日本、おにぎり、お箸
イヴォンヌがやってきて3日目、凛とイヴォンヌは部屋でくつろいでいた。昨日は大変だった。一昨日、同居が決まり、その後もう夜も遅いから寝ようとしてイヴォンヌに凛の部屋着に着替えてもらったところで、イヴォンヌのドレスから日本のパスポート、マイナンバーカード、など、身分を証明それはそれはもうボロボロとでてきたのだ。なぜそんなものを転移してきたと思われるイヴォンヌが持っているのか。というか国籍は日本なのか。色々突っ込みどこ満載だったが、マイナンバーカードがあると言う事は、戸籍があるということだ。そこで次の日戸籍を確認するための市役所に行って、まず本籍地を確認した。本籍地はそこだったため、早速戸籍謄本を発行してみると、両親の記載はなく、イヴォンヌだけの戸籍となっていた。つまり、分籍したような状態になっていたのだ。その時に分かったことだが、イヴォンヌは21歳。確かに分籍は可能である。転移凄すぎだろ、色々捻じ曲げてやがる、と凛は思ったが、イヴォンヌが日本人と認められているのならこれからの生活も安心できる。凄いパワーや治癒力なんかよりずっと日本にあった転移チートだろう。転移の神がいるとしたら意外と日本のことをよく分かっているようだ。そんなことがあって疲れた次の日。2人はまったりと過ごしていた。
「軽食でも食べる?」
お昼すぎ。凛はそういうと、イヴォンヌに白い三角のものを手渡した。イヴォンヌへの敬語や敬称はこの3日でイヴォンヌからのお願いもあってやめた。
「これはなんなの?」
イヴォンヌは手渡された三角をまじまじと見つめた。
「おにぎり。日本人にとってすごく馴染み深い食べ物だよ。イヴォンヌの世界にお米ってあった? 日本では多くの人がこのおむすびの材料のお米を主食にしているんだけど」
「なかったと思うわ。聞いた事がないもの。私の世界では主食はパンだったわ」
「そうなんだね、パンはあったんだ」
「これは食べれるのかしら」
イヴォンヌは「おにぎり」とやらの周りをまとっている透明なものを引っ張った。
「あ、それはラップっていうもので食べられないよ。食品に触れても大丈夫なものだから、避けて食べれば大丈夫」
凛は自分もおにぎりを一個手に取ると周りの透明なフィルムを剥がして見せた。
「ちなみに食べ方分かる?」
「パンのようにちぎって食べるのではないの?」
「うーん、ちょっと違うね、こうだよ」
凛はそういうとおにぎりにかぶりついた。
「これが日本のおにぎりの食べ方。お皿に出してからお箸を使って食べる人も見たことはあるけど、洗い物も増えるし、みんなこうやって食べると思う」
「おはしとはなんなの?」
イヴォンヌは凛のようにおにぎりを齧って聞いた。
「あー、お箸は2本1組の棒で、食事をする時に手の代わりに使うものかな。フォークやナイフって分かる?」
イヴォンヌは頷いた。
「それの最終形態だとでも思ってもらえれば」
「最終形態?」
凛の独特な言い回しにイヴォンヌは首を傾げた。
「お箸ってちょっと扱いが難しいんだよ、気になるなら後で使ってみる?」
「いいのかしら」
「お箸で喜んでもらえるならいくらでも出すよ」
「ありがとう、嬉しいわ。それにしても、おにぎりってとっても美味しいのね。わずかに甘くて気に入ったわ」
「よかった」
***
「で、イヴォンヌ、これがお箸です。こんなふうに持つの」
おにぎりを食べ終わると凛はお箸を2膳持ってきて、イヴォンヌの前に1膳置き、1膳は自分が持って見せた。
「こうやって上側のお箸だけ動かして食べ物をつまむんだ。最初は難しいかもしれないけど、慣れると簡単で、何も考えなくても使えるようになるよ」
イヴォンヌは凛の手元を見ながら目の前の箸を取り上げた。
「うまくできるかしら……」
凛のように箸を動かしたつもりだったが、箸先が合わない。これでは全然物もつかめそうになかった。
「難しいわ……これでものを掴むなんて何年かかるのかしら……」
「そこでそんなイヴォンヌさんに朗報です!」
凛はイヴォンヌの目の前に皿を2枚置き、片方にだけ丸い、小さなものをたくさんのせた。
「これは一体……?」
「日本でお箸の練習をするときは、お皿からお皿に豆を移すっていう練習方法がありまして。うちに豆はなかったので代わりに大きめなビーズを持ってきてみたよ」
「……こんなに綺麗なものを練習なんかに使っていいの?大切な物なのではないの?」
ビーズと凛を見比べるイヴォンヌ。
「あ、イヴォンヌが思うほどお高い物じゃないんだよ、これ。宝石とかみたいに、天然の石とかを使っているわけじゃなくて、プラスチックっていう、すごく簡単に手に入る素材でできてるの」
「そうなのね。でも綺麗だから大切に使うわ。ありがとう。やってみるわね」
早速ビーズをつまもうと頑張るイヴォンヌ。だがこの30秒後、イヴォンヌの箸裁きによって部屋がビーズまみれになり、イヴォンヌが青ざめることをこの時の二人はまだ知る由もない。