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冒険13―生還






意識は闇の中にいた。

誰もいない、何も聞こえない、何も見えない、何も匂わない…完全なる闇の中。

目を閉じているのか、それとも周りが真っ暗なのか…分からない。

分かるのは、ここが闇の中と言う事だけ。


ああ…俺は死んだのか…

ソウマはそう悟った。

腹を刺されて大量の出血をしていたのにも関わらず、神速なんて使ってしまった…無理をし過ぎたのかもしれない。

まだ高校生なのに…まさか幼なじみに殺されるなんて…格好もつけられない死に方だ。

死んでしまったら人は天国か地獄に行く、と多くの人が言うが…どうやらそうでもないらしい。

もし、ここが死後の世界なら、人が死んだ後に向かう場所は『無』だ。

本当に何も無く、長時間いたら気が狂ってしまいそうになる。

だが、死んでいるのなら…何も感じないのかもしれない。


暗黒の中、ソウマがそんな事を考えていると、闇の中に一つの光が上から舞い落ちる。

ユラユラと揺れながら光は足元に落ち、落ちた光は波紋のように広がり、ソウマの目の前に居た『ある者』を照らした。


「……ラグナロク…」


波紋のように広がった光に照らされ、姿を現したのは銀色の神龍・ラグナロクだった。

光沢を帯びた龍隣は光を反射し、闇の中にぼんやりと映し出されたように見える。


『――ソナタの物語りは終わりか?』


ラグナロクの高貴なもの言いと威厳のある声が響く。

物語り…そんなものは果たしてあったのだろうか。

見知らぬ女にアヤセと共に連れて来られ、挙げ句の果てにはアヤセに殺される。

それが物語り?冗談じゃない…それが自分の物語りだったら、誰でも嫌だろうし信じたくない。


「そう…だな。俺は死んだんだから…終わりだろ」


信じたくない…だが、殺されてしまったソウマにとっては既にどうでも良い事だ。

諦めたようにソウマは息を吐く。

こんな事なら、アヤセなんて助けようとせず、見捨てれば良かった。

そうすれば今頃だって平凡な毎日を暮らしていたはずだろう。


『―使命はどうする―』

「さあな。死んだ後に聞かれてもな」


ソウマは自虐的に渇いた笑いを零す。

変革者の使命だが何だか知らないが、死んでしまったのなら意味は無い。

何も出来はしないのだから…


『―ソナタは…生きたいか?―』

「しつこいな…今更何を聞こうと意味無いだろ」

『―意味が有るか無いかではない。ソナタの気持ちを…願いを聞きたい―』

「知るかよ」


もう話は終わりだと言わんばかりに、ソウマは顔を背ける。

だが、ラグナロクは退かない。

首を下げてソウマに近づけ、銀色に輝く眼光を向ける。


『―今一度聞く…生きたいか?それとも―――』

「生きたいに決まってんだろ!」


ラグナロクの眼光に怯みもせずにそう叫んだ。

出会った頃は脅えるだけの人間が、今では龍に向かって怒鳴るように叫ぶ事が出来る。

少ない戦いの中で、成長したのは戦闘能力だけではなく、心までも強くしていたのだ。

ラグナロクを睨み返すソウマの瞳は銀色の眼光宿り、背の魔法陣が淡い光を放つ。

その姿はまるで…龍の子のよう。


「ラウナとの約束も、ラグナロクからの使命も!何も果たせずに死ぬなんて出来るか!生きて……俺の物語りを続けたいさ!だけど…」

『―続けたいんだな―』

「……え…?」


己の気持ちをぶつけるソウマに、ラグナロクは希望の光を導く。


『―ソナタの物語りは…まだ終わりではない。これから始まるのだ―』


ラグナロクが言い終えた瞬間、二人だけを照らしていた光が眩く全てを照らす。


『―目覚めるが良い。ソウマよ―』

「どういう…」


ラグナロクの言っている事の意味が分からないソウマは、怪訝そうにラグナロクを見上げる。


『―伝説の遺跡都市・エターナルを目指せ!そこで…全てが明かされる―』


視界は次第に白に染まり始め、時間が経つに連れてラグナロクの姿も見えなくなって行く。


『―そこで我も…ソナタを待つ―』

「ちょ…待っ――――」


声も一瞬で遮断されたように消え去り、視界も一気に真っ白に変わる。

意識は遠退き、前と同じような感覚を感じる事に、少なからず嫌な気持ちを覚える。

そして…白い光景の世界からはシャットダウンされ、心だけのソウマは消えてしまった。
















「………生きてる…」


ソウマは闇の中から現実の世界に戻り、ゆっくりと目を開けた。

木製の天井に白いベッド、独特な薬品の刺激臭が鼻を刺激する。

病院…?匂いは完全に病院だが、日本のように白ばかりではなく、普通に木製素材そのままの色もある。

ゆっくりと身体を起こすが、腹部に激痛が走り、思わず奥歯を噛み締めて傷口を押さえた。

上半身は服を着ておらず、包帯が腹部に何重にも巻かれてあるだけだ。


自分が生きている事に疑問を抱いていると、少し離れた場所に取り付けられている扉が開き、ラウナが入って来た。

その後ろにはティアラが並んでいる。


「…ソ…ソウマ!」


意識を取り戻したソウマの姿を見たラウナは瞳に涙を溜めながら駆け出す。

そして、重傷患者であるにも関わらずに抱きついた。

もちろん、重傷患者が抱きつかれたら勢いと相応の激痛を食らう事になる。

いくら相手が女性とは言えど、我慢出来る痛みではない。


「いっ…痛ぇええぇ!!」


ソウマの涙混じりの声が病院内に響いた。

いつものソウマなら抱きつかれた事に意識が集中し、羞恥に悶えるかもしれないが…

身体に走った激痛は、そんな事は気にならないほどのものだった。


「あ…ああ!済まない!」


ソウマの痛みを叫ぶ声で自分の行動に気づき、ラウナはバッと離れて近くの椅子に座る。

ティアラは腕を組み、壁に寄りかかりながら冷静に状況を見ていた。

まさかラウナが抱きついて来るとは…思ってもいなかった。

ラウナは他人にも自分にも厳格だし、気の強い性格だ…その人がソウマの生還に涙を流して喜んでいる。

ソウマにとっては心配してくれた喜びと、どう対応すれば良いか分からない戸惑いが入り混じっていた。


「良かった…!生きてて…本当に…」


「……悪かった…」


再び喜びに涙を流しそうになるラウナに向かって、ソウマはそう呟いた。

危うく全て中途半端のまま投げだす所だった。

生きていたから良かったものを…いや、実際は一度死んだのかもしれない。

どちらかは分からないが、ラグナロクが動いてくれたのだろう。

そうでなければ…先ほどの光景に説明がつかない。

何も出来なかったソウマは謝る事しか出来ず…呟くようにそう言ってしまったのだ。


「なぜ謝る!」


だが、ラウナはその謝罪に立ち上がり、真っ直ぐにソウマの目を見て強い口調で言った。


「お前は私たちを助けたも同然だ!何も出来なかったのは…むしろ私だ…」

「そんな事――」

「あの女に指一本触れられなかった…だがお前は奴を退けた!私は…お前に救われたんだ…だから謝るな、頼む…」

「………」


違う、アヤセは俺が居たから襲って来た…俺のせいでみんなを危険な目に合わせたんだ!……そう言いたかった。

だが、ラウナの消えてしまいそうな、今まで強気だったラウナからは聞いた事も無いほど…か細い声に何も言えなくなってしまった。

ごめん…そう言おうと思っていたのに口から出た言葉は…


「ありがとう」


ありがとう、だった。

泣いてくれたから?

心配してくれたから?

分からない…なぜお礼の言葉を口にしたのか。

けれど、ソウマの言葉を聞いたラウナは満足そうに頷き、その表情は笑顔だった。


「はいはい、円満夫婦は分かったから次に進みてぇんだが…」


端から見れば仲の良い恋人同士のような空気に耐えかねたティアラが、会話に入って来た。

ティアラは呆れたと言わんばかりに、溜め息を一つ吐き、自分が背負っていた何かが巻かれた布をソウマに差し出す。

それは見覚えのある布…確か、ティアラが造った最高傑作の巻かれた布だ。


「…これは?」

「約束だろ?ゴードン倒したら剣を譲るってな」


ゴードンを倒したら剣を幾つか譲って貰いたい…確かにソウマはそう言った。

だが、最高傑作なんて貰えるはずがない。

職人にとって最高の作品はその人の魂と言っても過言ではない…命とも言える。

幾ら何でも「はい、どうも」と貰える物で在るはずがない。


「幾ら何でも…これは…」

「他の剣は生憎潰されちまってな。これしか残ってないんだ。それに…お前ほどの奴ならアタシの魂も預けられる」

「………分かった」


ティアラは真剣な眼差しでソウマに剣を渡す。

その目が真剣過ぎて…これ以上まごつくのは逆に失礼だと感じた。

自分になら魂を預けられる、それは自分の戦う姿を見て信用してくれたと言う意味だ。

それなら、ティアラの信用に応えるのが義務…責任だろう。


ソウマは差し出された七本の剣を受け取る。


「…有り難く頂戴する。剣に恥じないよう…俺も全てをかけるよ」

「頑張りな。おーい、先生!患者が意識取り戻したぜー!」


剣を譲り終えたティアラは大きな声で病院の医師を呼んだ。

普通は一番最初に呼ぶべきだろ…そう呆れながらも色々と咎める気力も無く、小さな溜め息だけを一つ吐いた。
















その一週間後、なぜか重傷患者だったはずのソウマは退院した。

腹部の深い刺し傷は完全に塞がり、痛みも完全に消えている。

この世界の医療技術は、特殊な魔法である回復魔法を使うものだった。

5属性全てに回復系統の魔法はあるらしいが、それぞれによって効力が違う。

例えば火属の回復魔法は体力回復に秀でいて、水属は傷の回復に…と言ったようになっている。

だが、生死をさまよった患者が一週間で退院出来る筈がない…担当医が言うには背中の魔法陣から滲み出る魔力により、自然治癒をしているのだと言っていた。

いよいよ自分が人間かどうか分からなくなるな…と少しながらショックを受けたソウマだったが、早く治った事は良いことだな…と気にしない事にした。


二人は一度宿に戻り、荷物を整理した後に街へと繰り出した。

このまま食料を調達した後、ストラト都市を出発しようと言う考えだ。


「何だこれ?」

「それはな、レムニールの霜降り肉だ。だが高いから却下だ」


見た事もない食材を前に、ソウマが質問する。

全く違う食の文化に最初は戸惑ってもいたが、今では興味すら沸くようになった。

こちらの世界に慣れて来た様子のソウマの姿がラウナも嬉しいようで、質問に答えるラウナはお姉さんのように誇らし気だ。


その後もソウマが興味深い食材を見つけては質問し、それにラウナが得意気に答えるやり取りがしばらく続いた。






「そろそろ出発しよう」


保存の効く食材を一通り集め終わった頃にラウナがそう提案した。

食材確保も朝早くに行ったため、出発するにも良い時間だ。

二人は朝早いにも関わらず、賑やかな街並みの中を並んで歩く。

腹部の傷もほとんど回復し、つい先日に死にかけていたのが嘘のように思える。

長閑な街に隣には少々キツい性格だが美しい女性…戦いなど無ければ幸せな生活だろう。

戦いさえなければ、こちらで生きて行っても良いかもしれない。

……そう考えて直ぐに首を横に振る。

何を馬鹿な事を考えているんだ…日本には友達も家族もいる。

自分を心配してくれている人達を残して、自分だけ好き勝手に生きるなんて…そんな事は出来ない。

それに、やる事など沢山ある。

ラウナの妹は助けなければならないし日本に帰る方法も探さなければならない。

加えて……なぜアヤセが自分を殺そうとしたのか、使命とは一体何なのか。

自分たちを連れて来た白いフードの女は何者なのか…分からない事は山ほどある。


「…ソウマ?大丈夫か?」


ラウナが心配そうな表情でソウマの俯き気味だった顔を覗き込む。

白く透き通った肌に赤く潤った唇、コバルトブルーに染まった瞳に吸い込まれそうになる。


「な!なんだよ!」


特別な感情がある訳ではないが、美女がいきなり眼前に現れれば誰だって胸が高鳴るし、顔も赤くなる。

普段はクールなソウマも、異性関係には疎いからか、例に準えて頬を赤く染めながら一歩だけ後退った。


「なぜ逃げる!私は…何か考え込んでいたから…心配になっただけだ…」


最初のラウナはキッと目つきが鋭くなったが、言葉を続けるに連れて言葉は小さくなり、目線は斜め下へと逃げてしまった。

そんなラウナの姿にソウマは少しながらむず痒い感情を覚える。

その感情がいつものラウナではない事への戸惑いなのか、はたまた別なのか…今のソウマには分からなかった。

気まずい空気が流れ、二人の足音と周りの喧騒だけが耳を支配する。

そんな時だった。


「二人ともーー!早くしろぉー!」


ストラト都市の出入り門が見えて来た頃、門の近くでこちらに手を振りながら大声で叫ぶ人影が一つ…ティアラだった。

どうやら見送りに来てくれたようだ…なぜ急かされなくてはいけないのかは不明だが。


「久しぶりだな、ティアラ」

「昨日会っただろうが!」


ソウマの冗談にティアラが本気でツッコむ。

冗談なのに…通じない奴だ。


ティアラの知り合い、マーサは実際は普通に暮らしていたらしい。

つまり、途中で入れ替わったとかではなく、接触して来た時点でアヤセだったのだ。

アヤセはマーサに変装し、ティアラの元までソウマたちを誘導…ゴードンたちがこちらの奇襲を予測していたように攻撃して来たのは、アヤセの企みかもしれない。

ゴードンとアヤセ…繋がっていた可能性が高いのだ。


家を壊されたティアラは、ストラト都市にある本当の『自分の家』に住んでいる。

ストラト山にあった家は剣を造るための家らしく、剣製造の期間以外はストラト都市にある普通の家にいるらしい。


「食いもんは集まったか?」

「問題ないさ」

「見れば分かるだろ?」


ソウマが引いている車輪付きの台の上には大きめの布袋が乗っている。

その中に食料を入れ、台に乗せて引く事で普通に背負うよりか楽に運べるのだ。


「……頑張れよ、二人共。近くに来たら寄れよな」

「ああ。ありがとな」

「礼を言うぞ」


お互いに堅く握手を交わし、門番にラウナが通行書を見せると重苦しい門がゆっくりと開いた。


「じゃ、またな」

「おう!……っとラウナ!」


ソウマは一声かけて門の外へと歩き出す。

それに続こうとしたラウナを、ティアラが呼び止める。

ティアラは早足で近寄り、口をラウナの耳元に寄せて小さい声で言った。


「…式には呼べよ」

「っ!」


ニシシとティアラが意地悪そうに笑い、ラウナは顔を真っ赤にして口をパクパクさせる。


「な!なにを言う///私は別に――」

「ラウナー!置いてくぞー」

「い、今行く!」


反論しようと言葉を発したラウナだったが、既に先に進んでいるソウマの呼びかけに阻まれる。

ラウナは頬を赤く染めながら悔しそうに睨むが、怖くも何とも無く、ティアラの表情はニヤニヤと嫌らしい笑みだ。

本当に置いて行かれそうになるので、ラウナは反論を諦めて踵を返して走り出した。

その後ろ姿にティアラは優しい眼差しを送りながら呟く。


「頑張れよ、ラウナ」


ティアラの呟きは誰にも聞かれる事無く、静かに風に紛れて消えてしまった。







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