冒険2―神速
町には驚きの光景が広がっていた。
露店ばかりが並び、そこでは見たことはないが恐らく食べ物であろう物や、武器または防具を扱っていた。
地球とは違い過ぎる文化にも驚いたが、それ以上に驚いたのは町の人々…いや、人ではない。
人並みのトカゲが二足歩行で普通に歩いていたり、豚の化け物が立っていたり…体や顔は鳥なのに人間型になっている者。
まるで夢でも見ているようだった。
そして……もう一つ気づいた事がある。
それは人間が1人も居ない事…どこを見ても人間は見当たらない。
急速に不安が胸に広がって行く。
もしかしたら人間は居ないのかもしれない…そう考えると怖かった。
露店がズラリと並ぶ道を歩きながら売られている商品を見てみる。
地球にある物と似ている果物らしき物もあるが、明らかに変な物も売っていた。
その中でリンゴのような…と言うか見た目がそのままリンゴの物を発見。
ズイッと顔を近づけて見てみるが変な臭いも変な色でもない。
「買うかい?」
急に声をかけられて驚いた。
リンゴのような物から顔を離し、声をかけた張本人であろう店のトカゲ人間を見る。
「あ、いえ…」
「ん?お前さん、もしかしたら人間か?」
ソウマの顔や身体をじろじろと見るトカゲ人間。
マズい…もしかしたら人間は険悪の対象なのかもしれない。
だから人間が居ないと考えられる…
だが、そんな心配は杞憂に終わった。
「なに、客に人間も魔族も関係ねぇ!見た所、砂漠を渡って来たんだろ?これ持ってけ」
そう言ってトカゲ人間が投げて来たのは先ほどまで見ていたリンゴ。
咄嗟にキャッチし、礼を言ってからその場を後にした。
どうやら、緑色の化け物たちのような輩ばかりではないらしい…少しだけ安心した。
一通り歩き終わると、だいたいこの町の様子が分かって来た。
まず、この町の中心に宮殿があり、その周りを囲むように町が出来上がっている。
砂漠とは逆側の方には大きな鉄門があり、槍で武装した見張り番がいた。
この世界はそれなりに技術が発達しているみたいで、小さめな町だが滞空場に飛行機のような物が止まっていた。
飛行機と言っても地球で見るものとは全くの別で、フォルムはゴツゴツしていて武装も確認済みだ。
トカゲ人間から貰ったリンゴをかじってみると何故か洋梨の味がした。
見た目リンゴで味は洋梨…ミスマッチな気もするが、こちらではそれが当たり前なのかもしれない。
無一文なのに食べ物をくれた店の店主には感謝しよう。
心の中で優しいトカゲ人間に感謝しつつもシャリシャリとリンゴ(のような物)を食べていると商店街が静かになった。
今まで常に賑やかだったからか、商店街が静かになると急に町の元気が無くなったように感じる。
立ち止まり、何事かと商店街を見つめていると、商店街に溢れていた者たちが両サイドに別れ、その間を数人の人間が歩いて来た。
いや、良く見ると人間ではない。
全員身体に銀色の鎧を纏っており、数は3人。
両脇に居る者は顔に兜を被っていて顔が見えないが身長が2メートル近く、身体も大きい。
中心にいる者は兜は被っておらず、顔が見えた。
見た目は人間の女だが違いは背中にあった…なぜなら、背中には白い羽が生えていたのだから…
羽が無ければ人間だと喜んでいた所だろうが、そうはいかない。
少し残念に思って見ていると羽の生えた女と目が合った。
「居たぞ!捕らえろ!」
目が合った瞬間、なぜか女はそう叫び、両脇の二人がこちらに向かって迫って来た。
意味が分からない…なぜいきなり「捕らえろ」なんて言われなければならないんだ。
やはり人間が来てはいけない場所だったのだろうか…
様々な疑問が浮かんだが、捕まったらロクな事にならなそうなので取り敢えず逃げる事にする。
迫って来る二人に背を向けると全力で走り出す。
体格から考えるに戦っても勝てない…なら逃げるしかない。
広い所に逃げても囲まれたら終わりだ。
そう思ったソウマは横道を多く使って逃げて行く。
後ろを確認してみると先ほどより差が開いていた。
やはりプロレスラー並みの体格に鎧を纏っているだけあって足は遅いようだ。
これなら逃げきれる。
腹は減っているがトカゲ人間のくれたリンゴにより多少は大丈夫だ。
そう思い少し安心したが、ソウマは前を見た瞬間に足を止めた。
「門…だと?」
目の前には大きな鉄門…そこで気がついた。
自分は誘導されていたのだと…
やられた。
まさか上手く鉄門に追い詰めていたなんて、考えもしなかった。
後ろを振り向くと追っ手の二人が既に追いつき、手に西洋剣を持って立っていた。
「追い詰められたな、人間」
空から女の声が降って来た。
二人を注意しながらも、チラリと目線を上に動かすと空から先ほどの女が降りて来た。
背中の羽を動かし、ゆっくりと地に降り立つ。
3対1…後ろには鉄門に番人…絶望的だ、こちらには武器すら無い。
ソウマの頬を冷や汗が伝う。
どう知能を巡らせても良い案は浮かばない…ましてや手札にカードが無さ過ぎる。
どんなに使えない物でも有れば使えるが…手札0はキツい。
「なぜ俺を狙う!悪事は働いていないはずだ!」
時間稼ぎとばかりにソウマが叫ぶ。
無駄かもしれないが、説得をすれば状況が変わるかもしれない。
それに自身は本当に悪事は行っていないのだ。
しかし、ソウマの言葉を聞いた女は変な者を見るかのような目でソウマを見た後、鋭く睨んだ。
「なぜだと!?貴様…人間が勝手にこちら側に入って来て何を抜かす!」
「……こちら側だと?」
ソウマには言っている意味が分からなかった。
当たり前だ、ソウマにとっては世界について何も知らない。
食べ物も歴史も生態系も法律も知らないのだ。
「知らぬフリなどして…貴様!不法入国しただろ!」
………不法入国。
その言葉を聞いて、少し前を振り返ってみる。
入国…町に入る時、確かに普通に入った。
だが誰も管理をしていないし、ましてや背後にある門でも有れば分かるが、柵の一つも無かったのだ。
分かるわけがない。
「不法入国…」
「そうだ!…もう良い!捕まえろ!」
また両脇の二人が迫って来た。
だが、だいたい分かった…恐らく、この世界で国に入るのには入国証が必要…つまり地球と同じような手続きが必要なのだろう。
それを知らないソウマは勝手に入り…晴れて不法入国者となった。
理解した後、ハッとなり顔を上げる。
すると目の前では全身鎧の二人が西洋剣をソウマに向かって振り下ろしていた。
一気に寒気が襲い、死を予感したが…異変に気づく。
二人の振り下ろす剣の速度が遅い。
スローモーションカメラで見ているかと思う程に遅く、それを見てソウマは一つの可能性に行き着く。
神龍から与えられた『神速』が発動しているのかもしれない。
だから周りが遅く見える…
実際、ソウマの考えは正しかった。
ピンチに陥ったソウマは無意識に背に刻まれた魔法陣の力、神速を発動させていたのだ。
服越しに背の魔法陣は銀色に光り、ソウマに力を宿す。
いける!
そう判断したソウマは二人の間を走り抜け、女の背後に移動し、後ろから首を掴んだ。
「えっ?」
女には…いや、その場にいた全ての者たちは何が起こったか分からなかった。
だが、神速で動いたソウマの通ったその場には、有り得ない風圧が押し寄せる。
それはソウマの動きの数秒後、動きを追うように風圧が押し寄せ、切りかかった二人は風に吹き飛ばされた。
それを見てソウマはポツリと言葉を零す。
「これが神速…」
改めて自身に宿った力の凄さを知った。
首を掴まれた女は恐怖に染まった表情でゴクリと生唾を呑んだ。