第十二話 日常は奪われて
家に一人取り残された少女は嘆く。
「あぁ……、一人にして本当に良かったのでしょうか……。しかし、燈華様の変わろうとする努力を無下にする訳には……。」
好きな人が自分の為に変わろうとしている。
それなら、自分はその人を信じて待つ事が最善で誠実。
そして、もし今燈華を追い掛ければ、それは燈華の努力を裏切る事になる。
だからユナメラは、ドアノブから手を離す。
「でも……、この、胸騒ぎは……?」
あちらの世界では感じられなかった胸の痛みと不安感に襲われる。
画面越しに覗いていたあの絶望から、ようやく脱却したというのに。
だからユナメラは、ドアノブに手を伸ばす。
ユナメラは今、選択を迫られていた。
〜〜
「あらしたーー。」
死んだ目をしたバイト君の声を聞きながら、私はコンビニを後にした。
手に持ったレジ袋に対して得意げに鼻息を漏らす。
中にはコーラが二本と、多種類のお菓子やグミやおツマミと、小さく切られたバームクーヘンが二切れ。
一体、ユナメラはどれを気に入るだろうか。
私はユナメラの笑顔を思い浮かべつつ、控えめに鼻歌を口ずさみながら、閑静な住宅街を一人歩く。
「黒髪は月に揺れ、静寂の道には、胸の影がただ騒ぐ。……なんてね♪」
高揚感と雰囲気のせいで変な事を口走って咄嗟に誤魔化す。
私はそんな自身の奇行を楽しく思うと、ふと家で自分を待っている少女の事が頭に浮かんだ。
ゲーム、どこまで進んだかな。
最初のクラブリーダーは、ちゃんとNPCに話しかけるプレイングなら簡単なはず。
頭に思い浮かぶのは、ユナメラの事ばかり。
私はそんな自分を笑うと、先を急g
「……あれ。もしかして神崎さん?」
私は大きく肩を跳ねさせる。
街灯1つない暗闇から声をかけられたのだから、普通の反応だろう。
そしてこれが不審者であれば、私は今すぐ全力で走り抜けるべきだろう。
だがそれが出来ない理由は2つ。
1つは、その声がよく聞いた男性の声であった事。
そしてもう1つが、その男が正面、つまり帰路の先にいる事であった。
驚きで固まってしまった私に、男は笑顔で話しかける。
「すいません突然話しかけて……!いやぁそれよりも、まさか外で神崎さんを見かけるとは思いませんでしたよ!」
愛想笑いで何とか必死にその場を誤魔化そうとする私。
しかしそんなの気にもしない男は、自転車と食品配達用の大きなバッグを路肩に置くと、こちらに嬉しそうに駆け寄ってきた。
そうです。
あの、私の家によく食品を配達してくださっては、玄関で私に話をして帰る方です。
何故か異様に私とスポーツをしたがるこの方を見るに、恐らく仕事終わりの帰宅途中なのでしょうね。
正直怖いので近付いて欲しく無いですが、昔に戻って心を守りましょう。
「お疲れ様ですー。実は少々買い出しの方を。」
そう言い、ぎこちない笑顔で袋を少し持ち上げる。
すると男は、袋を指で少し広げて覗き込むと、
「はは!これじゃあ、せっかく運動始めても余計不健康になっちゃいますよー!」
と、笑う。
「そうですねー。」
とは返事したが、余計なお世話過ぎる。
明らか楽しそうに話していないはずなのだが、お構いなしに、男は次に、今日のサッカーの試合が何とかかんとか話し始める。
……って、ん?運動?
先程の男の発言になにか引っかかりを感じた。
……気のせい?
「…………てな感じで、今日も木下選手がシュート決めてー!!いやー、あれは痺れましたよ!!やっぱ友達がしっかりと活躍してたら嬉しいですよねー!!……あっ!そうだ!」
早く帰りたいのにその後も男は話し続けていたが、その時唐突に男は何か閃いた。
『どうしたのか』と聞いてほしそうだったので、私はにこやかに聞く。
すると、男はそれはそれは自信たっぷりに発言をし始めた。
……そしてこれが、真の悪夢の始まりであった。
「実はですね、明日の正午頃に隣町で別チームの練習試合があるんですよ!!なので、神崎さんも一緒に行きましょうよ!」
……え?
あっ、しまった。
つい嫌な表情をしてしまった。
普通に行きたくない私は、それを断ろうと……
「…………何ですかその表情?あぁ!車なら用意しますし、チケット代も出しますよ!!だからそんな顔しないで、俺に任せてください!」
少しの間を開け、男はそう発言した。
静寂を壊した最初の高圧的な発言が、私の体を震え上げた。
『だから私は、怯えた表情で、後退りをする。』
……それが、いけなかった。
男の顔は、直ぐに怒りと不快感の混じったものとなる。
少し引いた私を睨むように、先程よりも強い声色で、
「何なんっすか。俺と一緒にスポーツ始めるためにこうして外に出てきたんっすよね。……なら大人しく従えよッッ!!」
と怒号を飛ばし、私の腕を掴んで強く引っ張った。
「きゃっ……!」
数年引き篭もりだった私がスポーツ男にそんな強く腕を引っ張られたら、バランスを崩さない訳がない。
私の体は、周囲にコンビニ袋の中身をばら撒きながら、私は道路脇のブロック塀にもたれ掛かるような形で、道に座り込むように吹き飛んだ。
〜〜
(視界、が、クラクラ、する……。体が、痛い……。)
ブロック塀に背中と後頭部を強打した。
目はよく見えず、男が何をしているのか、どこに居るのかが分からない。
だが耳は、耳だけは何とか聞こえる私は、揺れる意識の中、必死に男の発言を聞く。
それは先程までの、優等生を偽るためでは無い。
……生きるために。
「あーあ?ほら、やっぱり貧弱じゃないですか。だから俺が、スポーツで鍛えてやるって言ってるんですよ。」
はは。何それ。『鍛えてやる』って。
こいつ、どんだけ自分勝手なの。
……はは。
はは…………。
「……駄目。私は、まだ……!」
薄れゆく意識をこのまま受け入れ、流れに身を任せる事は容易だ。
「……あ?何です?何か言いました?」
でも、私には、私を待つ人がいる……!
「おーい。……埒が明かないし、一旦俺の家で怪我の治療するか。どーしよっかなー、車持ってくるのもなー。」
私は痛む腕を伸ばし、何とか男の服を掴むと、未だに霞む視界で何とか男の顔を捉え、強い意志で男を睨む。
そして、私は告げた。
強く、ハッキリと。
「私は、貴方のものにはならない……!!!!」
男はきっと、別に私とスポーツがしたかった訳ではないのだろう。
キッカケが欲しかっただけで、真の狙いは私が欲しいだけ。
図星を突かれた男。
男は自分を無力だと感じる時、その怒りを他者にぶつけずにはいられなかった。
「あぁ……、あぁ……。そんな……そんな事って……!!」
絶望に染まった彼の声は、静寂を切り裂くように夜の市街地に響き渡った。
声の主は、その絶望を生み出した元凶を思い浮かべる。
そして沸き立つ怒りを拳に込め……。
「あの女か!?あの金髪の女のせいなのかぁぁぁぁ!?!?!?」
と叫び、私の首をつかんで持ち上げる。
呼吸が上手く出来ない。
直感が死を悟る。
怖い……死にたくない……。
でも、私は死ぬ事よりも
「あ、のこ…は、かんけ、い、、ない……!!」
無関係のユナメラが巻き込まれることの方が、嫌だったんだ。
私は両手で、首を押される男の腕を掴む。
そして必死に男を睨む。
このまま終わる訳にはいかないと、私にも出来る限りの抵抗。
だが意志にも限度はある。
酸素の足りなくなった脳は、今にも意識を手放そうとしていた。
だから私は、最後の力を振り絞って強く伝えた。
「て、を、はなし、て、、!!こ、んなこ、とし、、て、も…わ、たし、まけ、な、い、、か、、ら……!!」
するとその瞬間、突然首を掴む万力は解かれ、呼吸が可能となる。
そして力無い体はそのまま重力に引かれるまま、地に落ちていく。
(助かった…………?)
しかし、そう安堵したその瞬間、
「カハッッ………!!」
私は勢いよく横腹を蹴られ、路上に血を吐いて横たわっていたのであった。
胸糞は次回への布石です。




