10話「油断こそ最大の敵」
「えと……どう……ですか?」
「……まぁあれだな、無理だ」
「えぇ……」
今、私は外出するのに自分だとバレないようにちょっとした変装をしている。
というのも凰牙さんが髪型と服装の雰囲気変えればバレないだろうと言い出したからだ。
普段私は長い髪をお団子にして上にあげ、動きやすいズボン姿であることが多い。
だが今の私は、長い間くくっていた影響で波打った髪を下ろし、ふんわりとしたワンピースを着ている。
雰囲気で言えば凰牙さんの狙い通りまったくの別人になっているだろう。
けれども……
「似合ってはいるがな、來香は來香だ」
「それじゃ意味ないじゃないですか!」
「今更だろ、どうせ買い物に入ってんだから」
「それはそうなんですけど……」
買い出しはどちらかといえば仕事というイメージが私の中ではある。
だからこそ、別にバレてしまっても誤魔化すことはできる。
が、凰牙さんと二人で出かけるなんてそれはもう……
(ってないない!そんなわけないでしょ!)
私は基本的には嘘をつくことが得意だが、なんと説明していいかわからないことに対して嘘をつくことは苦手なのだ。
要するに得意な嘘と苦手な嘘がある。
「來香?」
一人で(おそらく)百面相していた私に凰牙さんが不審そうに声をかけてきた。
「な、なんでもないです!」
「……んじゃ、あんまりここで時間使ってたらもったいねぇしな。とっとといくぞ」
「え、あ、ちょっと凰牙さん!」
私の手を引きさっさと家を出る凰牙さん。
私は不安ながらも久しぶりのお出かけに胸を躍らせた。
「どこか行きたいところはあるか?」
「え?えっと……」
マンションを出てすぐ、凰牙さんは立ち止まってこちらにそう問いかけた。
しかし私は色々な場所を思い浮かべてみたものの、どれもしっくりくるものはなかった。
そもそも学生時代は精神的にそれどころではなかったし、社会人になってからは仕事に追われて出かけることすらなかったのだ。
今更どこに行きたいかなんて言われてもすぐに思いつくわけがなかった。
「特にないですね……」
「ならその辺のカフェにでも入るか」
「……それ、お出かけの意味ありました……?」
凰牙さんにも特に考えはなかったらしく、たまたま目についたマンションから目の前のカフェに入ることになった。
(まだ家出てから5分も経ってないんだけど……)
「いらっしゃいませー」
「二人だ」
「二名様ですね、それではお席にご案内します」
なかなかにオシャレで高そうなカフェだったので私は少しおどおどしてしまったが、凰牙さんは慣れた様子でさっさと入っていってしまった。
「何にする?」
席に案内された凰牙さんはメニューに一通り目を通すと私にメニューを差し出してそう聞いてきた。
「凰牙さんは……?」
「俺はもう決めた」
「え?今の一瞬でですか?」
「そんなに量はないしな、こういうのは直感で選ぶのが一番なんだよ」
「そ、そうですか……えっと、じゃあ私は……一番安いのを……」
「わかった、一番高いのな」
「え、ちょ、冗談ですから!」
「なら遠慮せずに好きなの選べ」
「そう言われても……」
遠慮が丸出しだったらしい私に凰牙さんがとんでもないことを言い出した。
凰牙さんなら本当にやりそうなので恐る恐るメニューに視線を落とす。
(と言っても本当にどれでもいいんだけれど……)
自分の意見や感情は全て我慢を強いられてきた人生。
こんな小さなことですら、私はもう何も感じれなくなっていた。
好き嫌いはカッコ悪い、あまり高いのを選べば母の機嫌を損ねる、何が出てきても笑顔で食べて接待しなきゃ上司に怒られる。
私はずっと、そうやって生きてきたのだ。
(……昔、好きだったのはなんだったっけ)
「……それじゃあ……これ……を」
結局自分が何を頼みたいかピンとくるものはなく、無難なカフェラテを頼んだ。
凰牙さんは少し不満げな顔をしたが、特に何も言わずに店員さんを呼び注文を済ました。
「それではアメリカンコーヒー一つ、カフェラテ一つでよろしいですか?」
「あぁ」
「では失礼します」
「……あの、すみません……ただでさえ服と色々買っていただいてるのに……」
「気にすんな、金ならあるって言ってんだろ?」
「そうですけど……」
注文が届くまでの間、いつもと変わらずなんてことない雑談をしていた。
「というかカフェラテが好きなのか?」
「気づいて言ってますよね?」
「好きなの選べと言っただろ」
「その好きなのが思いつかなかったんですよ」
「……あれ?鈴音先輩……?」
私と凰牙さんの声ではない、けれどももう何年も聴いてきた少し高い声。
その声の明るさには似合わないような感覚が、私を襲う。
背筋が凍るような感覚に、振り向きたいけれども動かない体。
口が渇き、顔に冷や汗が伝うのを感じる。
そして、私は震える喉から無理やり声を絞り出した。
「……椎奈」
ここまで読んでいただきありがとうございます。
よければ次回も読んでいただけると嬉しいです。




