おならとあまいあまい女神様とのバレンタインデー
◇◆◇
「ブウッ!!」
テスト中。静寂した教室に響いた、謎の爆音。誰かがおならをしたのだ。しかも、その音は────
「……え?今のおなら!?でか!!」
「つーか誰だよ今の!爆音すぎだろ」
「てか、臭くね!?窓側!窓開けろ!!」
「今のお前だろ山下!!体でかいお前ぐらいしか、今の爆音屁出せないだろ!それに、お前のところから聞こえてきたし!」
「ちっ!違えよ!!俺じゃねー!俺の前の席から聞こえて──……」
そう言いながらクラス一の大柄の山下は、前の席の人に──姫野さんの方に視線を向けた。その瞬間、ざわついていた声が一瞬止まり、ぼそぼそとみな話し始める。
「……え?今のおならまさか……姫野さん?」
「んなわけねぇだろ!姫野さんがおならするわけねぇだろ!」
「いやでもたしかに、姫野さんの方から聞こえてきた気がする……」
「姫野さんのおならだったらウケるんだけど。でかすぎ~」
みんな姫野さんをちらちらと見ながら、ぼそぼそと話しそして、クスクスと笑いはじめた。すると。
「……うっ……」
この空気に耐えられず、姫野さんが泣いてしまい。
「ちょっと!今の美姫なわけないでしょ!?」
「ほんと誰なの!?犯人名乗りでなさいよ!!」
「そーだよ!!姫野さんに罪擦り付けようとすんなよ!!」
と、姫野さんの友人や姫野さんのことが好きであろう男子たちが怒声をあげ始めた。
……あのおならは完全に俺の隣の席──姫野さんの方からした。けど……
わーわーとクラスのみなんが騒ぐ真ん中で、涙を溢す姫野さん。そんな姫野さんを見ていると、俺はいてもたってもいられなくなり、そして。
「あ、あの~……す、すみません。今の屁は俺、です……」
手を上げながら俺はそう言った。俺がそう言うと、しん……と静まり返り、クラスじゅうの白い目が一斉に俺を見た。
その後、俺は一部の人間から「おなら男」とか「プーさん」とか、変なあだ名で呼ばれるようになった。陰口を言われたり、姫野さんのことが好きな男子とかに、ちょっとしたいじめみたいなことをされたりもした。けど、それも数週間したら誰もなにもしなくなったし、話さなくなった。たぶん、俺が何を言われても何をされても、ほとんど反応を示さなかったから飽きたのだろう。だって、俺は本当はおならなんてしてないし。反応しようがない。
けど、姫野さんを庇ったことを俺は全く後悔していない。あのおならの犯人が姫野さんだろうが別の誰かであろうが、俺は自身がやったことは間違ってないと思う。だって、姫野さん……泣いてたから。男ならというか、好きな女の子が泣いてたら、ほおって置けないもんでしょ。
ていうかやっぱあれは、姫野さんの──……
◇◆◇
「……テストの時お、おならしたの……私なの。たぶんおならの原因は、その前の夜に焼きいもいっぱい食べたから……だと思う」
そう、涙目に話す姫野さん。なにそのエピソード?可愛すぎるんですが!!?と、俺は内心で興奮した。
「とにかく、恥ずかしくて涙が止まらなくて、なにも言えずにいたら……岡田君が庇ってくれて。あの時、私がやったって言えなくて……岡田君のせいにして、本当にごめんなさい」
そう言って姫野さんは頭を下げた。
「え?ああいや、もう気にしないで」
「私のせいで嫌なこと言われたりしてたし。……なんの罪もない岡田君を傷つけてしまって、本当にごめんなさい」
「ううん、もう誰もその事言わないし。まあ、モブ陰キャの俺がおならしたっつっても、たかが知れてるって言うか。ていうか、俺別に傷ついてないし。それに……姫野さんのこと助けられたんなら良かったのかな~って」
そう言って、俺がきごちなく微笑むと、姫野さんはもじもじしながら口をもごつかせ、そして。
「あの時は本当にありがとうございました!そ、それと、あの私……その、岡田君に助けてもらってから、岡田君のことが気になるというか……すっ、好きになったといいますか……」
「そうなんだ……──え?」
「あの!こんなおなら女ですが、私とつ、付き合って……」
ください……と、だんだんに声を小さくさせながら、姫野さんはそう言った。
……好きになった?
岡田君のことって……誰?まさか……俺?
つか今、姫野さん自分のこと「おなら女」って言った?
いや、それよりも「付き合ってください」って言わなかった?え?俺と?いやいやいや、そんなまさか──
え?
脳内でそう混乱させながら俺は。
「え?あの……今、『付き合ってください』って言いました?え?まさか俺なんかに言ったんじゃないですよね……?」
と、俺は自身に指をさしながら姫野さんに聴いた。すると姫野さんは、こくんと頷きそして。
「……はい、岡田君に言いました。岡田君のことが……好き、です」
岡田君のことが……好き、です。
岡田君のことが……好き、です。
岡田君のことが……好き……です──
姫野さんの震えるプルツヤの唇から発音された言葉が、俺の脳内で何度もなんども響く。まさかのチョコゼロ地獄からの、女神様からのチョコレートの贈り物。そして、まさかまさかのその女神様からの──……告白。
──やっぱ俺、今日中に死ぬのかも。いや、もしかしたらチョコがもらえないから、あまりのショックで死んだのかも。そんで、あんまりにも可哀想に思った神様が、最期に素敵な夢幻でも見せてくれてるのかも。
……夢でも幻でもなんでも良いや。最期に、大好きな姫野さんに告白されて死ぬとか──超最高だわ。
そう思いながらも、取りあえず俺は自身の頬を思いきりつねった。が……
「……あれ?痛い?」
頬に痛みが走る。ってことは──……え?
「……岡田君?急にほっぺたつねってどうしたの?なんかボーッとしてるし……あっ!やっぱりおなら女からの告白なんて嫌……だった、よね?迷惑だよね……ごめんね」
そう言って姫野さんは、悲しげに俯いた。
やっぱこれは現実……なんだ。姫野さんが俺に告白したんだ。
俺は──?
俺は……もちろん。
ごくんっ!と俺は思いきり唾をのみ、そして。
「っ……あの!俺は、俺も……その、姫野さんのことが好きです。ずっと、前から。その……告白ありがとうございます。こんなモブ陰キャな俺ですが、お付き合いよろしくお願いいたします!!」
そう言って俺は、思いきり頭を下げた。ゆっくりと頭を上げて姫野さんを見ると、姫野さんはボロボロと涙をこぼしていた。
「おわっ!!?ひ、姫野さん!?」
「良かった~やっと岡田君に謝れたし、告白できてなんか……ほっとしたって言うか嬉しいって言うか。心がいっぱいいっぱいで……」
俺の目の前で思いきり泣く姫野さん。そんな姫野さんが可愛くて愛しくて、俺はおそるおそる姫野さんを抱きしめた。初めて抱きしめた女子の体は、柔らかくて細くて……いい匂いがして。ドキドキする。俺が抱きしめると、姫野さんは俺の背に腕を回して抱きしめ返してくれた。
その日と俺は、初めて女子からバレンタインチョコを貰った。それも、好きな人から。しかも──その好きな人に、告白された。
俺はこのバレンタインデーの思い出をずっずっと、忘れることは無いだろう。
大人になって、彼女と結婚した後も。
ずっとずっと───……