冒険8―踊り子マーサ
「……ここは?」
「よお、やっと起きたか」
岩場の影に身を隠してから数時間後、ラウナが目を覚ました。
既に空は明るくなっていて、朝とも言える。
ベアウルフとの戦いがあったからか、警戒しながら寝たため、あまり寝た気がしない。
「…そうだ!ベアウルフは!」
「倒したよ…危うく死ぬ所だったけどな」
少しの間を置いた後、思い出したようにラウナが叫んだが、ソウマは冷静に返答した。
ソーマルイ国第7軍隊長とか名乗る女が気絶したせいで本当に死を予感した。
急死に一生を得たのは良いが、こんな事が毎日起こったら身が保たない。
出来ればこれからは危険を避けながら旅をしたい。
ソウマの言葉を聞くと、ラウナは安心したように息を吐いた。
「流石だな。私はあろう事か気絶してしまうなんて…情けない」
自虐的にラウナは呟く。
何が「流石だな」だよ!お前が気絶したせいで死にかけたんだぞ!
…そう言いたかったが、ラウナの悔し気で自分を責めているような表情を見たら…責める事は出来なかった。
「そんな事はないさ」
これが多人数だったり、ベアウルフに襲われていなければ…余計な事は言わなかっただろう。
いつもの冷静で要らない事は言わない無口な兵藤双真でいたはずだ。
これは疲労や二人きりの状況だから…言ってしまったのだ。
「アンタには既に何度も助けられてる。気絶したのは否定出来ないが…そのおかげで魔法も使えるようになった」
「魔法…だと?」
そういえばラウナにはまだ話していなかった。
ソウマは、ラウナが気絶した後、何が起こりどうやって生き延びたかを話した。
話を聞いたラウナは考え込んだ。
「そんな魔法…聞いた事がないぞ?」
「だろうな。神龍は唯一無二の魔法だって言ってたからな」
そう…唯一無二、ソウマ自身だけの魔法。
ラウナが知らないのは当たり前だった。
ソウマ自身すら詳しくは分かっていない…ただ、その力は旅を続けて行く上で…日本に戻る上で必要な力である事に変わりはない。
ソウマはそこで話を止め、立ち上がってラウナに手を差し伸べる。
「そろそろ進もう。ストラト都市には早く着いた方が良いんだろ?」
「…ソウマの言う通りだな、済まない」
ラウナは素直に差し伸べられた手を握り立ち上がる。
側に置かれていた荷物を腰に巻きつけてからラウナは歩き出す。
ストラト都市までもう少し…道中が安全であるように願おう。
☆
☆
ソウマの目の前に広がっているのは、見知らぬ食材が取り引きされている姿だった。
あまりに賑やかで人数の多さに少し気が引けてしまった。
あれからは魔物に襲われる事は無く、安全にストラト都市に到着した。
そして、感動したのは都市に人間が多く存在していたこと。
もちろん、魔族もいるが…この世界にやって来て初めて人間を見たのだ、嬉しいに決まっている。
いや、歓喜よりも安堵感と言った方が正しいのかもしれない。
「まずは宿をとろう」
ラウナは何度か来た事があるらしく、スイスイと進んで行く。
人や魔族で人混みとなっているので、はぐれないようにラウナの背中を追う。
ストラト都市は食材の貿易(?)が盛んなだけでなく、金属を使った武器や防具も充実している。
街の至る所に武器屋や防具屋などが並んでいた。
後で剣を買いに来よう、と心の中で考えながら足を動かした。
高くも安くもない普通の宿をとった後、ソウマとラウナは別々に情報収集する事になった。
買う物があるなら情報収集のついでに買え、と10万ジルを受け取って現在は街を練り歩いている最中だ。
ソウマは先ず、近くにあった酒場に入った。
店に入った瞬間に客たちの視線が一気にソウマに集まる。
映画などで良くあるシーンだが、実際に自分がその中心に立つと言うのは些か居心地の悪いものがある。
集まる視線を身に感じながらカウンターまで歩き、店員の人に問う。
「この辺りに変わり者っているか?」
「……それはどういう…?」
「何でも良い。明らかに周りとは逸脱した変わり者を探してるんだ」
普通なら、難病に効く薬について知らないか、など聞くだろう。
だが、そんな事をしていたら無駄に時間がかかってしまう。
レイナ・ソン・ソーマルイの病は原因不明…国中の医師が診察したが何も分からなかったとラウナからは聞いている。
そこまでして何も分からないのだ…普通に探しても見つからない。
常人に分からない事が分かるのは「普通」から逸脱した者のみ…天才と馬鹿は紙一重と言うように。
そして、天才と馬鹿の共通点はただ一つ…変わり者と言う事だ。
つまり、変わり者を探していった方が当たりに出会う確率が増す訳である。
「…すみません、知りませんね」
「そうか」
「私、知ってるわよ」
店員が分からないようなので、他の店に移ろうと振り返った時だった。
近くのテーブルで仲間のような者と談話していた女がそう言った。
美人であろう顔つきに、スタイルの良い身体つき。
チャイナドレスのような服だが、それとは比べ物にならないほど露出の多い服装。
胸元は大きくはだけ、長い脚線美は隠そうともしていない。
紫色の長い髪の生える頭には飾り物を付けている…その姿を見るかぎり、どうやら人間の踊り子のようだ。
「ストラト都市の周りを囲むストラト山のとある場所に剣職人がいるのよ。滅多に街に下りて来ないで剣ばかり作ってるイカレた女よ…腕は確かだけどね」
剣職人…原因不明の病とはかけ離れた職だが、変わり者なら会ってみる価値は有りそうだ。
加えて剣職人なら剣を譲って貰うか買う事も出来る。
腕は確かだと言うし、ソウマとしては悪くない話だった。
「……ソイツの居場所は?」
「うふふ…」
居場所を聞いてみるが踊り子は答えずに、妖艶な笑みを浮かべてソウマに近づいた。
目の前に立ち、ソウマの顔に自身の顔を近づけ、ソウマの首筋を擽るようになぞる。
「アナタ…なかなか良い顔してるわね」
「…悪いが、俺は暇じゃない。教えてくれるのなら早く言って貰いたい」
「教えないのなら?」
「次の店に行ってまた情報を集めるさ」
初対面の相手に警戒をしないほど馬鹿でもない。
既に腰の後ろに付けてある剣の柄に手をかけ、いつでも抜けるようにしておく。
踊り子を見るソウマの瞳には、明らかに殺意の色が混じっている。
そんなソウマの殺意を感じとった踊り子は肩を竦めながら離れ、クスッと笑った。
「冗談よ。そうね…2万ジルで案内してあげるわ、後払いで結構よ」
「………良いだろう」
情報料と言うのは有り得ないくらい高いものだ。
案内もしてくれて2万ジル、それなりにお手頃な値段だろう。
「交渉成立ね。私はマーサ・シーンスよ…よろしく」
「俺はソウマだ。案内頼む」
お互い自己紹介も終わった所で、二人揃って店を出た。
そして、何故か分からないが「男なら奢りなさい」と言われ、食べ物を幾つか買わされながらも、ラウナと合流すべく宿に向かった。