8話「知らぬ心、変わった自分」
凰牙side
「……ねぇ、私を……殺して」
出会いはどちらかっといえば最悪な方だった。
誰もいないだろうと踏んで選んだ場所、そこにスーツ姿の女がいたことにも驚いたが、そいつの口から出た言葉は俺の想像をさらに超えるものだった。
「は?」
「貴方は……殺人鬼なんでしょう?だから、殺して」
正直、何を言っているのかわからなかったし、本気で頭のネジが飛んでいるとも思った。
すぐにその場を離れることもできたが、俺はそうしなかった。
一体どういうわけか俺はこいつを放っておくことができなかった。
「お前は人を殺した俺を見た、いわゆる目撃者だ。だから殺す…のが普通だな」
「……なにが言いたいの?」
「俺は別に誰彼殺しているわけじゃねぇよ。」
担いでいた死体が邪魔になり、その辺に投げ捨てる。
「俺が殺すのは悪人だけだ。お前は殺さねぇ。死にたいなら勝手に死ね」
「………よ」
「あ?」
「死ねないから……頼んでるのよ……ッ」
俺は自分で決めた人間以外殺さないと決めている。
だからこそ、その返答をしたのだが女は泣き出してしまった。
「あー?んだよめんどくせぇ……」
半分無意識だったが女の目から涙を拭い、目元に血がついたことで自分の手が血まみれだったことを思い出す。
そして、これまたなぜか俺は自ら意味のわからない提案をしてしまったのだ。
「はぁ……ならこんなんはどうだ?俺はお前の望み通りお前を殺してやる。だがそれは俺が捕まる時だ。それまでお前は俺のそばにいろ」
「殺して……くれるの?」
放って置けなかったのか、目撃者を逃したくなかったのか、はたまた見捨てるのは心地が悪かったのか。
だが理由なんてどうでもいい、俺はこいつをそばに置くと決めた。
「あぁ。最後にな。それはいつになるかわからねぇぞ?俺は捕まる気なんてさらさらねぇからな。あとこれも言っておく」
今度はしっかりとそばにあった池で血を落とし、脅しをかけるために女の顔を掴む。
「俺がお前を殺すまで、俺のそばを離れることも、勝手に死ぬことも許さねぇ」
「……っ」
「これは取引だ。俺に自分のルールを破ってまで殺させるならそれ相応の何かをしてもらわねぇとな、いくら最後だからってできりゃあやりたくねぇよ。ルールは俺が殺しをする上で必要なものだ。それがないなら殺す意味だってねぇんだ。わかるか?」
「……はい。それでも、いい……殺してくれるなら」
「交渉成立だ」
あぁそうだ、今思えば、ただの好奇心だったのかもしれない。
「うぐっ……はな……せ……!」
「は?てめぇは離せと言われて離したことがあったか?やめろと言われてやめたことがあったか?」
いい加減黙っとけ、と最後の力を込め、縄を締める。
「が……」
そういえば、あの時もまた色々と口走った……というか先走ったな……。
……何をしているんだあいつは。
仕事も少なく、にあいつがいることで居心地が悪くなくなった家。
普段よりも早く帰ることが増えた俺は、その家の前で絡まれている來香を見つけた。
「おい」
背後から声をかけると、安心したような、戸惑ったような顔で彼女は振り返った。
「凰牙さん……?」
「あ!矢木さぁん!この人ストーカーですよぉ!矢木さんの不在中に我が物顔して矢木さんの家から出てきたんですぅ」
さっきまで來香に絡んでいた時とは違う、甘ったるい声を出す女たち。
(我が物顔して注意しているのはどちらかといえばお前らの方だろう)
「……そうか」
相手にするのも時間の無駄だと、おろおろとしている來香の方に声をかける。
「それで來香、買い物に行くところだったのか?」
「あ、はいそうですけど……?」
「なら行くぞ」
「お、凰牙さん???」
今すぐにでもこの場から立ち去りたかった俺は今登ってきたばかりの階段を、來香の手を引き降りていく。
と、そこでこのまま放置していてはまた來香に絡みにくる可能性があることに気づ木、一度足を止めた。
「や、矢木さん……?」
「お前らが誰かは知らないが、來香が俺の家から出てきたのは当たり前だろう。これは俺の女だからな」
「え、いや、矢木さんちょっと冗談きつ……」
「來香」
言葉で言ってもわからないやつには見せつけるのが一番だ。
少し申し訳ない気もしたが、來香の前髪を少しかき分けてキスを落とす。
「……!?!?」
「ってことだから。これ以上しつこいならお前らをストーカーで訴えてもいいんだぞ」
「あ……な、何にもない……です」
「い、いこ……」
「うん……」
俺はそれを確認すると、いまだ状況に頭が追いついていない來香の頭の上に軽く手を乗せた。
「急に触れて悪かったな」
「い、いえ……え、えっと、凰牙さん今日も早かったんですね」
「この時期はそこまで忙しくないからな。ほら、買い物行くんだろ」
「あ、はい」
「……さて、どうすっかなこいつ」
あの時は面倒臭いと感じているつもりだったが、不自然な点も多い。
俺ならばあんな遠回しの事はせず、ただ一言「こいつに関わるな」といえばいいだけだった。
最近の俺は、少しおかしい気がする。
「はぁ……とっとと帰りてぇな……」
今までの俺は、家なんてただ暮らすために必要な場所というだけだった。
だが今はどうだ、來香の待つあの家を自分の“居場所”と認識している。
「……今までまともに人と関わってこなかったせいか」
誰かが家にいるという生活も、悪くはないなと初めて思った気がする。
「ただいま」
(……やっぱ寝てるか)
俺が寝てろと言ったのだが、來香の声が聞こえないのは久々な気がして物足りなさを感じる。
(……明かり?……まだ起きてるのか)
物音はしていないが、俺の書斎から光が漏れているのが見えた。
「おい來香、まだ起きてるの……か……」
覗いた先で見えたのは、俺が普段使っている椅子に座り、机の上に開いた小説の上に突っ伏して眠っている來香だった。
「ったく……來香、おい來香、風邪ひくぞ、起きろ」
苦笑しながら來香の方を揺する。
「んぅ……おうがさん……?」
「そうだ。ほら本が汚れる、寝るなら部屋に行け」
「ふふっ、おうがさんだぁ……」
「おいこら触るな、まだ汚れてんだから」
「おうがさん……」
「なんだ?」
「おかえりなさい」
「……!」
來香は俺に一言そう笑いかけると、やり切ったとでもいうようにひたたび眠りについてしまった。
「……はぁ……バカだなお前」
殺人鬼であり、今も人を殺してきたばかりの俺に、こいつはそれをわかっていながら「おかえり」と笑うだなんて馬鹿げている。
そして俺は汚れた服を脱いで來香を抱え、彼女の部屋へ運び込む。
久しぶりに触れた人肌は、死体とは違って暖かかった。
布団の上に静かに降ろし、ほとんど声になっていないような声で俺は一言つぶやいた。
「……ただいま、おやすみ來香」
ここまで読んでいただきありがとうございました。
今回は少し長くなりましたが、これからは出来る限りこのくらいの長さにしていこうかなと考えています。
よければ次回も読んでいただけると嬉しいです。




