地獄の底にまさかの女神様が舞い降りてきました
「はぁ~……あぁあ……」
放課後。ため息を吐きながら廊下をとぼとぼと歩く。今日は放課後から美化委員の会議があり、美化委員の俺は会議に参加したのだ。
もしかしたら、さっきの藤沢さんみたいなノリで美化委員の誰かが、みんなにチョコを配ったり──なんてことはなく。バレンタインの話題なんて微塵もなく、美化委員の会議は終わった。
「帰る前に一応、後ろのロッカーにチョコ入ってないか確認……は、いいか。どうせ入ってないだろうし。結局、今年もチョコもらえなかったな~……しかも、母ちゃんからも貰えてないから、本当の0。あーあ、藤沢さんから貰えそうだったのに……ほんとついてないな。はぁ、今年はマジの地獄行きかよ。
……寧ろなんか清々しいわ。地獄だろうがなんだろうが、どこだって行ってやろうじゃねーか!!」
ハッと、鼻で笑いながらやけくそ気味にそう言い、教室のドアを開けようとした時だった。俺の机の傍に誰かが立っているのが、廊下の窓越しから見えた。
「ん?姫野さん?」
姫野さんは俺の机の傍で、何やらおろおろとしていた。
「俺の机の傍で何してるんだろう?」
と呟きながら、とりあえず俺は教室のドアを開けた。するとドアの音に驚いたのか、姫野さんはビクッと体を小さく跳ねて、ばっ!と俺の方に振り向いた。
「あ、おっ、岡田君……」
「あ、姫野さん。まだ残ってたんだ」
「え、あ、うん。教室で本読んでて……その……」
もじもじしながらそう言う姫野さん。何故かだんだん、頬を赤く染めていく。後ろ手に持っている物が、ちらっと見えた。赤いリボンの巻かれた小さな箱だ。
それはもしかしてチョコ?まさか俺に?──って、そんなわけないか。
……そう言えば姫野さん、好きな人がいるって星野が言ってたな。ああ……そうか、そういうことか。ここにその『好きな人』でも呼び出していて、これからそいつにチョコを渡すのかな?……もしかして告白しちゃうとか?だとしたら誰だよ、姫野さんにコクられる幸せ者は?うらやましすぎるだろ。
てか、ここで告白するなら、今ここに俺がいたら邪魔じゃね?早く帰らないと。そう思い俺は。
「あ、ご、ごめん姫野さん、俺さっさと帰るね!」
「え?」
姫野さんの横を通り、俺は慌ててスクールバッグに教科書や宿題を詰め、スクールバッグを肩に掛けて帰ろうとした。すると。
「まっ、待って!!」
後ろから姫野さんの声がしたかと思えば、ブレザーの裾がくんっ、と引っ張られた。後ろを向くと、俺のブレザーの裾をちょこんと掴み、頬を赤く染めながら上目使いで見つめる姫野さんがいた。どきんっ!と、俺の心臓が大きく跳ねる。
え?なに俺……明日いや、今日中にでも死ぬの?
「……あ、へ?」
漫画やアニメでしか見たことがないシーンに遭遇し動揺する俺は、気持ちの悪い声を溢す。すると。
「……あ!ご、ごめんなさい!急いでるのに呼び止めたりなんかして!!」
「え!?あ、いや!俺は別に急いでないです!姫野さんの邪魔じゃないかなって思って早く帰ろうかなって」
「え?私の邪魔?」
「いや、姫野さんがここで誰か待ってるのかなーって思って……」
俺がそう言うと、姫野さんはさらにぽぽぽと顔を赤くした。そして。
「……全然、邪魔じゃないよ。だって、私が待ってたのは岡田君……だから」
と、姫野さんはそう言った。
そう……言った。
俺を待ってたって、姫野さんは言……
え?
「……え?ええ!?おおお俺!?」
動揺しながら、俺は自身に指を指しながら言うと、姫野さんはこくりと頷きそして。
「こっ、これ!岡田君に!」
そう言って姫野さんは、後ろ手に持っていた赤いリボンの巻かれた小さな箱を俺に渡した。
こっ、これは、もしかしなくても──
「こ、これってもしかして……」
「バ、バレンタインチョコです」
バレンタインチョコです。
バレンタインチョコです。
バレンタインチョコです──
姫野さんのプルツヤの唇から発音された言葉が、俺の脳内で何度も響く。まさかの、チョコゼロ地獄からの、女神様の贈り物!!まさに姫野さんは、地獄に舞い降りし女神様そのものだ──
思わず感涙を流しそうになったが、姫野さんの前で突然涙なんて流してキモがられて「やっぱ、岡田君にチョコあげるのよそう」なんて言われたら大変だから、気合いで涙を堪えた。
それにしても……
「なんで俺にチョコを?それも、俺が委員会終わるのをわざわざ待っててくれてたってこと……だよね?そこまでしてなんで?」
もしかして……本当にコッ、告白するめに?しかも、お、俺に?──いや、早まるな俺!!彼女いない歴=年齢の俺だぞ!?しかも相手は、学校一の美少女と噂される姫野さんだぞ!?それに、あのイケメンの星野に告白されても断ったみたいだし。
ていうかそういえば、そのイケメンを振った理由が『好きな人がいるから』って言ってたみたいだけど──その『好きな人』ってやっぱ俺?
……って!だから、そんなわけあるか!!!
平静を装いながら、内心では勘違い野郎にならないように自身に強く言い聞かせていた。
すると、姫野さんは頬を染めながらぽつりぽつりと言った。
「あの時……岡田君が庇ってくれたから。あの時の謝罪とお礼が……まだ言えてないから」
「あの時……?」
って、ああ──たぶん『あの時』のことか。と、俺は思った。
「そう……あの時の犯人、私……なんだ」
姫野さんは頬を真っ赤に染めながら、涙目にそう言った。