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みちのく転び切支丹  作者: 美祢林太郎
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3 山形の隠れキリシタン

3 山形の隠れキリシタン

 

 そろそろ退社しようと思っていたところへ、メールが入ってきた。タイトルは「山形の隠れキリシタン」というものだった。このタイトルを見て、昨日の飲み屋での三神の話を思い出した。これが三神が言っていた「北の隠れキリシタン」の話ではないだろうか。おそらく三神が相手先にぼくのメールアドレスを教えたのだろう。こういう仕事をしていると、仕事で使っているメールアドレスが広がっていくのは大歓迎である。メールには次のようなことが書かれていた。


 『ユニコーン』編集部 稲村仁様


 突然のメールをお許しください。この度、ユーチューバーのUFO研究所三神博所長よりご紹介いただきました佐和山満生と申します。いつも楽しく『ユニコーン』を愛読させていただいております。

私、山形県黒鷹町役場で地域おこし協力隊員をしております。

 いきなりですが、九州の「隠れキリシタン」については、すでにご存じのことと拝察いたしますが、残念ながらこれまで『ユニコーン』では「隠れキリシタン」の話題は、私の知る限り、まったく取り上げられてきませんでした。「隠れキリシタン」にまつわる話も、宇宙人や未来人と同じくらいかそれ以上に『ユニコーン』の熱心な読者の興味をそそるはずだと信じております。

 ところで、安土桃山時代から江戸時代初期にかけて、九州地方ばかりでなく、東北地方の山形にもたくさんのキリシタンがいたことは、歴史家や歴史愛好家の間では常識となっていることであります。しかしながら、キリシタンは幕府の命を受けた米沢藩から迫害を受け、ほとんどのキリシタンは仏教に改宗したようですが、一部の信者は江戸時代の弾圧下にあっても、隠れキリシタンとして信仰を守ってまいりました。

 山形の黒鷹には、隠れキリシタンの教会や拷問をした遺跡や古文書がたくさん残っています。是非とも『ユニコーン』で取り上げていただけないかとメールした次第です。

黒鷹には「隠れキリシタンの埋蔵金」の話も伝わっており、最近、埋蔵金のありかを示す古地図が発見されました。

 更には、今でも「隠れキリシタン」が潜んでいる、というまことしやかな噂が流れています。隠れキリシタンは自ら名乗り出ていませんし、不思議なことに、我々が聴き取り調査をしても、隠れキリシタンが誰だかを知る者は一人もいないのです。それなのに、ある人たちは隠れキリシタンはいると固く信じています。

 是非とも、隠れキリシタンの取材をしていただき、貴雑誌『ユニコーン』で「北の隠れキリシタンの里 黒鷹町」を世に発信していただければありがたいと存じます。よろしければ、埋蔵金探しのメンバーにも加わっていただければ幸いです。

 「埋蔵金発見ツアー」以外にも、「隠れキリシタン」に関連した町おこしのための様々な企画を練っているところです。この点についても、直接お会いしてアドバイスをいただければ有り難いと思っています。

 今、黒鷹は素晴らしい紅葉と、美味しいキノコ蕎麦のシーズンです。

 町民上げてお待ちしております。

                   佐和山満生


 ううん、なかなかツボを突いている。「山形の隠れキリシタン」にはあまり触手は動かないが、隠れキリシタンに埋蔵金を絡めてきたところが憎いし、実際に埋蔵金発見ツアーまで企画しているところが面白い。紅葉や蕎麦で最後を締めるところがまたいい。ぼくの心をくすぐる。三神から何か入れ知恵があったのだろうか? ぼくが埋蔵金や食い物に目がないことを。

 もちろん、徳川や旧陸軍の隠し財産のように、実在するわけがないことはわかりきったことであるが、「埋蔵金」という単語に秘められたミステリーに弱い『ユニコーン』の読者を引き込むことはできる。ありかを示す「古地図」まで小道具として出してきた。ツアーに同行すれば、埋蔵金探しだけでも面白い記事が書けそうだ。だけど、町民上げてはいくらなんでも大袈裟だろう。

 でも、山形には行ったことがないし、ましてや黒鷹町など耳にしたことがない。本当に黒鷹町ってあるのだろうか? こんな職業をしていると、地名があるかどうかさえ疑ってかからなければならない。黒鷹町がなければ、このメールの内容はすべて嘘っぱちということになる。この前は、沖縄県の宮武島で牧畜をしているという読者から、牛を丸ごと飲み込んだ長さが10m以上ある巨大なハブを発見した、という情報が寄せられた。沖縄旅行をしたかったので、那覇空港までの航空券を手配したが、その後で沖縄には宮武島が存在しないことがわかった。うちの読者は空想の中で生きているので、勝手にそれらしい地名をでっち上げるのは、日常茶飯事のことだ。くれぐれも気をつけなければならない。牛を飲み込んだ10mのハブ? そんなのいるわけないだろう。

 「黒鷹町」をネットで検索すると、山形県のほぼ中央に実在していた。そう言えば、今年の四月に大学を卒業してこの会社に入社してきた高野鈴が、山形出身だと聞いた覚えがある。酔っぱらうと、若いのに話の端々に東北訛りが出てくる娘だ。あの東北訛りは山形弁だったのだ。

「確かスズちゃんは山形出身だったよね」

 鈴はパソコンの画面から顔を上げ、モニター越しにぼくの顔を見た。

「はい。そうです」

彼女の必要以上に元気な声が室内に響いた。

「山形のどこの出身?」

「黒鷹町の出身ですけど、小さな町ですから、ジンさんはご存じないでしょう」

「いや、今その黒鷹町からぼくのところにメールが入ったんだよ」

「えっ、それは珍しいですね。黒鷹町のどこからですか」

「町役場の地域おこし協力隊からなんだ。佐和山さんって人なんだけど、スズちゃん、知ってる?」

「佐和山さん? 心当たりありませんね。いくら小さい町だと言っても、住人は一万人以上はいるんですから、町民全員の名前を知っているわけではありませんよ」

「えっ、一万人以上も人間がいるの?」

「いちゃあ、おかしいですか」

「そうつっかからないでよ。小さな町だというから、せいぜい人口は数百人から数千人くらいだと思ったんだよ」

「そう言われると、よくわからなくなりましたね。小学生の頃は一万人以上いると習った記憶があるのですが、人口減少が進んで、もうそんなにいないのかもしれませんね。まあ、そんなことはともかくとして、その佐和山さんという方のご用件は何なのですか」

「スズちゃんは、黒鷹町の「隠れキリシタン」の話を知っているかな」

「隠れキリシタンって、あの隠れキリシタンですか」

「そうだよ。あの隠れキリシタンだよ」

「あれって、長崎や熊本の話じゃあないのですか? 隠れキリシタンが山形にいたなんて聞いたことありません」

「えっ、そうなんだ。黒鷹町では隠れキリシタンは有名じゃないんだ」

「学校で習ったことありませんし、両親からもそんな話は聞いたことがありません。わたしの友だちもみんな知らないんじゃないですかね」

「佐和山さんの話によると、町内に隠れキリシタンの遺跡や古文書がたくさん残されているそうなんだ」

「遺跡ですか? 聞いたことがありませんね。あったとしても、知る人ぞ知るじゃないですかね。私は地元の歴史に興味がありませんでしたから。隠れキリシタンは、何もない黒鷹町でも、メジャーではないですね」

「隠れキリシタンの埋蔵金もあるらしいよ」

「おお、それはなかなか興味深い話ですね。『ユニコーン』にピッタリの話題じゃないですか」

「だろう。黒鷹町はキノコ蕎麦が有名なの?」

「いきなり隠れキリシタンからキノコ蕎麦へワープですか。キノコは山形県ならどこでも採れますし、蕎麦もどこでも栽培して蕎麦打ちしていますから、黒鷹町のキノコ蕎麦が特に有名なわけではないと思いますよ。でも、黒鷹はそこら中、山々山ですから、キノコの宝庫ですし、蕎麦も美味しいことは間違いありません。東京の蕎麦と比べたら月とスッポンですよ」

「そうか、そうか。そろそろ東北の方は紅葉の季節だろう。「隠れキリシタン」の取材かたがた、山形に行ってみようと思っているんだ」

「それなら私も同行させてくださいよ。黒鷹町は鉄道やバスなどの公共交通機関が発達していないので、車がないと不便ですよ。私がレンタカーを運転しますから。私、土地勘ありますから」

「タキさん、そういう話ですから、二人の山形への出張を認めてくださいよ」と黙って仕事をしていた編集長の滝山に出張を頼んだ。滝山は顔を上げて「隠れキリシタンか? それも東北だろう。それだけで寒々として、辛気臭いよな。もっとパーッと明るい話題はないのかよ」

「ですから、埋蔵金があるでしょう。埋蔵金発見ツアーに参加してきますから、明るい話題にしますって」

「そろそろ、新規の話題も必要だと思っていたところだからな・・・。もし内容が面白かったら、次号は隠れキリシタン特集でいってみるか。でも、スズちゃんの分の旅費までは面倒みれないよ」

「私は自費で行くので、お休みさえいただければ結構です。しばらく実家に帰っていないので、里帰りを兼ねますから。故郷の黒鷹町が『ユニコーン』でデビューするのに、私が参加しない手はないですからね」

「まだ記事にするかどうか決まっていないんだから」とぼくが言うと、滝山は慌てた。

「おい、おい。出張するんだから絶対に記事にしろよ。難しい学術的な話はどうでもいいからな。いつものように、馬鹿げてても良いから、読者の興味をそそるような面白い記事や写真をお願いな」

「はい、それはわかっています。ですが、スズちゃんの出張費もなんとか工面してくださいよ。かわいそうでしょう」

「わかった、わかったよ。スズちゃんにも記事を書いてもらうことで、出張費を出そう。それにスズちゃんには、インスタやフェイスブックで今回の取材を発信してもらって、それを次号の予告に使おうかな」

「任せてください。良い写真を撮って、SNSで発信します。それに記事も面白いのを書きますから」

「スズちゃんのデビュー戦だ。気張りなよ」

「はい」

 早速スズはパソコンに向かって、「隠れキリシタン」を入力し検索し始めた。スズはいつも以上に張り切っている。


     つづく

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