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第九話 平和だった日々を終えてみた

 ユナメラはいわば、高校を卒業したばかりの女の子だ。


 だからなのか、何というか……その……、距離感が凄いんだよね……。






 先程、私が食器を洗っている時も、


「燈華様。お皿洗いは次回から私が担当しますね♪」


と言いながら、ユナメラは後ろから私に抱きついてきた。

 彼女はその姿勢のままこの世界の皿洗いを見て学んでいる様だったが、私はもうそれどころじゃ無かった。


 『青春』と呼ばれる経験を、私は出来ないまま今に至っている。

 なのでこういう、若い子のノリみたいなのにはかなり耐性がないのだ。


 ……ていうか、ユナメラってこんな距離感近い子だったっけ!?




 しかし、少しだけ青春を取り戻せた様な気分になって、満更でもない私。

 そんな私は、嬉しさと照れで赤くなった顔を隠すように、


「そ、それじゃあ、私はお風呂を掃除してくるから!ゆっくりしてて!!」


と、一人お風呂場に駆け込んだのであった。


「あっ、燈華様!!……もぅ。」

 







 

「ふぅ……。」

 不安感から逃げるため、一心不乱に小さな浴槽を一通り磨き終えた私は、額の汗を腕で拭い、一息つく。

 かなり綺麗になった浴槽を見て、満足げに小さく


「よし……。」


と呟いたが、やる事が無くなった脳がよく使用する技、『空いた時間に不安をプレゼント』が発動し悶える。

 私は引きこもり生活中、この不安のプレゼントで多くのトラウマを思い出さされたのだが、今回はユナメラの入浴についての心配、それがプレゼントされた。



 分かってる。分かってるんだよ。

 別に一通り使い方だけ教えて、後は一人お風呂に入ってもらえば良いって事は。

 だけど……、だけどね……。





 私は観念し、給湯器をオンにしてお湯の蛇口をひねる。


「……って、危な。栓閉じてなかったし。」


 明らかな動揺に見ぬふりをして、私はお風呂場を出てユナメラの待つところへ戻った。




 戻るとユナメラは、


「なるほど……、これが私達の世界……。」


そう呟いて、『HTLG』のタイトル画面が映し出されたモニターの画面を指で触れていた。


 その横顔からは少し寂しさのようなものを感じ、どう声をかけようか迷う。

 しかし、ユナメラはこちらに気が付くと、


「あっ、おかえりなさいませ♪」


と、コロッと表情を変えてしまった。

 私にはそれが何だか無理をしているような気がして、思わず、


「やっぱ帰りたい、よね……。」


と、言ってしまう。

 するとユナメラは一瞬驚いたが、直ぐに優しい笑顔になると、


「帰りたくない……と言えば嘘になりますね。故郷が、学園が、友達が、両親が恋しいです。」


と、私に話した。

 そっか……と、私が落ち込みかけた次の瞬間、ユナメラは私の両手を取り、


「ですが、私があちらにもし帰るとなったその時は、燈華様も一緒です!燈華様を私の大好きな方々に紹介して、皆様にも好きになってもらいます!!……ね?」


と、微笑みとはまた違う、破壊力の高い笑顔を見せたユナメラに、私は完全にノックアウトされた。

 やばい、ユナメラ本当に可愛い。





 思ってもみなかったユナメラの行動に話がついそれてしまったが、そろそろお湯も貯まる頃だろうし、本題に戻ろう。

 ……本題に、戻ろう……。



 先程の発言後、私はユナメラから先程のご飯についての雑談をしていた。

 が、それを一旦区切ると、


「それじゃ、そろそろお風呂に入ろう。ユナメラがあっちの世界で入っていたお風呂に比べて遥かに小さいけれど……、今度温泉に連れて行くから……、ごめんね。」


と、一言謝る。

 それにユナメラは「謝らないで!」と言い、何だか言わせたような感じがして罪悪感を感じた。

 それについても謝ったが、何だか無限ループになりそうだったので、ユナメラが発言するより先に、


「今から、お風呂場にある色んな道具について説明するからねー。」


と言って、ユナメラの手を取り立ち上がらせ、


「えっ、燈華様!?」


と驚くユナメラを、私は無邪気な笑顔でお風呂場に連れて行くのであった。






 ユナメラって可愛いね……。

 じゃなくて、私達は着衣のまま二人狭いお風呂場に入った。

 二人で入るとより狭さが際立つが、それはともかく今二人が着衣なのは、勿論今から説明だけをする為だ。

 決っっっっして、二人でお風呂に入る訳ではない。




「これが髪を洗うシャンプーで、これはコンディショナーって言うんだけど、あぁ、これはボディーソープで…………。」


 私はなるべく丁寧に説明をした。

 がしかし、普段から使い慣れているものの使用方法こそ、いざ言語化しようとすると意外に難しかったりするものだ。

 なので、ユナメラは終始疑問符を浮かべていた。

 ……不味いかも。




 説明を終え、一応ユナメラに分かった?と聞く。

 するとユナメラは、もう何となく最初からそう言うと分かっていた言葉を口にした。

 私の不安はこれであった。



「いいえ♪ですから、一緒に入りましょう♡」



 私はどう断るかをすぐに考え始めた。

 しかし、そんな思考を辞めさせるかのように、ユナメラは目の前で、自身の衣服を脱ぎ始めたのであった。

 驚き声を上げながら後ろを向いたが、その瞬間察した。

(あぁこれ、私に拒否権は無いな……。)








 他人の裸なんか見るのいつぶりだろうか。

 最後に見たのは、確かお風呂に入ろうとしたら既にお姉ちゃんが入っていたあの時か。

 お姉ちゃんに一緒に入る?と言われ、やだー、と断ったっけ。



 ……そんな事を考えながら、私は今、狭い浴槽にユナメラと二人で浸かっています。




 私は前の方に詰めて入っていますが、何故かユナメラは私の背中に額をくっつけています。

 心臓の音があまりに大きいので、ユナメラに聞こえていないか心配。

 でもそれ以上に、何故私の背中にそんな事をしているのかが気になって仕方が無い。



 しばらく無言の世界が続く。



 がようやく、ユナメラはその状態のまま発言をした。


「温かいですね。……本当に、温かい……。」


 ユナメラはそう言うと、その手を私の背中に当てた。

 私が驚きと緊張で体を強張らせていると、


「ふふっ……、緊張していられるのですね……。よかった……、燈華様がこのような事に慣れていないようで……♡♡」


と、今度は額ではなく耳を背中につけたユナメラ。

 私は、私は……!!




「そ、そろそろ寝る時間だね!そうだ!私、先に上がってお布団敷かなきゃね!!そ、それじゃあ!!」

 ……ヘタレであった。



 私が勢い良くお風呂場から上がり、一人ポカンとした表情で取り残されたユナメラは、


「もぅ。……ふふ♪」


と不満げに呟いたが、その表情はとても楽しげなものであった。




 が、不意にユナメラは先程まで燈華が浸かっていた部分のお湯に光の無い目を向ける。

 そして無言でそのお湯をすくい上げると、それを……







「もー!ユナメラってば可愛いんだから!」

 私は、嬉しいのか怒っているのかよく分からないそんなセリフを言いながら、来客用とか言いながら数年間新品であった布団の封を開ける。


 床に広げてみたところ、特に虫に食われているとかも無かったので、これなら安心してユナメラに眠ってもらえると安心する。


 本当はフカフカのベッドで寝てもらい、私が床で寝るべきなのだが、定期的に洗っているとはいえ、私のベッドで寝かせるというのは……、ちょっと気が引ける。




 そうこうしていると、ユナメラが先程の服を着てお風呂を上がってきた。

 え?パジャマ?

 そんなの、パジャマに着替えず部屋着のまま寝る私が持っているわけ無いでしょうッッ!!

 ……今度買ってくるね……。




 お風呂上がりのユナメラ、ヤバぃ……。

 じゃなくて、ドライヤーの使い方も教えたけど、どうやらちゃんと使えたらしい。

 ……それならお風呂の入り方も絶対に理解していたと思うけど、もうそれには気が付かなかった事にしよう。



 それより今日は、もう寝よう。

 時刻はもうすぐ11時、普段なら今から朝までゲームするが、ユナメラが居るのでそれは自重しよう。

 私はユナメラに、


「ユナメラ?今日はコッチの『布団』っていう寝具で寝てほしい。……ほ、ほら!日本の文化を体験!みたいな?」


と言って、私のベッドで寝ると言わないように誤魔化そうとしてみる。

 それは、絶対にユナメラはベッドで寝たいと言う、私はそう確信していたからだ。

 今日だけ乗り切って、明日起きたら直ぐにベッド洗おうと心に決めた私は、さてどう説得しようかなと思っていたのだ。



 でもユナメラは、


「分かりました♪文化体験ですよね♪」


と言って、すんなりと受け入れた。

 私は驚いたが、まあ良いかと納得し、


「それなら、今日はもう色々あって疲れただろうし、早めに寝ようね。」


と言って掛け布団を捲り、ユナメラを手招きした。

 ユナメラはなぜか少し頬を染めながら横になったが、気にせず、私はユナメラに布団を掛けた。

 そして、


「おやすみ、ユナメラ。」


というと、ユナメラも


「はい。おやすみなさいませ、燈華様♡」


と微笑んで、その瞳を閉じたのであった。


 それを見て、私は部屋の電気を消してベッドに横になる。



 すると、普段なら嫌な記憶が蘇るのに、今日は何だか穏やかな気分で、久しぶりに良い眠りにつくことが出来たのであった…………。
















「おお!?今日はずいぶん眠りにつくのが早いな!これはまさか、俺と遂にスポーツをする気に……!?」

 配達の仕事を終え、男は帰宅する。

 だが男には帰宅時のルーティーンがあった。



『それは、惚れた女の部屋の明かりを確認する事。』



 彼にとってこの行動は、惚れた女の健康を気遣った『優しさ』である。

 彼はいつも夜11〜1時にここの前を通り、そしていつも夜遅くまで起きている女を見て、心配しているのだ。



 だが男の望みは、女とスポーツをする事では無く、女を自分のものにする事。

 だから男は、暗い部屋を見てこう続ける。


「後は部屋から出て来てくれたら良いんだがな……。そしたら俺が、色んな場所にデートで連れて行ってあげられるんだが……。」




 男は待つ。

 燈華が無防備になる時を。



 男は待つ。

 燈華への想いを募らせて。



 そして男は思う。

 いつの日か、『自分があの不幸な女を幸せにしてあげるのだ』、と。

男に悪意はありません。

そこが一番恐ろしい

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