曹操との戦いの前
俺が郭図への転生を意識したのは、袁紹が曹操との決戦を前にした時期だった。
それまでは前世の意識はなかった。
赤壁以上に天下分け目の戦いである官渡の戦いは、紀元二百年に勃発した。そのちょっと前に俺は自分が郭図になっていると自覚したのだ。
その頃、賢明な軍師である沮授と田豊は、曹操を侮りがたいと見て、袁紹に持久戦を献言していた。
あまり賢いとは言えない郭図と審配は短期決戦派で、許都急襲を袁紹に進言していた。
郭図の心は沮授への対抗心でめらめらと燃えている。
そんなときに俺の意識が目覚めたのだ。その前にあった郭図の意識はどういうわけか消え去った。
郭図はまちがっている。
沮授が正しい。
官渡の戦いの前に、袁紹は豊かな華北四州を我が物としている。
曹操をじっくり締めあげてやればよかったのだ。
焦って冒険的に戦う必要はなかった。
沮授は偉大だ。
孔明が劉備に「天下三分の計」を授けたように、沮授は袁紹に「華北四州を平定して天下に臨む」という雄大な計画を提案している。
百九十一年のことだ。
そのとき袁紹はなりたての冀州牧でしかなかった。
「冀、青、幽、并の四州を平定し、洛陽の宗廟を復興して、帝をお迎えください」と沮授は袁紹に語った。
袁紹は感銘を受け、沮授を監軍に任命した。袁紹に次ぐ軍の高官で、総指揮を任せたのだ。
この頃の袁紹は賢明だった。
郭図がすべてを狂わせるのだ。




