倒された魔王のカミングアウト
「や、やったのか……?」
すべての魔物と魔族をしたがえる魔王が倒れる。その胸には聖剣が突き立てられ、あふれ出した血が致命傷であることを示していた。
地面に沈んだ魔王を前に勇者たちはなおも警戒を解かない。
思えば長い旅だった。これまでの過酷な旅が胸に去来する。そんな彼らの偉業をたたえるように魔王は笑みを浮かべた。
「くくくっ、見事だ人間よ」
それは死にゆく者の最期の言葉。人類の宿敵といえど汚してはいけないものだった。勇者たちは構えを解いて静かに耳を傾ける。
「魔王よ、何か言い残すことはあるか?」
「……光あるところに闇あり、覚えておくがいい」
魔王は息も絶え絶えになりながらもゆっくりと言葉をつむぐ。
「勇者よ。お前が何度も通っていた料理屋だが、あれは我が監修していたものだ。新メニューは二度と出ることはない」
「うそ、だろ……え、あのふわトロオムレツが……?」
戸惑う勇者を放置して魔王の視線を一人の少女に向けられる。魔法の天才とうたわれ、この戦いにおいてもその魔術が道を切り開いてきた。
「魔法使いの少女よ。おまえが愛読していた恋愛小説だがな、あれは我が執筆していたものだ。いまちょうどクライマックス中のクライマックスだがもう二度と完結することはない」
「え、え? あんたが? え、うそ。まってよ、今すごくいいとこなんだから、ねえってば」
呆然とする魔法使いを置き去りに最後に神官の方を向き直る。敬虔な神の信徒として、数々の奇跡によってパーティーたちを支えてきた男だった。
「神官の男よ。おまえが出している詩集、楽しませてもらったぞ。出版数はふるわないようだが新作を読みたかった。残念である」
「ファン……いたのですか? 出版社に持ち込むたびに嫌な顔されていたのに……。お願いします、感想を、ぜひ感想を!」
詩集を懐から取り出した神官が詰め寄ろうとしたが手のひらを向けて押しとどめる。魔王の命はすでに尽きようとしていた。
「くくく、人間どもを理解するために始めた手慰みであったがそれも終わりだな」
「おい、待てよ! オレのオムレツ!」
「くっくっく、実はつづいていた徹夜のせいで本調子がだせなかったが仕方のないことだ」
「待ちなさいよ! 最後の結末だけでもいいから教えなさい!」
「くくっ、実に愉快であったぞ人間どもよ」
「待ちなさい! 書き溜めている作品がまだあります。読んで感想を!」
だが、光あるところに闇あり。
我は千年の後に必ず復活する。
その時を待っているがいい。
「さらばだ、人間たちよ……」
その言葉を最後に魔王の体から力が抜け、その体は光の粒子となって散っていった。
「ふざけんな、千年なんて待ってられるかあぁぁぁぁぁっ!!!」
―――その後の勇者たちの行方を知る者はいなかった。