もはや、ほぼライフ0の俺に女神様が囁いた
「スゥ……はぁ~……」
学校。クツ箱の前。華やかなバレンタインの話題がキャッキャと俺の後ろを過ぎ行くなか。俺は自身のクツ箱の前に佇み、深呼吸を繰り返していた。
そして。
「!!……はぁ~ぁぁぁ……」
ばっ!と、自身のクツ箱の中を見た……が、チョコは入っておらず。俺は絶望的な溜め息を吐いた。
「……いや、まだだ。まだ、教室のロッカーと机がある。それを確認するまでは……死ぬな、俺」
プルプルと、生まれたての小鹿のように両足を震わせながら、自身のクツ箱に寄りかかり俺は小さく呟く。そうは言ったが、俺はもう既に瀕死だ。
上履きに履き替えると、とぼとぼと俺は足取り重く教室に向かった。
◇◆◇
……ない。
ない……
ナイ、ナイ、ナイッッ!!ナナナナィッ!!!
教室に着くと、教科書を入れるふりをしながら、机の中にチョコが入ってないか手探りで確認するが……無し。フラフラしながら、教室の後ろのロッカーに行き、体操着を入れるふりをしながら、チョコがないか確認するが……無い。
……終わった。もう、終わった。俺は今日、死ぬ。てか、もう心はほぼ死んでる。
自身の席に着席すると、俺は頭を抱え深く溜め息を吐いた。
「たーくぅうん♡はい、トモの手作りチョコ♡もち、ほ・ん・め・いダヨ♡♡」
「サンキュートモ♡大好きだぜ♡♡」
俺の目の前で人目も気にせず、ハグしてぶちゅーっとキスするギャル系カップル。
……クソが。
「こっ、これは本命チョコじゃないんだからね!友チョコがあまったから、あんたにあげるだけだし!義理だし!!」
「はいはい、毎年ありがとう」
教室の角の方では、友達以上恋人未満だろうか、ツンデレ女子がドライ男子にチョコを渡す。
……早く爆発してしまえ。
「輝くーん!はい、チョコ♡」
「私のチョコも食べて~♡手作りなんだ♡」
「ありがと、みんな」
「「「「「「「♡♡キャアアアア!!!!♡♡」」」」」」」
教室の真ん中では、学年一のイケメンが女子に囲まれて、沢山のチョコをもらっている。
……イケメンはみんな絶滅しろ。○ね。
あぁ……バレンタインデーなんて今すぐこの世から無くなってしまえば良いのに。てかみんな、お菓子会社の策略にはまりすぎだろ!
教室じゅうがバレンタインムードで染まるなか、俺はひとり内心でブツブツと文句を言っていた。
すると。
「岡田君?顔色悪いけど……大丈夫?」
俺の名前を呼ぶ女子の声がした。その方を見ると……
「あ……姫野さん」
同クラの姫野美姫さんが、心配そうな面持ちで俺のことを見ていた。
「さっき何だかフラフラしてたし……保健室行く?」
「え?あ、だ、大丈夫です!ありがとうございます!」
思わず敬語でそう言いながら、俺は姫野さんから視線を反らす。姫野さんの大きくて艶やかな瞳が綺麗すぎて眩しくて。長く見つめられなくて。
姫野さんは学年一……いや噂では、学校一の美少女と言われていて。腰まで長い青みがかった黒いサラサラのロングヘア、大きくてくりくりとした目に色白の肌──姫野さんは、清楚系の美少女なのだ。
「本当に?大丈夫?」
姫野さんはまだ、こんな俺のことを心配してくれている。優しすぎる。女神かよ。いや、実際女神みたいな見た目だけども。
「うん、本当に大丈夫です……だよ!ありがとう」
「そっか。無理しないでね」
「うっ、うん……」
そう言うと、姫野さんは自身の席に着席した。
そういえば、姫野さんは何故か俺によく話しかけてくれる。普段俺は、ほとんど女子と会話しない……というか、できない。そんな勇気無いしてか、陰キャの俺にそんだけのコミュ力があるわけない。
だけど、今の席になる前に、姫野さんと隣の席になり。その時はほとんど姫野さんと会話なんてしてなかったけど、席替えするちょっと前くらいから、何故か姫野さんは少しずつ俺に話しかけるようになった。で、席替えした今も、時々こうして声をかけてくれるのだ。
なんで俺みたいな、モブ陰キャ男子に話しかけるんだろ?もしかして……俺のことが好きだったり?
──んなわけあるかっ!俺のバカ!
でも……姫野さんから、チョコもらいたいな……だって俺は、姫野さんのこと──……
一番前の席に座る姫野さんの後ろ姿を見ながら、俺は己の愚かさに呆れ、大きな溜め息を吐いた。
俺の溜め息を掻き消すように、1時限目のチャイムが鳴った。