砂浜
生きることに希望を見出せない。小学生のときはそう思っていた。高校生の頃は、自分が交通事故で死ねればいい、と、思った。
でも死ぬ勇気もなかった。生きることもできず、死ぬこともできず、霞のように生きていた。
Aの周りには、Aと同じように死にたがっている男がいた。Aは彼と、近くの海に来ていた。大学4年の時だ。
「献血のご協力、よろしくお願いします」
海辺の近くに、メガホンを通し若い女性の声が聞こえた。白色の献血バスが停まっている。
「献血やってるな」
Aはケンジに向かって言う。
「ああ」
ケンジは返した。
「行ったことあるか?」Aは聞く。
「あるよ。1度だけな」
「マジか。僕は無い」
「行ってみたらいい。別に、そんな怖いもんじゃない」
「血抜かれるんだろ。嫌だな」
「お前もいつかお世話になるかもしれないぞ?」
「輸血を受けるって?」
「あぁ」
「・・・まぁ、そうだな」Aは言う。
Aはしばらく黙る。ケンジも黙る。
「大学を卒業したら、どうする?」Aは聞く。
「さぁ。就活してないしな」
「知ってる」
「東京を出た方がいいんじゃないか?どこか遠くへ行った方がいいぞ?」
「遠くへ?」ケンジは足を止め、Aを見る。
「東京に居る限り、お前はいつまでもユキを想い続ける」
ケンジはしばらく考えるような顔をする。そして言う。
「良いんだ。忘れなくて良い」
ザーンと鳴る海を見ながら、砂浜へ行って置いてあるベンチに腰かける。コンビニで買った缶ビールを飲む。砂浜には、2人の他に誰もいない。
ケンジが、ビールを飲みながら呟く。
「俺の命と交換できればいいのに」ケンジは遠くの海を眺める。
「交換?」
「あぁ、ユキの代わりに俺が死ねば」ケンジは言う。
「無理だよ。分けられるのは、血ぐらいだ」Aは言う。
ケンジは黙る。
「なぁ、僕とユキは仲が良い訳じゃなかった。けど僕はユキが好きだった。お前の前で言うのは違うかもしれないけど」
ここまで喋り、Aはケンジを見る。
「価値観みたいなものが、僕と少し似ていたような気もするんだ」
「価値観」ケンジは繰り返す。
「人生に意味なんてない」
「それはユキから聞いたのか?」
「いや、ただの推測だよ」
「そうか」
「僕は思うんだ。ユキは、生きていたいと思っていたか?って」
「どういう意味だ?」ケンジは聞く。
「ユキは最初から、例え事故に遭わなくても、死に向かっていったような気がするんだ」
「なぜ」
「なぜとかはない。ただ、そう思うんだ」
ケンジはため息をつく。
その後、ケンジは死んだ。誰にも、何も言わず。
自宅の浴槽の中で、死んでいた。解剖されたが、死因は不明らしい。
―――ユキ、ケンジとAは同じ大学で、同じ合唱サークルに入っていた。
ユキは積極的に人に話しかける人じゃない。いつも話しかけるのは、他人からだった。でも、可愛らしい人で、多くの人から好かれていたと思う。ケンジとは馬が合ったようで、大学に入って3か月で、付き合った。
けどユキはある日、交通事故で車に轢かれて死んだ。病院に運ばれ手術を受けたが、意識は戻らなかった。大学1年の終わりの春のことだった。
友達がいない。
僕は、友達がいない。Aは思った。
いなくてもいい。
でもそれはとても寂しい道だった。
自分はどう生きていけばいいのだろう。
ここにいても良い、という、場所がない。生きる不安を共有できる友達がいない。
友達がほしい―――
死はいつも、Aを覗き込んでいた。
Aはハツユキカズラを育てていた。ハツユキカズラというのは、葉っぱが緑色、赤色、白色、に変わる観葉植物で、つる植物の一種だ。
スーパーで見つけて、買った。鉢植えに移して、育てていった。ハツユキカズラは、順調に育っていった。ただ、日当たりが悪いせいか、葉の色が緑一色だった。赤、緑、白、の色んな色の葉が生い茂るところが綺麗なのだけれど。
緑のままではあったが、葉は増えていった。夏、日が照る中、水をやり忘れてしまったときがあった。ハツユキカズラは、あっという間に、全ての葉が枯れた。茶色になって枯れていた。
Aは落胆した。世界が終わったと思った。朝、昼、夜、と繰り返す日常が、ぼやけて見えた。
Aは死んだ。
正確には、死ぬ手前までいった。どうやったら死ねるのか、首を括ればいいか、飛び降りればいいか、薬品を買って飲めばいいか、考えていた。
そうしたことを考えたまま、時間だけ過ぎた。その間、Aは誰とも会わなかった。無職だったから、人と会う必要が無かった。
やがてAはまたスーパーで、植物を買った。今度は、苗ではなく、種から買った。
ネモフィラという、別の観葉植物だ。春頃に青色の花が咲く―――
今度は枯れずに育つといいな。Aはそう、祈りを込める。




