないほど賢く、しかも沮授は高潔だ。
沮授の功績は大きく、官渡の戦いの後、袁紹は沮授を監軍に復帰させた。
袁紹に次ぐナンバーツーだ。俺にとって、沮授は上司になる。
「郭図、よいな?」袁紹は言った。
「異存はありません。沮授殿こそ天下第一の軍師です」俺は答えた。
本音だ。沮授はおそらく曹操の軍師たちより上だし、匹敵するかもしれない孔明はまだ世に出てもいない。
歴史は変わった。
これから三国志の世界はどうなっていくのだろう。
サラリーマン脳の俺にはわからない。
俺は沮授を立て、袁紹が天下を統一する手助けをしたいと思っている。




