全ての始まり
私の人生ってなんだったのかしら。イヴォンヌ・スチュアード公爵令嬢は血を吐きながら薄れゆく意識の中でぼんやりと考えた。マグレード王国のスチュアード公爵家の長女として生まれ、王太子ルノール・マグレードの婚約者となり、イヴォンヌの人生は一見貴族の令嬢ならば誰もが羨む輝かしいものに見えた。しかし、それはイヴォンヌの裏での努力をなにも知らないから。イヴォンヌは公爵家の長女として、ルノールの婚約者として、その名に恥じぬよう、血の滲むような努力を重ねてきていた。公爵家としても、王太子の婚約者としても、この国を統べるものの一員として、この国をよりよくするために頑張ってきたのだ。しかし結果はどうだ。色々な人から恨まれ、妬まれ、今では毒を盛られて死にそうになっている。
私はどうすればよかったの。イヴォンヌは暗転していく世界を見つめた。なんだか今まで積み上げてきたものが全て崩れていくような感覚だった。自分に毒を盛った存在についてはなんとなく予想がついていた。大方イヴォンヌによって不正を暴かれたどこかの貴族だろう。イヴォンヌが見つけた不誠実な貴族はたくさんいた。そのうちのどれかに違いない。私に毒を盛るなんておバカさんなのね。イヴォンヌはふとおかしくなった。いくらイヴォンヌが嫌われ者の令嬢だったとしても彼女は公爵家の令嬢で、王太子の婚約者なのだ。その令嬢が毒で死んだとなれば必ず大規模な調査が行われるに決まっている。それとも、嫌われ者の、邪魔者の令嬢の死ならば誰も調べないと思ったのだろうか。実際イヴォンヌは今毒で苦しんでいる。
私もみくびられたものね。イヴォンヌは目を閉じてもう死ぬだろう、漠然と思った。
もし心残りがあるなら、とイヴォンヌは思った。もし心残りがあるなら、どんなに自分が批判をされて、嫌われて、こんな王妃は望んでないと──性根の腐った貴族たちからしたらこんな、彼らを正していくイヴォンヌは邪魔者だったので──言われ、王太子の婚約者を変えるべきだと騒がれようとも、一貫して婚約者を変えようとしなかったルノールに感謝と謝罪を伝えたかった。王室も腐敗しきった貴族達を前に「王室」という名以外の権力をほとんど無くした今、貴族達に押されれば受け入れざるを得ないところがあっただろう。実際、国王と王妃はイヴォンヌとルノールの婚約を何度か取り消したがった事もあった。これ以上王室の立場が悪くなることは避けたかったのだろう。イヴォンヌ的には貴族の腐敗を取り払って、王室の立場を良くすることで、貴族の圧政に苦しめられている平民達の生活をよくしようと、そういう考えだったのだが、王家は納得しなかった。──ルノール以外は。
ルノールは王と王妃の2人を必死に説得した。イヴォンヌのしてくれていることはあなたたたちの貴族の主張を取り入れるという、その場しのぎの王家の延命治療より王家をずっと長い目で見て助けようとしてくれている事なのに、どうしてそれがわからないのか。彼は毎度そういい続け、なんとか王妃と王を説き伏せた。ルノールはイヴォンヌにとって家族以外の唯一の味方で良き理解者だった。ルノールはある時イヴォンヌにこう言った事があった。
「僕は僕より君が王家に生まれてくれていたらよかったのにと思う事があるよ。君は僕より統治者としての勇気があるし、もし君王家の生まれなら君が行う正しいことに文句を言えるものは相手がいくら落ちぶれた王家であってもいないからね」
それくらい、ルノールはイヴォンヌを評価してくれていた。統治者として優しすぎるルノールと厳しいイヴォンヌ。一緒にいることで2人は中和されちょうどいい具合になる、良いパートナーだった。が、そんな優しいルノールを置いて逝くのだ。きっとルノールはイヴォンヌの死を自分のせいだと責めるだろう。自分と婚約しなければこんなことにはならなかった、自分にもっと力があればと嘆くルノールがイヴォンヌには容易に想像できた。
ごめんなさい、ルノール。あなたと国をよくしていくことはできそうにないみたい。今まで守ってくれようとしたこと、忘れないわ。ありがとう。イヴォンヌはその思いを胸に、完全に意識を手放した。