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架空世界の恋愛/童話・お伽噺

不満な姫君の鳴らない風鈴

作者: momo_Ö



 姫は、不満でした。

 この世の素敵なものは、みなすぐになくなってしまうからです。


 可愛らしい姫のもとには、たくさんの贈り物が届きます。

 あるとき姫は、贈り物の中から、鉢植えにされた真っ赤な花を気に入りました。暇があれば眺め、枕元に置くほどでしたが、冬が来て花は枯れてしまいました。


 またあるときは、黄色い小鳥を気に入りました。利口で、外に出しても必ず部屋へ帰ってきます。自由に空を飛ぶ姿は生き生きとしていましたが、ある日小鳥は怪我(けが)をして戻り、姫の手の中で息を引き取りました。



 異国のお菓子をつまみながら、姫は愚痴(ぐち)をこぼします。


「どうしてみなすぐにいなくなってしまうの? このお菓子だって、食べたらなくなっちゃうわ」


 護衛の騎士が言いました。


「では姫、なくならないものを差し上げましょう」

「そんなものないわよ」

「ありますよ。ほら――風です」


 騎士は小さなガラス玉を持ってきて、姫の部屋の窓枠に吊るしました。窓を開けた瞬間、ちりん、と澄んだ音が響きます。


「なあに、これ。素敵ね」

「風の声が聞けるんですよ。風はなくなりませんから」


 騎士は、白い歯を見せてにかっと笑います。(めずら)しい黒髪に褐色の肌、緑色の瞳は、亡くなった姫の母と同じ色でした。



   *



「ナシームの、嘘つき!」


 部屋に戻った姫は、一直線に窓辺へ向かいます。背伸びして窓枠からもぎ取ったのは、騎士が吊るしたガラス玉。

 姫はその手を大きく振り上げ、床に叩きつけ――ようとするも、できませんでした。



 姫が十七歳になった朝、騎士ナシームは姿を消しました。


「すぐ戻ります」と、いつものようににかっと笑って出ていったので、ちょっとしたお使いだと思ったのに。

 彼は、隣国との(いくさ)に駆り出されていました。


 戦が終わっても、彼は戻りません。

 父王に問うも、「いちいち覚えていない」と一蹴されて。



 壊してしまえなかったガラス玉を握りしめ、姫は窓辺にうずくまりました。

 夜風が髪を()ぜ、何百何千回と聞いた声を耳に(よみがえ)らせます。



   *



 姫の部屋の窓に、もうガラス玉はありません。

 彼女は出窓の台へ片膝を立てて座り、遠くの川を、その先の砂漠を見つめます。


 美しい花も、利口な鳥も、みな姫のもとを去ってゆくというのに。

 声を失った風だけは、今日も変わらず頬をくすぐり、耳にかけた髪をさらってゆきます。


「いつまでもなくならないというのも、厄介ね」


 そうして姫は、不満を風にのせてこぼします。


 いつまでも、鳴らない風鈴の音を聴きながら。










✳︎ なろうラジオ大賞7参加の1000文字掌編です(キーワード:風鈴)。

「ナシーム」は、アラビア語・ペルシャ語等で「そよ風」。


お読みくださり、ありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
「風はなくなりません」と告げるナシーム、素敵ですね。 姫さまの心を一瞬で捕らえたのではないかと。 それなのに「声を失った風」を感じることになってしまうの、切ない余韻が残ります。 彼は戻ってくるんじゃ…
 ナシームらしい風の贈り物は、泣いて腫らした姫の頬を撫ぜ、いつまでも語り続けるのでしょうね。  下地を深める意ネタ効果で中東の風を感じられ、千夜一夜物語の一説かとさえ思えて来ました。
めちゃくちゃ綺麗な物語でした…! 心に残り、染み入るような。 特に「声を失った風」という表現がたまらなかったです。 いつかその風が鳴らない風鈴の音ではなく、生きてるナシームの声を届けてくれますように……
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