冒険5―旅の理由
「旅だと?」
ソウマはラウナの言った言葉を理解出来なかった。
なぜなら、ラウナはこの国の国王の娘辺りだと考えていたからだ。
宮殿を我が物のように言っていたし、他の者とは完全に扱いが違っていた。
まず間違いなく位の高い地位のはず…そんな者が旅など簡単に出て良いのだろうか。
国の仕事があるはず。
訝し気に視線を送るソウマに、ラウナは補足のように答えた。
「お前…私を国の姫君と思っているな?だが、私は軍人だ。ソーマルイ第7軍隊長の位置にいる」
「ぐ…軍人!?」
軍人…つまりラウナは姫でも何でもなく、部隊の隊長と言う事。
期待感と言うか…予想と言うか…それらの気持ちが全て裏切られた気分だ。
「隊長は他にもいる。私が抜けても問題はない」
ラウナは側近になってほしいと言ったが…側近と言うより部下の方が正しい。
別に言い方にこだわる訳ではない…問題はなぜ旅に出ようなど提案したか、だ。
別に嫌ではないが隊長ともあろう者が「旅に出たい」と我が儘を言っても国がそれを許さないはず。
「………なぜ旅なんだ?」
「…理由は私の妹だ」
ラウナの妹であるレイナ・ソン・ソーマルイはソーマルイ国の姫君であるが、母親が違う…つまり腹違いの子らしい。
妹のレイナが正妻との間に生まれた子供で、ラウナは国王の愛人との子供…
本来なら姉であるラウナが姫君の座に座っているはずだが、正妻との子供が優先されたのだ。
ラウナは「それなら軍人に」と軍隊に入隊した。
そのレイナは姫君として知能も美貌も人間性も持ち合わせ、国王も安心していた矢先…
数日前にレイナは原因不明の病に倒れた。
国中に治せる者がいないか探したが見つからず、レイナの容態は見るみる内に悪化。
今では起き上がるのも辛いと言う…
「世界を旅すれば何か見つかるかもしれない…出来れば早い方が良い」
確かに世界は広い…旅と言う形で廻れば何かしらの方法は見つかるかもしれない。
だが、それにはあらゆるものから身を守る力が必要だ。
恐らく、そのために「側近になれ」と言ったのだろう。
どちらかと言うと部下の方が言い方的には正しい。
「旅に出る理由は分かった。そういう理由なら協力しよう」
ソウマがそう言うとラウナは安心したように息を吐いた。
どちらにせよ、行く宛は無かったし旅に出て世界を廻ればアヤセと出会えるかもしれない。
それに当たっては準備が必要だ。
出来る事なら魔法やら武器を使えるようにしておきたい。
だが、その前に…
「そのアンタの妹…レイナ・ソン・ソーマルイ姫を一目見たい」
「レイナに?」
「原因不明なんだろ?探すに当たって俺も症状くらいは確認しておきたい」
「…そうだな。それなら着いて来てくれ」
ソウマの提案に少し疑問を抱いたラウナだったが、説明すると納得たようで案内してくれるようだ。
ラウナは椅子から立ち上がり「着いて来い」と言い、その場を後にした。
☆
☆
ソウマは唖然としていた。
目の前には豪華に飾られたベッド…だがそこに眠っている魔族の女は一目で分かるほどに衰弱していた。
目の下には濃いクマが現れ、額には汗で濡れた髪が貼りついている。
辛そうに歪むその表情は見ているこちらの方も辛くしてしまうほどだ。
「レイナ…具合はどうだ?」
ラウナはなるべく音を発てないように近づき、心配そうに聞く。
先ほどまで見ていたラウナの表情とは違い、すっかり「姉」の顔になっていた。
やはり、どこの世界も大切な家族にはこういった優しい表情になるのだろうか。
妹の手を握りしめるラウナを見ながら、ソウマはそう思った。
「…お姉ちゃん…」
妹のレイナが呟いた。
細々と、か弱い声は消えてしまいそうなほどに小さい。
レイナは姉の面影はあるが、全体的に優しい印象を与える。
美人で肌も綺麗だが、現在は血行が良くないのか少し顔が青い。
一体…なぜこんな状態になってしまったのだろうか。
レイナの話によれば体調を崩したのが数日前、たった数日で起き上がれないほど衰弱する病なのか…
どちらにせよ、世界について知らない事の多いソウマには分からない話だった。
レイナの目線はラウナから、その後ろに立っていたソウマへと移る。
「……誰…?」
「…初めまして。ラウナの側近を務める事になったソウマだ」
「レイナの病の原因を調べる旅で、私のお供をしてくれる奴だ」
ラウナがそう付け足すと、レイナは少し安心したように目を細めた。
「…ありがとうございます…お姉ちゃん…だけだと心配で……」
この姉妹は本当に仲が良い。
お互いをこうやって大切にし合える身内は家族の理想とも言える。
もしかしたら…レイナは姉に旅なんて出て欲しくないのかもしれない。
自分の病のせいで姉が傷つくのが怖いから。
止めたところでラウナは頑として譲らないだろうが…
「大丈夫だ。アンタのお姉さんは必ず無事に帰って来る…だから病に負けないでくれよ?」
安心させるようにソウマが言うと、レイナは精一杯の笑顔で「はい」と応えた。
だが、その笑顔もどこかぎこちない。
病の辛さと姉に危険が及ぶ辛さ…両方を考えると素直に笑えないのかもしれない。
妹は傷つく姉を見たくない、姉は病で苦しむ妹を見たくない…複雑な話だった。
☆
レイナの寝室を出た後、ラウナに連れられて武器庫に来ていた。
旅に出るに当たって神速ばかり使う訳にはいかない。
身体の負担が大き過ぎる…少しでも使わないようにしたいからだ。
様々な武器が並ぶ光景に驚いているとラウナが我が物のように言う。
「好きに選んでくれ。武道の経験は…――」
「剣術を少し。うちの家系が道場でな」
そう応えて多種多様な剣を手に取っては軽く振ってみる。
家系が道場と言ってもいつもは剣道の道場だ。
だが、実際は古流剣術の家系でその一人息子である俺は後継者として、小さい頃から教え込まれていた。
と言っても、喧嘩で負けないくらいの強さでしかない。
命の奪い合いなんて怖くて足が震えるだろう。
「それは期待出来そうだな」
けれど、そんなソウマの気持ちも知らずにラウナは期待を込めた眼差しを送る。
出来れば戦いが少なければ助かる…いや、もしかしたら治安が良いかもしれない。
それなら危険も少ない…
そう考えて、その考えは有り得ないと自分で考えを消し去る。
治安が良くて安全なら、ラウナ達が鎧なんて纏う必要がない。
アレは危険な事が頻繁に起こり得るからの装備だろう。
「これにする」
ソウマはそう言って西洋風の少しゴツいフォルムの双剣を、腰の後ろに付けた。
習っていた剣術は二刀流なので都合が良い。
ソウマが選び終わると二人は武器庫を出て、ラウナは鍵を閉める。
「これでお前の準備はいらない。食料やその他は私が用意するからな」
「分かった」
「じゃあ、部屋で休め…出発は明日だからな」
ソウマは片手を軽く上げて了解したと合図してから、歩き出す。
「ソウマ!…礼を言う」
「……ああ」
嬉しかった。
少し厳格で男口調…常に上から目線で話していたラウナから礼を言われた。
それだけで今まで悪い事続きで暗かった心は少しだけ晴れた。
この時はまだ知らなかった。
ラウナが自分にとって大切で、特別な人間になって行く事を…