第十五話 犠牲を礎に
これも君のため。
……私の嫌いな言葉。
私を囲む大人たちは、いつも私にそう言った。
その言葉を信じ、沢山の事を学んだ。
でも実際、学んだ事は私の力になって。
……そういうところが、本当に嫌いなんだ。
――――――
ユナメラの身柄が警察の手に渡った。
その事実が、警察が居なくなりやけに静かになったこの病室で、私の頭に響く。
そらそうだ。
分かっていた事じゃないか。
なに希望的観測をしているんだ私は。
あの時、私は血を吐いてでもあの場から逃げなければならなかったんだ。
あの時、意識を失っている場合ではなかった!!
あいつ……あいつのせいで…………!!!!
ボフっという音が静かに鳴る。
怒りに任せ力いっぱい布団に向けて振り下ろされた拳は、なんの成果も得られず苦しいだけだった。
(落ち着け、私。)
そう言い聞かせ大きく深呼吸すると、私は思考を巡らせ始めるのであった。
ユナメラは『保護』されている。『逮捕』じゃない。
戸籍無しビザ無しの身元不明人かつあの見事な顔立ちと金髪だから、絶対外国人だと判断されているだろう。
今は恐らく、身元特定や行方不明者照合の作業段階。
まだ猶予はある。
しかしこのままではユナメラは、不法滞在者と判断され、やがて『出入国在留管理庁』へ引き渡されるだろう。
そして入管施設に収容され、入国警備官による違反調査後、無国籍なユナメラを受け入れる国が現れるまで、ユナメラは入管施設に収容され続ける。
そうなれば、ユナメラと生活なんて絶対にできない。
ユナメラがその道に進まないようにするには、ユナメラの身元保証人になるか、ユナメラと結婚する方法がある、けど……。
働いていない私は身元保証人になれない。
そして、同性の私では、結婚相手にはなれない。
なれないから、助けられない……!
……嫌だ。
……嫌だ嫌だ嫌だ!!
やっと、やっと楽しくなったのに……!
やっと、あんな生活忘れられると思ったのに……!
私はそのあと沢山泣いた。
泣いて泣いて泣いて、そして。
頭に思い浮かべたユナメラに笑いかけたんだ。
「美味しいカステラ、買ってきてあげるって、言ったもんね。」
私は、覚悟を決めて、ナースコールを押した。
――――どこか、遠い目をしながら。
――――――――――
あの日の夜、燈華様は戻ってきてくれませんでした。
でも私は不安にはなりませんでした。
だって、燈華様は戻って来ますから。
元の世界では、ベッドで横になって目を瞑れば朝が来ました。
でもこの世界ではそうはいかなくて、初めての1人の夜は、燈華様が与えてくれたゲーム機が無ければ気が狂っていたでしょう。
それでも私は不安にはなりませんでした。
だって、燈華様は戻って来ますから。
そして燈華様がお出かけして2日経った朝、知らない人間たちが複数訪ねてきました。
燈華様は出て行かれる前私に、
「知らない人が来ても、絶対に出たら駄目だよ。特に、『黒いスーツ』の人が来たら、絶対に姿を隠してね?」
と、何度も釘を刺していました。
なので何度戸を叩かれても私は息をひそめて隠れていました。
それでも、私、は……。
「燈華様……。」
しかしその時、扉がガチャっと音を立て、開かれました。
私は驚きつつも燈華様の帰りを確信して、飛び上がるように立ち上がりながら扉を見ました。
でもそこに、燈華様は居ませんでした。
いたのは、先ほどの謎の文字が書かれた服を着た男性数人と、沢山の鍵を手に持ったおばあさんで。
『ケイサツ』と名乗ったその男性たちに、私は何があったのかを聞かされました。
曰く、この家の住人の方が夜道で襲われ『キュウキュウハンソウ』された、と。
曰く、今は『シュウチュウチリョウシツ』での治療が終わり、意識は戻っていないものの容体は安定した、と。
ほとんど何を言っているか分かりませんでしたが、とにかくあの夜燈華様が襲われ、そしてこの人たちが救ってくれた事は分かりました。
理解が進むほど私の胸は痛み、私は凄まじい剣幕で燈華様はどこかと聞こうとしました。
しかし。
「ちょっと待って君!!君、神崎さんの友達かい?あんな事件があった後なんでね、一応、身分を証明できるもの見せてくれるかい?」
――――その後、私は『パトカー』という乗り物に乗せられ、知らない場所に監禁されました。
身分を証明できるものを何も用意できなかった私を、不審に思われたのでしょう。
ここは恐らく警備兵の詰め所のような場所なのでしょう。
あの世界では何度も投獄され、何度もそこで終わりを迎えたことがありますが、いつも燈華様のお顔が見えていたので怖くはありませんでした。
でも今回は……。
その後、いろんな人に何度も質問をされました。
でも私は、何を言われても一言も発しませんでした。
それは、燈華様があの世界を見ていた時によく言っていた言葉。
「うっわ引いたわ裁判イベント。25%なのに!……まずは前日の取り調べだけど?ここで何話しても裁判内容変わらないからな~~。ここは無言を貫くのが一番早いから正解なんだよね。」
なので、私は無言を貫きました。
だって、私は、燈華様を信じているから。
……信じる事しか、出来ないから。
でもその日の夕方、ケイサツの人が駆け込んできて、燈華様が意識を取り戻したことを知りました。
それを聞いて、執拗に私に質問をし続けていたケイサツの人は、急いで出ていきました。
その時つい
「私も……!」
と口を開いてしまいましたが、ケイサツの人は大きく目を開いた後、
「……それは、駄目だ。君がちゃんと話してくれたら、また考えよう。」
と言い残し、去っていきました。
取り残された私は再び牢というには豪華な部屋に閉じ込められました。
――そうして、更に4日が経過しました。
もはや、この生活にも慣れました。
ケイサツの人はその前日までなお私に色々聞いたり、『カツドン』というおいしい食べ物を食べさせてくれたりしていましたが、その日はまったく訪ねてきません。
それどころか、他のケイサツの方もやけにあわただしく動いていました。
私が疑問に思っていると、いつものケイサツの人がやけに苦しそうな表情でやってきて。
「君、おめでとう。……釈放だ。君の身分が保証された。だからもう、自由だ。」
そう、伝えられた。
いつもの質問室から出た先の廊下には、昨日までは優しい笑みを浮かべていたケイサツの人たちの列。
その人たちは、貼り付けたような笑顔を浮かべていて。
日の差す豪華な正面玄関に出たとき、そこに待っていたのは、
「遅くなってごめん。迎えに来たよ、ユナメラ!」
――――同じく、貼り付けたような笑顔を浮かべている燈華様でした。
さあ、日常が帰ってきますよ。




