48 バブル崩壊
48 バブル崩壊
「ジンさん、テレビを見てください」とスズちゃんが立ち上がってテレビを指さした。その突然の声に驚いて、出勤してきたばかりのぼくを含めた部屋にいた全員がテレビの方に顔を向けた。
「いったい何だよ。何だ、この騒ぎは。どこの国で騒いでんだ。中国か、韓国か、ブラジルか、イタリアか。ボリュームをもっと大きくしてよ」と、ぼくはテレビの中の群衆を見てスズちゃんに訊いた。スズちゃんはテーブルにあったリモコンを持ってボリュームを上げた。
「これ、日本ですよ。日本。黒鷹町、黒鷹町ですよ」とスズちゃんがテレビの中の騒ぎに煽られたかのように、必死に叫んだ。
「黒鷹町って、あの黒鷹町なの」とぼくは何年振りかに黒鷹町の名を口にしていた。
「そうです。私の故郷の黒鷹町です」
「いったい、何があったんだよ」
テレビのレポーターが「ここは黒鷹銀行の玄関前です。たくさんの人が預金を下ろそうと黒鷹銀行の前に押し寄せていますが、銀行は平日にも関わらず業務を停止し、シャッターを下ろしました。人々は帰る気配がないばかりか、人はどんどん増えていっています。シャッターを開けろと怒号が飛び交っています。あっ、石がシャッターに投げつけられ大きな音が立ちました。危ないので、やめてください。冷静になってください」と必死な形相で喋っていた。
カメラが切り替えられ、別の場所が映された。「ここは黒鷹町の両替商の前です。こちらにも「金の預かり証」を持った大勢の人が押し寄せています。こちらもシャッターが下ろされています。「預かり証」を持ったお婆さんの「私のお金を返せ」という必死の叫び声が聞こえているでしょうか。女性がもみくちゃにされて倒れました。大丈夫でしょうか。斧を持った人がシャッターを破ろうと、斧を振り下ろしました。警備員が斧を持っている男性に警棒で殴りかかっています。男性は倒れたもようで、ここからは姿を認めることができません。ああ、倒れた男性がゆっくりと立ち上がりました。大丈夫でした。しかし、頭から大量の血を流してる模様です。警備員に斧で襲い掛かっています。目が行っちゃっています。恐怖に怯えた女性の悲鳴が聞こえるでしょうか。パトカーのサイレンが近づいています。現場は収拾がつかない状況です」
テレビはスタジオの風景になった。
「現場の山下さん、山下さん、聞こえますでしょうか」
「はい、聞こえています」
「身の安全を第一に考えて、これからも取材の方、よろしくお願いします」
「はい、わかりました。こちら、黒鷹町の両替商からお送りしました。黒鷹町に暴動が起こっています。黒鷹町は暴動の町と化しています」
「今朝になって突然、黒鷹町の暴動のニュースが入ってきたわけですが、経済評論家の加山さんは、この暴動の原因は何だとお考えでしょうか」
「外国のファンドが一斉に丸鷹通貨の電子マネーを金に替えようとしたことが引き金になりましたね。このことによって、両替商には十分な金の備蓄がないことが判明したのです。これが丸鷹通貨の大暴落をもたらしたのです。この話を耳にした黒鷹銀行に預金している人たちがお金を引き出そうとして、銀行に一斉に押し寄せ、両替商に「金の預かり証」を持って詰めかけたのです。ここにきて、丸鷹通貨の金本位制の矛盾が一挙に露呈したことになりますね」
「これから黒鷹町の金融危機はどうなっていくのでしょうか?」
「黒鷹銀行と両替商はいち早く破産を申請していますので、破産ということになるでしょうね」
「では、黒鷹銀行に預けている預金は、全額とは言わないまでも、いくらかでも預金者に戻ってくる可能性はあるのでしょうか?」
「一般的な銀行ですと、預金保険制度により、預金者1人当たり、1金融機関ごとに合算され、元本1,000万円までと破綻日までの利息等が、国によって保護されます。ですが、黒鷹銀行は日本円ではなく丸鷹通貨を取り扱っていましたので、日本の法律の保護下にはありません。言ってみれば、丸鷹通貨はパチンコ屋やゲームセンターが店内で使っているコインのようなものです。パチンコ屋やゲームセンターが倒産すると、手元にあるコインはお金に換えることはできないでしょう。そういうことです」
「丸鷹通貨はまったく価値のないものになってしまったということですか」
「そうですね」
「あ、コメンテーターの玉山さん、どうされたんですか。顔が真っ青ですよ。口から泡を吹いて倒れました。医者を呼んでください。救急車、救急車」
玉山さんは、スタジオから救急車で病院に運ばれて行った。スタジオ内も騒然となっていた。ディレクターやカメラマンが職場放棄して、どこかに消えてしまったらしい。
「加山さん、電子マネーで損をした外国の投資家も多いと思われますが、日本の信用はどうなるのでしょうか?」
「外国の投資家はこれまでに時間をかけて丸鷹通貨を金に替えていましたので、かれらにほとんど被害はありません。それよりもなによりも、今回の丸鷹通貨危機は外国の投資家によって仕掛けられたという見方が大きいですね」
「それはどういうことでしょう」
「黒鷹銀行がこれ以上力を持つと、かれらに不利益をもたらすと考えたのでしょう。かれらを不安にするほど、黒鷹銀行の資産が膨れ上がっていたのです」
「中継が繋がりました。杉下さん、お願いします」
「こちら、黒鷹町上空にいます杉下です。ヘリコプターからの報告となります。黒鷹町に入る道路は東西南北、どの方向も渋滞が続いています。車はピクリとも動かない状態が続いています。私のところからは渋滞の終わりがどこか確認できない状況です。抜け道を使おうと林道に入っている車もいるようですが、危険ですのでやめてください。林道も渋滞になってきました。山形市を通る東北中央道も大渋滞が起こっております。時間が経つとともに、車の量は益々増えている模様です」
「どうして、黒鷹町に向かう車がこんなに増えたのでしょうか?」
「空の上からでは、その理由はわかりません」
「そうですね。では、スタジオにカメラを戻したいと思います」
「はい、よろしくお願いします」
「黒鷹町に向かっている人たちは、黒鷹銀行に預金している人たちです。なにせ今や20%という高利率なので、日本中の人が黒鷹銀行に預金しているのです」
「ですが、黒鷹銀行は黒鷹町の住人しか利用できないことになっていたんじゃあないですか?」
「建前はそうなのですが、実際は町外の人たちも、黒鷹の町民の名義を借りて口座を作り、全財産を預けている人も多いと聞いています。それに、なんといっても丸鷹通貨の電子マネーですよね。これに投資している富裕層が結構いるって話も私の周りの人たちから直に聞いています」
「そうなのですか。そうすると、黒鷹町に通じる道路の大渋滞は、預金者や投資家の車の列だということですね」
「自宅や職場でじっとしてはいられないでしょうからね」
「これは黒鷹町だけの話ではなく、日本全体を揺るがす大事件なのですね。これからいったいどうなっていくのでしょう」
「丸鷹通貨は紙屑になりましたので、黒鷹町のバブルは完全にはじけましたね。預金の利率が高かったので、ローンを組んで家を建てた人や、工場の設備投資をしたり、不動産を買ったり、ゴルフ場の会員権を購入した人たちは、借金の返済を求められることになります。結果として、世の中は不良債権の山となることでしょう」
「でも、現金でベンツを買った人たちは、ベンツを売れば金になりますよね」
「ベンツがだぶついてくるでしょうから、買った時の十分の一から二十分の一に買い叩かれますよ。これにしても、購入した時と同じ新車の状態だったらの話です。傷ついていたり、汚れていたらもっと買い叩かれるはずです」
「ということは、黒鷹町は前の田舎の町に戻るということですね」
「前には戻れません。町は財政的に破綻して、大きな借金を抱えることになったので、財政再建団体となります。バブル前よりも、町職員の給与は50%減額され、職員も5年で半数に減らされるはずです。町営住宅の家賃は50%増しになるはずです。水道代は2倍になるでしょう。道路の補修も町職員と住民の手で行わなければならなくなるはずです。家庭ゴミの収集も自分たちの手で焼却場に持っていかなければなりません。黒鷹町は豪雪地帯ですが、除雪は町ではなく自分たちで行わなくてはならなくなります。地球温暖化が進んでも、冬は厳しくなりますね。その他、色々と大変なことが想定されます」
「個人としてはどうでしょうか」
「個人破産する人が相当数出てくるものと思われます。老人ホームの入居者は、老人ホームが無料から有料となり、相当高い値段になると思います。それに町からの補助がなくなりますのでサービスも悪化していくはずです。教育も無償から有償に代わるので、親御さんにかかる負担は想像以上のものになります。もちろん子供手当もなくなります。町外に転出する人が増えて、町は人口減少が加速するでしょうね。
大学に進学されている学生さんは、返還なしの奨学金が利息付きの返還ありに代わるでしょうから、とても大変なことになると思います。決して卒業することをあきらめないでください。一人で悩まずに、大学と相談してください」
「こちら黒鷹町役場前です。役場前にも人が押し寄せてきたので、玄関の扉が閉められました。強烈な日光の下、「町長を出せ」「権田原、出てこい」と怒号が飛び交っています。群衆の後方にいる人にインタビューします。「今日は、どうしてここにいらっしゃったのですか」」
「おれは隣町に住んでいる者だけど、黒鷹町に「技能実習生」として雇われている者なんだよね。今月の給料は払われるのか心配になって役場に来てみたんだけど、この騒ぎだものね。巻き込まれないように後ろにいるんだ」
「そうですか。今の心境はいかがですか?」
「今月の給料が払われるかどうか心配だよね。だけど、「黒鷹町、ざまあみろ」って言いたい思いはあるよね。だって、俺たちを心の底で見下していたものね。「ざまあみろ」だよ。あっ、俺の顔写さないでね」
「こちらヘリコプターです。山形市の県警本部からパトカーが何十台も出動しましたが、道路が渋滞しているため、黒鷹町にたどり着けない模様です」
「黒鷹銀行では投石が繰り返されています。ナイフを口にくわえて二階によじ登っている男性がいます。中から女性職員の悲鳴が上がっています」
「スーパーマーケットやコンビニで略奪が起こっている模様です。路上の車が暴徒によってひっくり返されました。あっ、遠くで火の手が上がりました。どこかで火事があったのでしょうか? 爆竹の音が聞こえています。あれはライフルを撃った音でしょうか? 消防車のけたたましいサイレンの音が鳴り響いています。道路は車と人でごった返しになっています。ここは日本です。アメリカではありません。冷静になってください。みなさん、冷静になってください。黒鷹町の人たちは危険なので、家に鍵をかけて、家の中でじっとして外に出ないでください。黒鷹町以外の人は、決して黒鷹町に暴動を見学しに来ないでください」
「スタジオです。火事が心配です。山形県はずっと雨が降っていないので、乾燥した暑い日が続いています。火事が大きくならなければいいのですが。ところで、アシスタントの森川さん、玉山さんのその後の具合はどうでしょうか?」
「うなされながら「俺の五億円が・・・」と呟いているようですが、明日には気を取り直して元気に復帰されると思われます」
「大事に至らなくてよかったです」
「ジンさん、黒鷹町が心配なので、私、黒鷹町に帰ってきます」
「ちょっと待て。この状態で黒鷹町に帰られるわけがないだろう。テレビで見たように、道路が大渋滞して車で入ることはできないんだから」
「山形駅まで新幹線で行って、山形駅から黒鷹町まで自転車で行きます」
「あの山道を自転車で行くの? 行けるかもしれないけど、新幹線も満席になって乗れないだろうし、山形の街中もごった返していると思うよ。少し、様子を見た方がいいって」
「家に電話をしてみます・・・・・。えっ、火事が広がっている・・・・。黒鷹の町が燃えているそうです」
ぼくは見たこともない江戸時代初期の「黒鷹の乱」の映像がくっきりと頭に浮かんできた。
つづく




