33 編集会議
33 編集会議
四月のある日、いつものように何の予告もなく『ユニコーン』の編集会議が始まった。
「それにしても、新年号の特集『みちのく隠れ切支丹の謎』は大好評だったね。久々に完売だったものね」と編集長の滝山さんが嬉しそうに言った。
「それじゃあ、七月号は隠れ切支丹の続編を出しましょうよ。四月号の『こうすればあなたも宇宙人と遭遇できる』は、今一つぱっとしませんでしたからね。宇宙人ネタで本を売るのは難しくなってきたんじゃないですか? マンネリですよ」とずけずけとスズちゃんが言った。
「そのマンネリが大切なんじゃないか。宇宙人には鉄板の読者がいるからね」と滝山さんが言った。
「そんなこと言っているから、部数が伸びないんですよ。チャレンジが大事ですよ。時代は隠れ切支丹ですよ。テレビの深夜番組で我が社の隠れ切支丹の記事が扱われていましたよ」とスズちゃんの鼻息は荒い。
「あっ、それ、おれも見た。山形の天草四郎伝説と言って、山形を旅行する番組で扱われていたやつだろう」と社長の内田さんが口をはさんだ。
「そうです。山形の天草四郎伝説は『ユニコーン』で初めて取り上げたわけですからね。それをあのレポーターが昔から山形に伝わっているかのように話していましたからね」
「目くじらを立てなくても、『ユニコーン』が読まれている証拠だから、目出度いじゃないか」とぼくがフォローした。
「あの番組は黒鷹町の地域おこし協力隊の佐和山さんが協力したみたいです」とスズちゃんが言った。
「佐和山さんだって『ユニコーン』の我々の記事を呼んだんだろう。佐和山さんとは持ちつ持たれつだよ」と滝山さんが言った。
「とにかく、次号は黒鷹の隠れ切支丹でいきましょうよ」
「まあ、そう急ぐなって。うちの雑誌から宇宙人ネタを外すわけにはいかないだろう。宇宙人にももっと斬新な切り口が必要なんだけどな」と滝山さんがぼやいた。
「斬新な切り口って何ですか」とスズちゃんが喧嘩腰に言った。
「今回の『こうすればあなたも宇宙人と遭遇できる』は、斬新だと思ったんだけどな。ヒットしなかったな」
「こうしても宇宙人と遭遇できなければ意味がないですよ。言われた通りにしたら宇宙人に会えました、という読者が数人でも出てくれればよかったのですけどね。今のところ誰もいませんからね」。スズちゃんももう少し優しく言えばいいのに。
「宇宙人と会える方法は、誰が考えたんだっけ」と滝山さんが訊いた。
「UFO研究所の三神さんです」とぼくが答えた。
「そりゃあ、駄目だ。彼は一度も宇宙人に会ったことがないんだろう」
「そうですけど、それを言ったら、宇宙人に会ったことがある人はいませんよ」
「読者が冷めてんじゃないの? 普通は一人くらいお調子者がいて、「記事を読んで、その通りにしたら宇宙人に会えました」と大騒ぎするでしょう。そんな奴、一人も出てこなかったの?」
「お調子者は、自分でユーチューブに載せて、目立っていますよ。昔のように、『ユニコーン』に情報を寄せてくる奴なんか一人もいないですよ。昔は『ユニコーン』の一人勝ちだったのですけどね」
「まあ、しょうがないだろう。ところで、七月号の特集は何で行くんだっけ」
「超能力でしょう。超能力」
「ここは変更して、イケイケのうちに隠れ切支丹で押した方がいいんじゃないですか? でないと、読者に隠れ切支丹のことを忘れられてしまいますよ。読者、忘れるのが早いですから。今のうちに隠れ切支丹のブームを作っておきましょうよ」とスズちゃんは懸命だった。
「でも、四月号で次号は超能力って予告しておいたからな。変更したら、楽しみにしている読者からたくさんクレームが来るぞ」と滝山さんが心配そうに言った。
「一部の読者だけですよ。超能力は十月号に総力取材をして大特集を組むことになった、と言い訳すれば、すぐに事態は収拾しますよ」
「では、七月号は隠れ切支丹で行くことに賛成の人は挙手してください」と滝山さんが言うと、全員とは言っても、社長とアルバイトを含めた5人が手を挙げた。
「では、隠れ切支丹に決定ということで。スズちゃんはどのような企画があるのかな?」
「拷問を深堀りします。前回、穴吊りの刑や人間つらら逆さ吊りの刑など、拷問を詳しく図解したのは評判を呼びましたからね」
「人間つらら逆さ吊りの刑という拷問技は、歴史上どこにもないだろう。スズちゃんの創作じゃないか」
「だから、きちんと横に創作したと書いておきましたよ。見落としたんじゃないんですか?」
「まあいいか。拷問の図解は好評だったからな」
「次回は、拷問技のコンテストをしようと考えているんです」
「何だ、そりゃあ」
「読者が考えた新しい拷問技の紙上コンテストですよ。これ絶対に受けると思いますよ」
「若い者は斬新なことを考えるね。SMショーにならない程度で、スズちゃんの好きに進めていいから。SMになったら別の雑誌になっちゃうからね」
「了解しました。前回に、黒鷹町で拷問体験ツアーを始めるかもしれないと書いておいたので、町役場に問い合わせが多かったようです。次回は、誰かに拷問を経験してもらって、その体験談を載せることにします」
「拷問は誰が受けるの?」
「誰か好きな人がいると思いますよ」とスズちゃんはぼくの方を見て言った。
「ぼくはやらないよ」
「いざとなったら、私が拷問を受けますから、心配いりません。記者の体験レポートもなかなか面白いでしょう」
「まさか、スズちゃんはそっちのけがあるんじゃないだろうね」
「ありませんよ」
「まあ、人それぞれの趣味だから、あっても文句はないけどね」
「ありませんったら」
「くれぐれも事故のないようにしてね。あらかじめ断っておくけど、怪我しても労災はおりませんからね。それに、今回は拷問のイラストはあまりリアルでおどろおどろしいものではなく、コミカルなものにしようね。笑えるくらいの方がいいからね。前回の拷問のイラストはあまりにリアル過ぎて、怖かったからね。一部の趣味人に受けるだけでなく、SMに興味のない一般読者にも受けるようにね」
「わかりました。ポップな漫画家に頼みます」
「他の企画は?」
「転び切支丹の里の天草四郎と12人衆のことは、前回担当したジンさんに任せることにして、私は「切支丹生埋めの地」の心霊スポットを特集したいと考えています。佐和山さんによると、冬にもかかわらず、『ユニコーン』の影響で、全国から心霊スポットファンが黒鷹町にたくさん押し寄せているらしいんです。SNSに黒鷹町で撮影した火の玉や幽霊の写真を載せている人も多いので、その人たちに会って、インタビューをして写真を借りようと思っているのです。できれば、天草四郎の幽霊が写っていれば最高なのですけどね」
「だけど、天草四郎は「生埋めの地」で死んだわけじゃあないんだろう」
「でも、やっぱり天草四郎はブランドですから。他の名もない人の幽霊じゃあ、他の心霊スポットと変わりがなくって、面白くないですからね。でも、天草四郎を知っている人は誰もいないので、それらしい幽霊を天草四郎に仕立てることもできますね。そこのところ、柔軟に考えてみます。
今のところ心霊スポットは、「生埋めの地」以外に、「ゴルゴダの丘」、それに最上川の赤い橋の3つです」
「本当に火の玉や幽霊は出ているんだろうね」
「これが、『ユニコーン』に載せて以来、相当出ているらしいんですよ。心霊スポットの近くに住む人たちが、最近火の玉の数が増えたと言っているそうなんですよ。霊も注目を浴びると張り切るんですかね。
それから、今回は霊媒師に頼んで、天草四郎の霊を呼んでみようかと考えているんです。山形には青森の「イタコ」のような「オナカマ」と呼ばれる口よせがいますから、実現可能だと思います」
「それは面白そうだな。こうした情報を持っているのは、さすがに山形出身のスズちゃんだな」
「それから、前号で意外と注目を集めたのがジュリアーノ神父でした」
「そうらしいな。信者や天草四郎を裏切ったジュリアーノに人気が出るとは予想外だったな」
「私もでした。やっぱり、現代の物語にはダークヒーローが必要なんですね。時代はダークヒーローを必要としているんですよ」
「スズちゃんのジュリアーノの書き方がよかったよね。美男子だけど、女好きで、出世欲が強くって、権力におもねって、神父なのに俗世にまみれているゲス男だったよな」
「次号は、ジュリアーノのイラストも載せてみようと思います。もしかすると、天草四郎を超えて、ジュリアーノの方が人気者になるかもしれません」
「おお、いいね。『ユニコーン』に足らなかったのは、こうしたダークヒーローかもしれないね。天草四郎というヒーローとジュリアーノというダークヒーローの対決なんかどうかね。漫画やアニメとコラボしても面白そうだね。商機が膨らんで来たぞ。スズちゃん、ジュリアーノの件は任せるからね。どんどんやってね。スズちゃんは、拷問、心霊スポット、ジュリアーノの三本柱ね」
「はい」
「ジンさんの方はどうなの?」
「天草四郎と12人衆を更に深堀りしていきたいと考えています。ダ・ヴィンチの『最後の晩餐』に似せて、天草四郎を中心に12人衆を左右に配置した『最後の晩餐』のイラストを入れたいと思います。絵画の背景は、黒鷹町が燃えている光景にします。そしてそこで彼らが話している会話を載せようかと考えているのです」
「どんな会話をしているんだ」
「そこのところは、山百合の人たちに訊いてみます」
「『最後の晩餐』ね。視覚に訴えるのね。いいじゃない。カラーで行こうね。イラストを描いてくれる人に心当たりはいるの?」
「芸大の学生に心当たりがいます」
「学生だったら、安く頼めるからいいね」
「今回のハイライトは、天草四郎の子孫の黒鷹さんを見つけて、インタビューをとりたいと思っています」
「ほう、それはいいけど、黒鷹さんとはコンタクトがとれているの?」
「いや、それがまだなのですが、前回の記事の中で「山百合集落の人たちが黒鷹さんに会いたがっているので、よろしかったら本社にご一報をください」と書いておきましたので、二三連絡が入ったのですが、いずれも黒鷹さんを名乗る偽物でした。これからの情報待ちですね。もし、これが駄目な場合は、スズちゃんが口よせでジュリアーノの霊を呼ぶそうなので、私も口よせで天草四郎の霊を呼んで話を聞こうと思っているんです」
「それいいじゃない。黒鷹さんが見つかってインタビューがとれても、天草四郎の霊を呼ぶのは絶対にやろうよ。これ、面白いよ。きっと読者が喜ぶよ。うちの雑誌は、読者ファーストだからね。ジュリアーノと天草四郎の対談なんかもいいかもしれないね。天草四郎にジュリアーノに対する恨み辛みを吐き出してもらおうよ。でも、ジュリアーノは日本語が話せるの? ポルトガル語だったら、通訳が必要だよ」
「片言の日本語ならなんとかいけるんじゃないですかね。そもそも、口よせがポルトガル語を話せるとも思えませんし」
「そりゃあ、そうだな。ここらで色気が欲しいな。天草四郎と地元の女性との悲恋物語なんかいいんだけど。なんとかならない、ジンちゃん」
「そうですね。なんとかしてみますか。悲恋物語じゃなくても、天草四郎には子供がいるのですから、地元の女性と結婚したはずですよ」
「それ行こう。山百合集落に口伝で伝わっているんじゃないの? もし、黒鷹さんに出会えたら、天草四郎の奥さんのこと、詳しく訊いておいてね」
「わかりました」
「他に何か企画はないの? 埋蔵金の話はどうなったの?」
「あっ、それはスズちゃんが担当しました」
「埋蔵金ツアーの二回目を雪が解けた五月の連休にするらしいんですけど、ほとんどピクニックみたいなもので、神秘的なところがまったくないんですよね」とスズちゃんは興味なさそうに話した。
「そこをうまく書くのが腕のみせどころでしょう。自分の好きなことだけ書いてちゃあ、一人前の記者になれないよ。埋蔵金の話も読者には受けたんでしょう」
「そこそこですかね。徳川や武田信玄の埋蔵金ネタには、読者も食傷気味でしたからね。山形の埋蔵金の話は目新しかったんですよ。でも、天草四郎が黒鷹に財宝を運び込んだとは思えませんけどね。どう見ても、あれはインチキですよ」
「インチキという言葉は、『ユニコーン』には御法度でしょ。地元に埋蔵金の話が伝わって、読者にも受けているのですから、話を膨らませなくちゃあ。じゃあ、埋蔵金の続報はジンちゃんに任せよう。ジンちゃん、なんとか話を膨らませてよ」
「わかりました。なんとかしましょう。あっ、電話が入りました。
えっ、どうしたんですか。・・・・・・・・・・・・・でわからないのですか。・・・・・・・・・・・・・・こちらから、後で連絡しますね」
「誰からの電話なの」
「黒鷹町の佐和山さんからです」
「で、何だって」
「それが四月になって、今年は早く雪が解けたので、山百合集落に行ってみたそうなのです。すると、集落がなくなっていたそうなのです」
「集落がないということは、建物が雪で倒壊したということなのかな?」
「雪で倒壊したかどうかはわかりませんが、きれいさっぱり建物がなくなっていたそうなんです」
「ということは、12人衆もいなくなっているということなの?」
「そうらしいですね」
「またミステリーだね」
「それで12人衆の居場所はわかるの?」
「今から心当たりのところをあたってみると、佐和山さんが言っていました」
「面白くなってきたんじゃない。転び切支丹の里の謎が深まるってところだね。ジンさんとスズちゃん、近日中に黒鷹に飛んで取材してきてよ。次号もヒット間違いなしだね」
つづく




