2 一杯飲み屋
2 一杯飲み屋
UFOを見たと三神から連絡が入った。そこでいつもの飲み屋で待ち合わせをして、取材することにした。ぼくが飲み屋に到着するとすでに三神は来ていて、レバーの焼き鳥を食べながら生ビールを飲んでいた。ぼくの顔を見るなり、慌てて生ビールを飲み干し、新たにぼくの分と合わせて生ビールを注文し、二人で軽く乾杯した。彼が焼き鳥の盛り合わせを2人前注文し、手羽先も注文していいか、とぼくに訊いてきたので、「それは駄目です」、と断った。みみっちいようだが、この不景気な時分、会社の取材経費も限られているし、三神が調子に乗ったらどんどん高い物を注文してくるのがこれまでの経験上、目に見えているからだ。ぼくは初めて彼と呑んだ時にそのたかりの根性に驚いて、二回目からは甘い顔をするのを止めた。二回目の時に、ぼくの許可がなければかれの自腹であることをはっきりと申し渡した。それ以来、自腹を切るのが嫌な三神は、いちいちぼくに断って注文するようになった。
三神は髪がぼさぼさで汚いジャージを着て、前歯が抜けているので、一見すると初老のホームレスに見えなくもない。だが、実際の彼の年齢は40歳半ばといったところだ。荒唐無稽な話の中で、彼の深い教養が伺えるところが散見する。彼が言うには、早稲田大学の文学部を中退したらしいが、それが本当かどうかの確証はない。だが、それぐらいの学歴があっても不思議ではないと思わせるほどの知性と知識を、話の中にさりげなく滲み出すことは確かだ。
三神は金に困るとぼくのところに電話をかけてくる。三年前は、戸隠山で宇宙人に会ったと言ってきた。一年前には渋谷の交差点で突然何人もの宇宙人に取り囲まれて話しかけられた、と言ってきた。そして今回がUFOだ。三神の話はすべてでっち上げであり、その場の思い付きであることは、ぼくも重々承知している。
三神は名刺に「UFO研究所 所長 三神作造」と刷っているが、いかがわしいことこの上ない。研究所と名乗っているが、その研究所にはぼくも行ったことがあるが、何のことはない彼の住むぼろアパートの部屋だし、所員は彼一人しかいない。
三神という名字だって、本当かどうかわかったものではない。たとえ、「みかみ」という呼び方が本当だとしても、彼の人相からして神がつくわけがなく、一般的な「三上」程度が関の山だろう。もし三神が本当だとしたならば、その神はきっと貧乏神だろう。まあ、名刺に刷ってある名前は芸名みたいなものだから、目くじらを立ててもしょうがないので、あえてこのことを三神に問い質したことはない。
三神のことをいかがわしいと言ったが、傍から見ると、それを真顔で取材するぼくの方が、身なりは別として、彼と同等か、はたまたそれ以上に胡散臭いはずだ。自己弁護するわけではないが、正確には、ぼくが胡散臭い人間なのではなく、ぼくが勤めている会社がいかがわしいのだ。このことだけは自信を持って断言できるし、うちの会社がいかがわしさを売り物にしていることは、その筋では有名である。
ぼくが勤めている会社は『大学館出版』といい、名前は立派であるし、出版社としてそれらしい名前であることは間違いない。出版物は年に四回発行している雑誌『ユニコーン』だけだ。社員は社長やバイトを入れて合計5人の超零細企業である。『ユニコーン』はUFOからネッシー、テレパシー、古代水中帝国、言葉を喋る馬、ヒバゴン、ツチノコ、雪男、雪女となんでもありの雑誌なのだ。この雑誌の隅から隅までどこを探しても常識は通用しないし、読んだからといってまともな知識が仕入れられるわけではない。ましてや健全な知性は育まれない。こんな雑誌でも自称10万部の発行部数を誇るそうだが、これは広告をとるためと、広告料を上げるための方便に過ぎない。まあ、部数の水増しは新聞社や大手出版社も当たり前にやっていることなので、後ろめたく感じることはないだろう。
誰も『ユニコーン』の記事にクレームをつける読者などいない。それでも、出版社に自分の体験談や感想をメールでよこしてきて、それが雑誌に掲載されないと、激怒して裁判に訴えると抗議のメールを寄越す読者がいることはいる。だが、そんな輩のメールは無視して構わない。
会社にとって、読者からのUFOやツチノコを見た、という連絡は大切である。我々の雑誌はそうした情報から成り立っているからだ。嘘八百でもいいのだ。「私は見た」という情報は、不思議大好きな人たちに歓迎される。実際は、そのほとんどすべてがでっち上げである。そればかりでなく、メールの文章もあまりに稚拙である。せめて、いつどこで何があったかがわかるように書いて欲しい。主語がはっきりしていなくて、自分が見たことのように思わせていた文章が、知らないうちに、途中から他人からの伝聞に変わっていることがままある。それでも内容にオリジナリティがあって、ぶっとんでればいいのだが、そんなのは稀有だ。ほとんどがその筋ではよくある話のコピーなのである。
編集長のタキさんは、いつも「新しい都市伝説を創り出すんだ」と息巻いている。ぼくにはそんな大それた志はどこにもない。まことしやかな記事が書ければそれでいいだけだ。ぼくは、荒唐無稽な話をそれらしく見せて、ぎすぎすした世の中を少し和らげることができればいいと思っている。それでも、ぼくが書く記事はわりと読者に好評である。
三神の話は今回も嘘八百であることは、会う前からわかっていた。彼はUFOを見てはいない。ただ酒と三千円の謝礼をたかりに来ているだけだ。ぼくは彼に初めて会った時は、彼の話を真剣にメモしたが、今はそんな無駄なことはしない。
彼とは慣れ合いになったようで、最近は会ってもUFOの話が出たりはしない。とりとめもない世間話をするだけだ。それでも彼と会うのは、UFOを見たという三神の顔写真とUFO研究所の所長という肩書を雑誌に堂々と掲載できる点にある。不思議な話を寄せてくるほとんど全員が、厚かましくも、雑誌に掲載するときは、自分の顔写真は出さずに、名前も伏せてくれと頼んで来る。自己顕示欲の強い奴らなのに、気は小さい。雑誌に載せる全員が匿名では、記事にまことしやかさがなくなる。そこで、三神のような顔写真を堂々と乗せることができ、自称であったとしても「UFO研究所 所長」と、肩書をそれらしく名乗っているような人間は重宝なのである。
彼はこの肩書でテレビに出演したこともある。この業界では誰もが彼のことを知っている。表や裏でどんな悪口を言われようが、彼は気にしていない。そんな図太い神経を彼は持っている。
三神は子供の頃からUFOが好きで、いわゆるUFOおたくなので、UFOの歴史についてはとても詳しい。科学技術についてはとんと疎いが、UFOの文化史については日本の第一人者と言っても過言ではないだろう。そこはぼくも認めている。でも、残念なことは、彼自身がUFOを見たことがない点にある。もちろん宇宙人に会ったこともない。彼はこのことを内心恥じていたので、ある時から嘘をつき始めた。UFOの写真もいくつかでっち上げた。それでも彼は最近になると昔ついた嘘を、自身で信じ始めたきらいがある。以前はどこか後ろめたそうに話していたのに、最近では過去についた嘘が事実であるかのように、彼の口から自信満々に語られるようになったのだ。まあ、その方が記事を書きやすいので、このことで三神を問い詰めたことはない。持ちつ持たれつだ。
彼は身を乗り出して、「最近、ユーチューバーになりました」と言った。彼によると、UFOの話題や写真を発信して、それなりに人気があるらしい。何のことはない、今回はぼくにユーチューバーになったことを自慢したかったようだ。この半年、ユーチューバーとして根を詰めて仕事をしてきたようだ。このホームレスのような三神にコンピュータを買う資金があったことと、それを駆使してユーチューブができることにぼくは驚いた。カップラーメンのゴミが散乱したあのボロアパートの一室で、動画を制作し発信している、と想像したらおかしくなったが、笑わなかった。
スマホを開いて、彼のユーチューブの動画を見せてくれた。オープニングにリヒャルト・シュトラウス作曲の『ツァラトゥストラはかく語りき』の交響詩が流れ、荘厳なイメージを演出していた。三神もなかなかやるもんだ。
「ジンちゃんの会社でもユーチューブを始めたらいいのに」と言った。そう言えば、編集長のタキさんの話によると、社長の内田さんがうちの会社でも近々ユーチューブなどのSNSを始めると言っているらしい。だから、ぼくたち社員にも勉強しておくように言っていたが、文章を書くだけのアナログ人間の社員たちは、あいまいな返事をして、のらりくらりと逃げ回っている。そもそも内田さんやタキさんだってSNSをやっていないのだから、社員に強く言えるわけがない。それでも、時流だから、会社が潰れないためには、そろそろSNSをすることを考えなくてはいけないのかもしれない。
三神はチャンネルの登録者数が5万人を超えていると自慢した。ユーチューブの業界で5万人が多いのか少ないのか、ぼくにはわからない。三神はユーチューブを通してUFOの普及や啓蒙にも貢献しているし、ひいては『ユニコーン』の発行部数にも良い結果をもたらしているはずだ、と鼻の穴を広げて自慢した。
チャンネルの登録者数を伸ばすためには、他のチャンネルとコラボするのが有効で、トレンドになっている、と教えてくれた。彼もいくつかのチャンネルとコラボをしているらしい。その中には「幽霊」をテーマとするチャンネルがあって、そのユーチューバーと対談して、幽霊の宇宙人説で盛り上がったらしい。三神が楽しそうに話をするので、次回はUFOよりもその「幽霊宇宙人説」で特集を組んだ方が当たるのではないかと思えるほどだった。彼らがどんな話をしたのか詳しいところはわからないが、すべての幽霊が宇宙人である、というのは面白おかしく話が膨らむのではないかと思えた。ぼくは三神に手羽先を頼んでもいい、と許可した。三神は手羽先に加えて、魚介サラダともつ煮とビールの大も注文した。
「そう言えば、最近コラボしないかって誘われているのが、『北の隠れキリシタン』というチャンネルからなんですよ」と三神は話し始めた。
「なんですか、その『北の隠れキリシタン』というのは」
「『隠れキリシタン』はご存じですよね」
「ええ、江戸時代に禁止になったキリスト教を九州の方で密かに信じていた人たちでしょう」
「それが東北にもいたそうなんですよ」
「えっ、そうなんですか。それは知りませんでした。でも隠れキリシタンは歴史物でしょう。うちで扱うような分野ではないと思うのですが。どうしてUFOの所長である三神さんとコラボをしようと思ったのでしょうか?」
「異分野とのコラボが当たると面白いんですよ。おそらく『北の隠れキリシタン』のチャンネルは、町おこしの一環として始めているようなんですよ。登録者と「いいね」さえ増えれば、どことでも組みますからね。それで人気のある私のチャンネルとコラボをしたいと思ったんじゃないんですかね」
「隠れキリシタン宇宙人説というんじゃないでしょうね」
「なんでもかんでも宇宙人にされてはたまりませんよ。ここは、神様は宇宙人だったというくらいにしてもらわないと。興味湧きました?」
「湧きませんね。よくある話じゃないですか」
「ジンちゃん、頭が固いね。もっと柔軟でないと。従来の不思議大好きだけに閉じ籠っていたら、世界が狭くなりますよ」
「今でも十分に世界は広いと思いますけどね。それよりも幽霊宇宙人説の方で行きましょうよ。具体的な事例を挙げて、あとから報告頂戴よ」
「ジンちゃんも、面白おかしく書いてよ。ジンちゃん、なかなか文才あるからさ。ビールもう一杯いいかな。ジンちゃんもどう?」
「ぼくは家で食事するから、これくらいにしておきますよ」
「美人の奥さんが待ってて、いいね」
「うちの奥さんに会ったことないでしょう?」
「そうだね」
「調子いいんだから。あっ、忘れないうちに渡しておきますけど、これ今回の謝礼です」と三神に三千円が入った封筒を渡した。
つづく




