月夜に踏み出す一歩
「あぁ……、あぁ……。そんな……そんな事って……!!」
絶望に染まった声は、静寂を切り裂くように夜の市街地に響き渡る。
声の主は、その絶望を生み出した元凶を思い浮かべる。
そして沸き立つ怒りを拳に込め……。
〜〜
私はユナメラの為、引き篭もり生活から脱却する事を決めた。
本当は家からなんて1ミリも出たくないが、全ては可愛いユナメラとのお外デートのため!
という訳で、一心不乱に『天人堂TDS』を遊び続けているユナメラを横目に、私は服を選ぶ。
以前の掃除で、過去身に着けていた外着をいくつか見つけた私は、それらを一度洗ってからタンスに仕舞っていた。
過去に洗っているとは思うが、一応。
そんな、綺麗に収納された衣服たちとにらめっこをしながら、
「うーーん……。どれが良いのかよく分からない……。制服だったら、選ばなくていいから楽なのに……。」
と、悩んでいる。
私は、学生の頃着ていた制服がどれほど優れたものであったかを再確認した。
それと同時に、普段着にも決められたものがあれば楽なのに……、と溜め息も漏らす。
そうして唸り声を上げていると、背後から
「お悩みですか?」
と声を掛けられ、そして声の主は私の両肩を掴んだ。
私はその手をそのままに振り返って、声の主であるユナメラと顔を合わせた。
一週間前なら『近い……!?』と照れたり驚いたが、今はもう慣れてしまった。
そのため私は気にせず、
「ああユナメラ。あのね、今から外行くけど何着ようかなって考えてたの。」
と、普通に返事を
「え!?外出ですか!?!?!?」
……大声で驚かれてしまった。
なんか、複雑……。
「……申し訳ありません。失言でした……。」
そう言ってションボリするユナメラを宥めつつ、私は理由と行き先を伝えた。
「……聞いて。私ユナメラにもっとこの世界の事見てほしいの。ずっと部屋に閉じ込める訳にはいかないし。……でもユナメラの外出には、最初は付き添いが必要だと思う。だから私、外に出る練習を始めようと思って!……まぁ、今日はすぐそこのコンビニに行ってみるだけなんだけどね。」
そう言って乾いた笑いを浮かべる。
するとユナメラは、そんな私の顔をじっと見つめると、今度は俯いた。
見ると何やら葛藤しているようであり、私は心配そうにユナメラの顔色を伺っていたが、やがてユナメラはゆっくりと顔を上げた。
「お気持ちはとても嬉しいのです。嬉しいのですが……。」
ユナメラは何だか言いづらそうに一度黙る。
そして間を開け、
「私も、着いて行っては駄目ですか……?」
と、まるで捨てられた子犬のような目で問い掛ける。
その提案は、私の事だけを考えたらとても魅力的だ。
だから私は、そんなユナメラの問いを、
「……ごめんね。それは駄目なんだ。」
と、拒否するのであった。
「……そう、ですか……。」
ユナメラは一瞬目を見開くと、それだけ答えて再び俯く。
それを見て心を痛めたが、しかしこの答えはユナメラを思ってのものだ。
例えば、私達二人が道で警察官に呼び止められ、『職務質問』をされたら。
果たしてユナメラは、自身の身分証明書を提示できるだろうか。
ユナメラは、私が思っていた以上に難儀で、特異的で、異常な存在。
そんな事を今更理解した私の考えが、『覚悟』が甘かったんだ。
良い子のままでは、ユナメラを守る事なんて出来ない。
…………身分証明書、どうやって用意しようかな。
しかしそれは今考える事では無いと、俯いているユナメラの方に視線をやる。
私はそんな彼女の頭に手をポンと置き、
「まあまあ。今日はすぐそこ行くだけで、10分ぐらいで帰ってくるって。それより、良かったら服、選んでくれない?私、ユナメラが選んでくれた服で社会復帰のはじめの一歩を踏み出したいなー。」
と、冗談っぽく笑ってみせた。
するとユナメラは、
「……わかり、ました!」
と、笑顔で返してくれたが、その笑顔には不安が見え隠れしていた。
が、それを見て見ぬふりし、私は空元気でユナメラに服を選んでもらうのであった……。
熱意が覚醒したユナメラが私を着せ替え人形にし始めて30分。
時刻は午後11時を回ったか回ってないかぐらいにして遂に、私のコーディネートが決まった。
30分前は少し暗い表情を浮かべていたユナメラも、完成したコーディネートを見て満足げに鼻を鳴らす。
それでは姿見の前に立って、コーディネートを見てみよう。
えーっと?
トップスはフリル付きの白。
ボトムスは黒のミニスカ。
そして、今は冬だから白のフワフワパーカー。
……量産型地雷だこれ!!
と、鏡に写った自分にツッコむという激寒行動をしたが、よくよく見ると普通に可愛いし、別に鎖がジャラジャラ十字架プラプラとかじゃ無いから良いか。
……それにしても、まさかタンスの奥の方に隠していた地雷服の数々を見つけてくるとは。
一時期ハマって色々と買ってたけれど、ブームが去って、結局一人悶絶して封印した代物なのに。
ユナメラは私の顔色を伺っていた。
それを見て、何を求めているのかが分かった私は、
「……うん。凄くイイ感じだと思う。ありがとう、ユナメラ!」
と、優しく微笑んだ。
するとユナメラは
「はぅ……!」
と変な声を出したが気にせず、私は小さなポーチを持ってきて鏡の前に座ると、
「それじゃあ、軽く化粧だけして出掛けるから。ユナメラは、TDSでもして待っててねー。」
と言って、本当に軽く化粧をするのだった。
〜〜
量産型地雷装備に身を包み、お財布とスマホを入れたカバンを手に持ち、化粧をし……と、全ての準備は整った。
ならば今こそ、出陣の時!!
「それじゃあ、行ってくるね。」
真剣な表情で、私はユナメラに覚悟を込めて伝えた。
……ユナメラの手を握りながら。
健常者には決して理解出来なかったこの恐怖。
たかが近所のコンビニに行くだけなのに、どうしてこんなにも手が震えるのだろう。
……でもね。
外は怖いよ。
でもそれ以上に、このまま終わるのが怖いんだ。
「燈華様。どうか、お気をつけて。」
ユナメラはそう言うと一度、私の手を強く握り、そして離した。
温もりが離れていく。
他の人間とは違って、ユナメラの温もりからは安らぎを感じる。
離したくない。
でも、だからこそ前に進むんだ。
とても辛いよ。
でもね、今度は悪戯っぽく笑ってやる。
少しずつ閉まる家の扉。
私はその隙間から、玄関に立つユナメラに笑いかけたんだ。
「美味しいカステラ、買ってきてあげる!」
〜〜
私は家の玄関扉から視線が動かせなくなったため、その場でゆっくりと深呼吸をした。
想起されるトラウマの数々を押さえ込み、覚悟を決めて後ろを振り返った。
するとそこには、
『大きな月が、夜空に浮かんでいた。』
恐怖に支配されていた私は、それを見た瞬間開放された。
そして笑顔を取り戻した私は呟く。
「……なんだ。外って、結構綺麗じゃん。」
かくして、月明かりに照らされた彼女は、ひっそりと静まり返った市街地を、心に新たな希望を灯しながら歩いていく。
家に残した、少女の気も知らずに。
ここから重くなるので、章で区切っときますねー。




