冒険19―戦乱
「気を抜くなよ!いつデルーチ帝国軍が現れるか分からないからな!」
太陽が昇る少し前、キサラが自軍たちに喝を入れる。
まだ太陽は見えていないが、暗闇で包まれていた夜とは違い、視界が明るくなって来ている。
直に太陽が昇るはずだ。
こちらのダーラル国の勢力は900ほど…対するデルーチ帝国の勢力は5000。
数字だけで見ると、敵は五倍以上の勢力を持っている…が、ダーラル国の兵は全員が魔法を使えるため、力で考えるとこちらの軍の方が強い。
それでも、圧倒的に不利なのは変わらない…九割の確率でダーラル国は負ける。
例え、一割の確率で勝ったとしても、壊滅的な打撃を受けているだろう…
どちらに転んでも危険な状態になる…けれど、聖水を守るためにダーラル国は戦う。
それほど、この世界で『聖水』は貴重で、ダーラル国にしても重要な物なのだ。
後ろにはダーラル国の砦…これを背に、敵に突破されないように戦うのだ。
兵力は圧倒的でも、兵たちは誰一人として諦めの色を見せない。
寧ろ「やってやろうじゃないか」と言った意気込みの念が感じられる。
剣を握る力が強まる雰囲気の中、空が白み始め、山々の間から太陽の片鱗が姿を見せた。
瞬間、砦の高台からデルーチ帝国を見張っていた兵士が声を張り上げて言った。
「見えました!デルーチ帝国が迫って来ます!」
「迎え討つぞ!全軍進めぇ!」
キサラの合図に寄り、ダーラル国の兵士たちが咆哮を挙げて進軍する。
あまりにも大きく、気合いの入った咆哮に空気はビリビリと振動し、大地を轟かせた。
「……行こう」
「ソウマ…大丈夫か?」
「ああ、覚悟は出来てる」
それは、死ぬ覚悟などでは無論無い。
人の命を奪い……自分が生き残る覚悟だ。
この世界に来て、剣を手に取ったその瞬間から決めていた事。
今更揺れる事はない…目の前に立ちはだかる敵は切り、向かって来るなら凪払う。
…戦う覚悟だ。
「行くぞ!」
ソウマは腰の左右に差してある日本刀『天地』を抜き、両手にそれぞれ持つ。
そして、地面を蹴り付け走り出した。
若干、十と七の少年が戦乱の中心へと飛び込んだ瞬間だった。
後に、これは世界にとって大きな存在を生む戦乱へと発展する事になる。
☆
砂煙が戦場を包み、砂塵が立ち上る戦乱の地…多くの命が絶え、消え行く灯火ばかりの中で、少年は剣を振るう。
「ラウナ!伏せろ!」
――蒼閃流・飛来――
刀の刀身に込められた魔力が、鋭い斬撃となりて、ラウナの背後にいたデルーチ帝国軍の兵士を切る。
ラウナは倒れる兵士を一目し、ソウマが庇ってくれなかった時の未来を考えて冷や汗を流す。
敵が多過ぎる…四方八方の殆どがデルーチ帝国軍で埋め尽くされている。
既に何人の敵を倒し、何人の仲間がやられたのかも分からない。
そんな中で、二人は剣を振り続ける。
「埒が開かない!」
「……敵の頭を取りに行こう。この戦いは長期戦になれば、ダーラル国が不利だ」
ソウマがラウナにそう伝え、残っている五本の剣を上空に投げ、ドラグーンを発動させる。
明らかに数で負けている上に、こちらは魔法が主体だ。
長期戦になればなるほど、戦況は不利な方へと動き、負けてしまう。
タイムリミットは…一日ほどだろう。
もう一度、朝日を見るまでに決着を付けなければ、一気に戦況が崩され、敗戦決定だ。
そうなると、敵兵の全てを倒している時間は無い。
短期戦の基本策は敵の頭…つまり、首謀者を叩く事だ。
そして、首謀者は必ず後ろに置く。
「突っ切るぞ!」
――ドラグーン・エッジ――
五本の剣を眼前に集め、目の前を一直線に放つ。
そのラインに居た敵兵士たちは、容赦ない攻撃に吹き飛び、眼前が開かれる。
すかさず二人は兵士の消えたラインを進み、密集地を抜け出した……瞬間、二人は一際大きな殺気を感じ、左右に飛び退く。
避けるのと同時に、二人の居た場所には巨大な斧が振り下ろされ、地面がバラバラに割れた。
避けなければ確実に死んでいただろう…恐らく、原形すら残らないかもしれない。
体勢を整えながら、斧を振り下ろした張本人に視線を移す。
「なかなかの反応だな、ガハハ!」
3メートル違い身長に、広過ぎる肩幅…腕や足は丸太にも匹敵する太さで、その太さは筋肉によるものだと分かる。
熊のような顔に黒い毛…魔族、ベアー族の敵兵だった。
先ほどの殺気から、明らかに他の一般兵とはレベルが違う…軍隊長レベルだろう。
「貴様…『巨斧のグラン』だな?」
「ガハハ!その通りよ、俺様こそが巨斧のグラン様よ!」
巨斧のグラン…あまりにも大きな斧を、まるで普通の斧のように扱う事から付いた名だ。
巨斧から繰り出される攻撃は、巨大な岩をもバラバラに砕き、危険な破壊力を秘めている。
実力者であり、危険な敵であった。
「面倒な敵だな…」
「ソウマ、お前は先に進め」
「は?」
ラウナの提案に、ソウマは困惑した。
目の前の敵は実力者なのは一目瞭然で、ましてや恐れられるほどの通り名すら付いている。
二人で協力して戦うのが定石だろう。
「…ソーマルイ国の仇がある。私一人で倒したい」
ラウナはグランを真っ直ぐに見据えている。
その考えは、戦いに置いては良い考えではない。
自分の感情に任せ、冷静な判断が出来ていない事が多いからだ。
感情的な判断が、取り返しの付かない結果をもたらす事は明らか…ラウナも分かっているだろう。
それでも、敢えてその考えを提案した…戦いに勝てる自信があるから。
「………分かった。但し、絶対に死ぬなよ」
本当なら受け入れたくない…だが、ソウマはラウナを信じた。
ラウナは負けない…絶対に死なないと。
だから、敢えて一対一の戦いを了承した。
ソウマは止めていた足を動かし、グランの脇を通り過ぎようとする。
「おいおい!誰の許可でそこを――」
自分の後ろには行かせないとばかりに、大きな手でソウマを捕まえようと手を伸ばす。
だが、手を伸ばそうとした瞬間、グランの脳裏にはある光景が浮かぶ。
それは伸ばした自分の手が、ソウマの持つ刀により切り落とされる光景…
一瞬にして背筋が凍り付き、伸ばしかけた手を引っ込める。
コイツはヤバい…グランの動物的な危機回避能力がそう告げた。
ソウマはそのまま脇をすり抜け、グランの背後を走って行く。
グランにとって、こんな経験など初めてだった。
普通の者なら感じる事すら無かっただろう。
実力者のグランであるからこそ、感じられたものであった。
「良かったな…手を伸ばさないで」
「……ガハハ…何て事はねえ。後ろには俺様より強いのがいる」
「舐めるなよ」
急速にラウナが放つ殺気の鋭さが増す。
ソウマの強さを、凄さを、勇ましさを直に見て来たラウナにとって、ソウマは既に『並』のレベルでは無かった。
有り得ない成長スピードに加えて、絶対に諦めない強い精神力。
何より、龍の力を受け継いだソウマは最強と言って良いほどに強い。
「ソウマは強い…そして、私も負ける気は無い」
「ガハハ!凄ぇ殺気だな、ねえちゃん!気に入ったぜ!」
「……ソーマルイ国軍隊長ラウナ…参る」
ラウナは握る剣を構え、グランに向かって突進をして行った。