冒険14―幻影の森
「それで、次はどこに向かうんだ?」
「ダーラル国だ。ティアラが言うには…そこに『ゼア』と言う男の研究者が居るらしい。医療にも詳しいようだから可能性はある」
ラウナが地図を広げてダーラル国の地を指差す。
ダーラル国はストラト都市から西に位置している。
小さな街が集まって出来た国だが、国土争いなどは無く比較的に穏やかな国らしい。
「ダーラル国に行く間には…『幻影の森』があるから気をつけろ」
幻影の森…万年、濃い霧がかかっていて常に薄暗い広大な森で、強い魔物も多い。
中でも、森の支配者として君臨する『ダキュラ』たちは森に迷った人間や魔族を襲うらしい。
ダキュラは魔族の中でも上位のクラスで魔力も高い。
基本的には団体で行動する事はなく、群れない…貴重な闇属性の魔法を使える種族だ。
エンジェルであるラウナも上位クラスだが、魔力は人それぞれ、向き不向きがある。
ラウナは魔法に向いていないのだ。
「はぐれたら終わりだと思え」
「分かった…が、別に森を通らなくても良いんじゃないか?」
そう言ってソウマは地図を覗く。
地図を見る限りでは遠回りすれば幻影の森を避けられる。
危険度が高いなら避けるのも一つの手段だ。
だが、ラウナは難しい表情で地図に目を落としながら反論した。
「遠回りは…出来なくはないが、周りは険しい山々ばかりだ。時間のロスが計り知れない」
ラウナが言うには、遠回りすると険しい山々を越えなければならない上に距離も長い、少なくとも一週間はかかる。
だが、幻影の森を通れば数日でダーラル国に辿り着く、上手く突破すればの話だが…
それでも、ソウマよりラウナの方が地理には圧倒的に詳しい。
世界についても博識なラウナが幻影の森を通った方が良いと判断したのだ、それならラウナを信じた方が良いだろう。
「なるほどな…それなら予定に変更はいらないな」
ソウマは納得したように何回か頷き、ラウナから視線を外して前を向く。
その横顔をラウナは感づかれないように横目で見ていた。
彼の幼なじみ…アヤセとは一体何者なのだろうか。
自分やティアラを一瞬にして氷で封じ込める魔力…そして彼女の胸元にはソウマと同じ魔法陣が刻まれていた。
そこから考えられるのは…アヤセも龍から力を受け継いでいると言う事だ。
ソウマがアヤセを退けた後、必死で火の魔法を使って氷を溶かし、ソウマを助けはしたが…普通の氷魔法とは比べられないほどに溶かすまで時間がかかった。
あの時、もっと魔力の籠もった氷で封じられていたら、ソウマの命は間に合わなかったかもしれない。
だが、それより分からないのは…なぜ幼なじみであるソウマを殺そうとしたのかである。
最初に出会った時、ソウマから聞いた話ではそこまで仲が悪い訳ではなかったらしい。
ソウマ自身も、彼女を助けようとして巻き込まれ、こちらの世界に来たと言っている。
殺したいほどの殺意を抱くほど、ソウマが悪い人間にも見えない。
むしろ…冷静だが誠実で、心の優しい良き青年としか思えない。
ならば…なぜ…?
「どうした?」
ソウマがラウナの視線に気づき、心配そうに問う。
「な、なんでもない…気にするな!」
ラウナは慌てて目線を逸らし、感づかれないように、そっぽを向く。
今は考えても分からない…ソウマは何か気づいているのかもしれないが、こちらから聞く訳にもいかない。
ソウマから話してくれるのを待つべきだろう。
そして、自分を頼ってくれる時が来たら…心の底から支えになるのが役目だ。
密かに、そう決心して思考をストップさせる。
二人は幻影の森に向かって歩みを進め、着々と目的地への距離を縮めて行った。
☆
☆
幻影の森への入り口が見えて来た頃、周りは既に霧が包んでいて、視界を遮っていた。
森からは満ち満ちた魔力が外に漏れだし、それだけで中の危険度が分かる。
ソウマの第六感が「ここは危険」と仕切りに告げるが、今更ルート変更する訳には行かない。
今から遠回りすれば一週間より更に時間がかかる上に、危険だからと逃げ回っていたら何も始まらない。
ソウマ自身も少しずつだが戦いに慣れ、危険への対処の仕方も覚えて来ている。
加えて背中にはティアラの最高傑作である七本の剣がある。
油断をせずに進めば何とかなるだろう。
「ソウマ…ここからが幻影の森だ」
幻影の森の入り口に立ち、ラウナがわざわざ説明するように言う。
その言葉には「気を引き締めろ」と言うメッセージも含まれているのだろう。
「分かってる…行くぞ」
ソウマは表情をキツくして森への一歩を踏み出す。
瞬間、ゾワッと背筋に寒気が走り、魔力の高さ以上に冷たさに驚く。
魔力には容量と純度があり、容量とは魔力の大きさ、純度とは魔力に宿った心のこと。
例で言うと、100パーセントの憎しみで魔力を使えば、それは相当の純度の高さになる。
つまり、混じり気の無い気持ちで使った魔力は容量以上に強い事がある、と言う事だ。(ゴードンの魔法を破ったのも純度によるもの)
そして、負の感情が籠もった魔力は冷たさや恐さを感じさせる事がある。
森に入った瞬間、それを感じたと言うのは、負の感情による純度が高いため…強い魔力の持ち主がいる、と言う事だ。
二人は幻影の森、ダキュラの支配する魔物の巣窟へと足を踏み入れ、歩みを進めた。
「凄い霧だな…」
常に霧に包まれているとは言っていたが、まさか数メートル先が見えないほどとは思ってもいなかった。
森の先なんて白い霧に遮られ、太陽の光が遮られているからか薄暗い。
きっと、少しでも二人の距離が離れたりすれば、別々にはぐれてしまい、二度と森から出る事は無いだろう。
「も、もっと近寄れ、ソウマ。でででないと迷ってしまぅぞ!」
「顔真っ赤にしながら何を言ってるんだか…少し咬んでるし」
はぐれるのを防止するために言ったのだろうが、ラウナの顔は真っ赤に染まり、表情は強張っている。
何をそんなに緊張しているんだか…とソウマは少々呆れながらも、はぐれるのは困るのでラウナに近寄り、隣に移動する。
だが、近寄れと言った当のラウナは、肩が触れそうになるほど近くに来たソウマを意識して固まってしまう。
ソウマは気づいていないが、ラウナがソウマを意識しているのは明らかだった。
「そそそソウマ…やっぱり離れて――」
「っ!ラウナ、隠れるぞ!」
あまりの恥ずかしさに耐えかねたラウナが、やはり離れて貰おうと言葉を続けようとした時だった。
ソウマが何かに気づき、ラウナの手を引いて近くにあった大木の影に隠れる。
本来なら気配に感づく程度、ラウナが気付かないはずがない。
だが、ソウマが近くにいると言う事実に冷静さを失い、注意力が散漫になっていたのだ。
ラウナは大木の影から顔の半分を出し、ソウマの見つめる視線を追う。
すると、そこには上まで伸びる木と同じ太さで、体長が10メートルほどの紫色の大蛇が何かを探していた。
それを見たラウナは息を呑む。
「デビルスネーク…だと?」
「知ってるのか?」
「スネークの中では一番強い奴だ。猛毒を持っていて毒に当たれば即死だ」
ラウナの額を一つの冷や汗が伝う。
毒に当たれば即死だと?どう考えても反則だろう。
ましてやアナコンダより大きいデビルスネークとやらに巻きつかれても危険…いや死ぬだろう。
出来れば戦闘は避けたい。
デビルスネークは今だにキョロキョロと頭を左右に動かしながら何かを探している。
「ラウナ…どうする?」
「…このままやり過ごすしかない」
残念ながら逃げるという手段は無いらしい…まあ、この霧の中で逃げ回ったらお互いはぐれる可能性が高い。
相手が大人しくこの場を後にしてくれるのを待つのが一番なのだろう。
だが、世の中は上手く行かないのが常で、どうやら神様は二人が嫌いらしい。
デビルスネークはピクンッと何かを察知したかのように二人が隠れている大木に顔を向ける。
二人に緊張が走る…と、そこでソウマはある事を思いだした。
デビルスネークは見る限り蛇だ…大きさは異常だが、見た目はどう見ても蛇で間違いない。
そして、蛇は目が悪く、その代わりに周りの熱を感知して獲物を襲う。
蛇が舌をペロペロと出すのは、舌が熱探知機の役割を担っているからだ。
もし、こちらの世界でのデビルスネークが地球での蛇の生態が通じるのであれば…
「隠れても無駄じゃね?」
ソウマがそう言った瞬間、デビルスネークの目は血走り、クパァと開いた口から紫色の液体が二人の隠れる大木にかかった。
毒に当たった大木は相当な太さであるにも関わらず、ジュワァと聞きたくない音を経てながら溶解してしまい、二人の姿が露わになった。
「倒すぞ!ソウマ!」
「蛇は嫌いなんだがな…」
ラウナは剣を抜き、戦闘大勢に入る。
その横では同じく剣を抜くが、明らかに険悪感を隠さずに露わとするソウマが、呟いた。
「キシャアァア!」
デビルスネークは威嚇の声と共に二人に向かって突進して行く。
そのスピードは蛇とは似ても似つかないほどに速い。
二人は左右に別れて突進を避け、ソウマは左右両手に持っている日本刀の剣先を大蛇に向ける。
「初振りだな」
ティアラの造った最高傑作の中に、ニ本…日本刀があった。
それぞれの日本刀の刀身の腹には『天』と『地』と言う、この刀の名を表す文字が彫られている。
ソウマはもともとが日本の流派だからこそ、日本刀はどんな剣よりも手に馴染み、信用出来た。
加えてティアラの造った日本刀『椿』の出来は感服するほどで、ソウマはこれまでに無いほど負ける気がしなかった。
「ソウマ!何を突っ立っている!そっちに行ったぞ!」
ラウナの声が森に響くのと同時に、デビルスネークは大きな口を広げてソウマに向かっていた。
だが、そんな事はラウナに言われる前に気づいている。
剣士と言うのは刀が変わるだけで剣の振りの速さ、強さ、切れ味と全てが変わるのだ。
日本で剣を学び、日本の流派を使うのに西洋の剣で戦っていたソウマの力は半分も使えていなかった。
故に日本刀を握ったソウマは…
大蛇に向ける剣先がユラリと揺れ、刀の刀身はデビルスネークの口から尻尾までを一気に切り裂く。
――蒼閃流・燕雀――
そう、日本刀を握ったソウマの強さは格が違った。
「…まさか…一撃…」
ラウナは唖然と真っ二つになったデビルスネークの姿を見ながら呟く。
ソウマはそんなラウナを尻目に刀を鞘にしまい、食料袋の乗る台車の紐を持つ。
「ラウナ、どうした?」
「…いつの間にそんなに強くなった?」
不思議そうにラウナが聞く。
いつの間に…と言われても、もともと剣は習っていたし、こちらの世界に来てから戦闘も経験した。
実戦に勝る訓練はないと言われるように、ソウマは実戦の中で成長していたのだ。
「さあな。とりあえず…この場から離れよう」
「…そうだな」
あまり大蛇の死体を見るのは良い気分ではないし、血の匂いで魔物が集まって来てこられても困る。
早急に場所を移動するのが得策と言う事で、二人は休む間も無く歩きだした。