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みちのく転び切支丹  作者: 美祢林太郎
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38 国際田園都市

38 国際田園都市


 ゴールデンウィークの5月4日が「第二回 黒鷹町切支丹埋蔵金ツアー」にあたる日だった。この日は博物館の運動場に二千人近くの人が集まって、朝6時から町長の挨拶でセレモニーが始まり、黒鷹町議会議長、警察署長の挨拶が続いた。

 ゴールデンウィークともあって、町外の参加者が千人近くも集まった。集合時間が朝早いので、遠路からの人たちは前泊する必要があった。黒鷹町内で一日に宿泊できる能力は百人止まりなので、多くの人は比較的交通の便の良い山形市や南陽市のホテルに泊まったらしい。山形市内に宿泊した参加者のために、黒鷹町は山形駅東口のバス乗り場から臨時バスを出した。南陽に泊った人たちは、赤湯駅からフラワー長井線の臨時電車に乗ってやってきた。フラワー長井線は久々に満員となって、鉄道関係者は「みちのくプロレス」以来だと大喜びだった。他にも、キャンピングカーやテントでキャンプする参加者のために、黒鷹町立スキー場の駐車場や施設を開放した。これまで黒鷹町にこれほどの観光客が来たことはないから、役場あげての大事業となった。

 耳慣れない言葉が飛び交っている。英語の他に、ドイツ語やイタリア語、ポルトガル語、中国語、韓国語、タイ語やマレー語が聞こえる、らしい。黒鷹町が一挙に国際都市、いや、どさくさ紛れとは言え、人口1万人の黒鷹町を都市と呼ぶのは言い過ぎだ。では、田園都市はどうだろうか? 田舎をガーデンシティと呼ぶのを聞いたことがあるぞ。国際田園都市。良い響きではないか。この言葉だけで、黒鷹町が随分上品になったような気がしてくる。それにしても、ここに集まった外国人は、いったいどこでこのイベントの情報を入手したのだろうか?

 インバウンドは見学型から体験型に移行していると聞いてはいるが、これだけの外国人を見せつけられると、なるほどと納得させられてしまう。しかし、ヨーロッパ系の人たちは楽しそうにはしゃいでいるが、アジア系の人たちの中には、目が血走って余裕がない人がいる。かれらは、埋蔵金を発見して、大金持ちになることを夢みているのだろうか。夢を壊して悪いが、それは無理だ。

今回参加した連中の中でどれくらいの人が『ユニコーン』を読んでくれたのだろう。調査したいが、その手段がない。歩いている途中に、参加者に聞いてみることにしよう。

 だけど、二千人もの人が前回の埋蔵金ツアーの細い山道に入れるわけがない。途中で9割の人が脱落すると計算しても、あとの1割、つまり100人が進めるような道幅はない。いったいどうするのだろう。二千人もの人が入ったら、事故が起こっても不思議ではない。途中、沢をロープを伝って渡る危険な場所もあったよな。このことを佐和山さんに尋ねると、驚くことに彼は「今回は、コースを文枝山に変更しました」とさらりと言ってのけた。

「文枝山と言ったら、あの山百合集落ですよね」

「そうです。山百合集落です」

「もう、山百合集落はないんですよ」

「そこがまた神秘的でいいでしょう。まだ、みんなは山百合集落が忽然となくなったことは知っていませんから。みんなこのことを知ったら驚きますよ。今日の目標地点は、山百合集落を抜けて文枝山の山頂ということにしています」

「でも、前回の場所と違ったら、みんな埋蔵金について疑問に思わないのですかね」

「大丈夫です。すでに、前回の場所は埋蔵金が発見されなかったので、今回はより有力な候補地として、山百合集落ゆかりの地を探索する、と説明してあります。みんな張り切っていますよ。それにですね、参加者のかなりの方が『ユニコーン』を読んでいて、あの天草四郎と12人衆が住んでいた山百合集落に行けるのを楽しみにしています。『ユニコーン』の反響は予想以上のものでした。稲村さんと高野さんには本当に感謝しています」

「でも、山百合集落には埋蔵金の話はありませんでしたよ」

「『ユニコーン』誌上で、埋蔵金と天草四郎伝説をうまくリンクして書かれてあったじゃないですか。だから山百合集落の周辺にあっても、なんら不思議ではないのですよ。丁度、山百合集落の人たちがいなくなって好都合でした。もし今も住んでいたら、これだけの人が入り込むのに絶対難色を示したでしょうからね」

「でも、ここから山百合集落まで随分遠いじゃないですか。一日歩いても着かないですよ」

「そこは大丈夫です。この日のために50台の大型バスを手配していますから。バスで文枝山の麓まで送迎して、そこから歩いてもらいます。体力のない人は、途中で脱落するでしょうけど、それは前回と同じことですから。山百合集落に着いたら休憩をとって、文枝山の山頂を目指す予定です。今回はその山頂付近に埋蔵金があることになっています」

「そうですか。今回はボランティアの人数も多いですね」

「なんてったって、二千人ですからね。町長も張り切っていますよ」

「あそこで、大きな幟旗を持っている集団は何ですか」

「ちょっと前にわかったのですが、あれは山形市に拠点を置く新興宗教の団体です。団体ではなく各自がばらばらに応募してきたので、宗教団体が参加するなんて思ってもみませんでした」

「あの連中、他の人たちを勧誘しているんじゃないですか? 周りの人が、嫌そうな顔をしているじゃあないですか」

「ここで布教活動や勧誘は禁止と言っているんですが、もう制御できませんね。早くバスに乗せて山を歩かせれば、連中は日頃お祈りばかりして運動をしていないので体力がないでしょうから、すぐにへたっておとなしくなってしまいますよ。よし、順番にバスに乗せていきましょう」

「えっ、あれ、昨夜最上川の橋の上で会った森さんじゃないですか? 彼女も布教活動しているのですかね。周囲の人たちと仲良く話していますよ」

「友達と話しているんじゃないですか。あの宗教団体とは関係なさそうですよ」

「そうですね。それじゃあ、我々もバスに乗りますか」

 文枝山の麓にバスが着いた。ここからは車の入山を禁止していた。着いたバスから、ボランティアが先頭を切って、参加者を引き連れて山道を歩き始めた。車が通れるほどの道幅があるので、大勢が横になって登っても心配はない。だが、山百合集落までは歩くと3時間はたっぷりかかりそうだ。脱落した人は、自力で下山してもらうことになっているそうだが、どうしても歩けない人はマイクロバスで下ることになっている。

 今回もスコップやツルハシ、はては金属探知機らしき道具を持参してきた人たちがいて、そうした人たちはきっと早々に脱落することだろう。

 11時までに山百合集落に到着したのは、わずか百人程度だった。11時までに到着しなかった人は、棄権とみなされた。一人五千円も参加費をとっている割に、厳しい対応だ。だが、この厳しさが参加者に喜ばれているようだ。時間制限があるところは、まるで市民マラソン大会のように思える。

 山百合集落に着いて、みんなは昼食となった。佐和山さんがこの冬の間に「山百合集落」が忽然と消えたことを話すと、みんなから「おお」という驚きの声が上がった。外国人の「アンビリーバブル」という声も聞こえた。誰か通訳をしているのだろうか。百人の中には、白人やアジア人が十数人いた。その中には、運動場で見た血走った目のアジア人もいた。予想に反して、新興宗教団体のメンバーも十数名残っていた。森さんの顔が見えた。森さんは周りの人たちに積極的に話しかけていた。ぼくたちは森さんに近づいて行った。

「森さんもこのツアーに参加されたのですね」

「ええ、折角黒鷹町に来たので、ツアーに参加させていただきました」

「その手に持っているチラシは何ですか」

「これですか。これは「心霊スポット」の写真です」

「一枚いただけますか」

「よろしかったら、どうぞ」

 チラシには闇の中に人影らしきものが浮かんでいる写真や、墓場らしきところに火の玉が飛んでいる写真があった。

「この写真は森さんが撮られたものですか」

「ええ」

「昨夜に撮影されたものはないのですか」

「この写真がそうですが」

 そこには最上川に人らしきものが流れている写真があった。人に見えるのは流木なのだろうか?

「昨夜に撮られた写真をチラシに入れられるなんて、仕事が早いですね」

「せっかくたくさんの人が集まるというので、急いで昨晩チラシを作ったんです。コンビニでコピーすれば簡単ですよ」

「我々と別れた後に作られたのでしょう。凄いですね。この隅に書かれている、「心霊スポット研究会」というのは何ですか。電話番号も書かれていますね」

「ああ、これは私が所属している研究会です。興味がある人がいたら連絡貰えればいいかな、と思っています」

「今度、うちの『ユニコーン』にも心霊写真を送ってくださいよ。うちの読者、こういうの好きな人が多いんですよ。スズちゃんが撮影しても幽霊や火の玉は全然写っていないんですから」

「あれだけ「生埋めの地」や「処刑場」を写したんですけど、何度見直しても幽霊のゆの字も浮かんできませんでした。私には霊は向いていないんですかね」

「そんなことはありませんよ。あっ、そろそろ登り始める時間じゃないですか」

 みんなは山頂目指して登る準備を始めた。


   つづく

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