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みちのく転び切支丹  作者: 美祢林太郎
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26 鶴吉の子孫

26 鶴吉の子孫


 子門さんが熱を帯びて話を続けているところに、一人の老人が集会所に入って来た。

「おや、お客さんか。外まで子門さんの声が聞こえてきたから、誰と話しているんだろうと思って入ってきたんだ」と言いながら、子門さんの横にあるパイプ椅子に座った。

「おお、丁度良かった。今、この人たちにこの集落の歴史について話していたところなんだ。

 この人が、「かごめかごめ」の中で、わしの先祖と一緒に歌われている鶴吉の子孫の又井さんです」

「「鶴と亀が滑った」の鶴の方の又井です」とひょうきんに言った。

ぼくとスズちゃんは名刺を出して自己紹介をした。

「ほう、「転び切支丹の里」の特集を組まれるんですか」

「ここの里だけでなく、黒鷹町全体の切支丹伝説の特集を組みたいと考えていまして、子門さんに話を伺っていたところです」

「子門さんは、郷土史の専門家ですからね。適任ですよ。昔は、中学校の歴史の先生だったのですよ」

「そうだったのですか」とスズちゃんは言った。たしかに、二人が現役だった昭和の時代には、すでにマタギを専業にして食っていくことはできなかっただろうから、町で何かしらの仕事についていたはずだ。ぼくは、子門さんの話を聞いているうちに、江戸時代にタイムスリップしていたようで、頭の中から現実感がしばらくの間どこかに飛んでいたようだ。

「どこまで話を聞かれましたか?」と又井さんが尋ねた。

「天草四郎と12人の使徒が黒鷹に来て布教し、たくさんの切支丹が誕生し、全国から迫害を逃れて来た切支丹が黒鷹に集まって、黒鷹が巨大な宗教都市となって繁栄したのですが、それも束の間、藩の裏切りによって、街は業火に見舞われ、天草四郎と12人の使徒がここ山百合の地まで逃れて来たというところまでです」とぼくが簡単に説明した。

「アホな天草四郎の物語ですか」と我々が思ってもみなかった言葉が、又井さんの口から出てきた。スズちゃんが慌てて、「アホ? 天草四郎様がアホ? それってどういうことですか?」と訊き直した。

「だってそうでしょ。幕府から禁教令が出て、全国で切支丹が迫害されているというのに、黒鷹で「神の国」が実現できると思う方がおかしいでしょ。アホ以外の何物でもないでしょう」

「天草四郎様をアホ・・・・・・・・・・・・・・」とスズちゃんが又井さんに聞こえないほどの小さな声で呟いた。

「でも、それは今だから言えることであって・・・」と今度ははっきりとスズちゃんが言葉にした。

「私はそうは思いませんね。特に彼は島原の乱で幕府軍に完膚なきまでに負けたんでしょ。そこで3万人の切支丹が死にましたよね。全滅です。なぜその経験をその後の人生に活かせなかったのですか。それは人の良いボンボンだったからですよ。もし天草四郎が島原で死んでいたら、黒鷹で2万人もの死者が出なくてすんだはずです。これは間違いないことだと思いますけどね。アホというか能天気というか」

 子門さんの顔をちらっと見ると、彼はニコニコとして又井さんの話を聞いていた。スズちゃんは全身が怒りにプルプルと震えていた。

「天草四郎様を馬鹿にするのもいい加減にしてください。天草四郎様は、純粋に黒鷹の人々をお救いしようとなされたのではないですか?」と膝の上に置いた両こぶしをぐっと握りしめて、スズちゃんは怒りに耐えているようだった。

「確かに純粋と言えば純粋だったかもしれませんよ。そうですね、人一番純粋だったことは認めましょう。彼に打算はなかったでしょう。少なくとも現世の物欲や名誉欲はなかったと思います。でも純粋だったら何をしても許されるのですか? 純粋だったら、何万人もの人を死に追いやってもいいというのですか? それはあまりに身勝手でしょう。純粋の思い上がりです」

「でも、2万人の切支丹を殺したのは、天草四郎様ではありませんよ。殺したのは領主や幕府の手先ではないのですか。裁きを受けるのは彼らです」

「裁きですか、良い言葉ですね。それでも、天草四郎が無罪放免だとは思えませんね。彼こそが、大量殺戮の真の首謀者です。いや、彼がジュリアーノのように、藩主や幕府と共謀していたなんて言いませんよ。天草四郎はあなたの言う純粋さ、私の言う能天気さによって大量殺戮を引き起こしたのです。当時にしたって、少し考えれば、藩主や幕府がしばらくしたら牙を剥いて切支丹を弾圧することくらいわかっていたはずです。彼には前科があったのですからね。ですから、彼は自分が利用されていることくらいわかっていたはずです。少し考えればね。彼は自分のカリスマ性に酔っていたのですよ。自己陶酔ってやつですよ。彼は物心ついた頃からずっと自己陶酔しっぱなしだったのかもしれません」

「天草四郎様は、拷問される信徒の命を助けようとしたではありませんか? 信徒たちに転べと必死に説いて回ったではないですか。最後には神を呪って、川に身を投げたではないですか。天草四郎様は最後の最後まで民衆の側にいたのです。これは利己的な行いではなく、崇高な利他的な行為だったはずです」

「そんなの大間違いだね。彼は最初から最後まで民衆側にいたのではなく、徹頭徹尾自分に酔っていただけなんだ。そりゃあ、わしだって天草四郎のように容姿端麗で才能豊かで、弁が立ち、人を引き付けるカリスマ性があったなら、自己陶酔して生きていただろう。そういう意味では、天草四郎は自己陶酔できる選ばれし人間だと言ってもいいけどね。だけど、自己陶酔のために2万人の名もなき者たちが死んだんだぞ。天草四郎を美化するのもいい加減にしろって言いたいね」

 (又井さんも何かにとりつかれたように熱弁を振るっている)

「あなたが軽薄だという天草四郎様にあなたのご先祖は九州から黒鷹まで付いてこられたんでしょう。天草四郎様を冒涜することは、ご先祖の冒涜になるのではないですか?」

「わしは別に天草四郎を冒涜しているとは思わないけどね。客観的な評価をしているだけだ。誰でもこのくらい考えているんじゃないの。もちろん、天草四郎にくっついてきたわしの先祖についても冒涜しているとは思っていないよ。だけど、天草四郎がアホなら、それに金魚の糞のようにくっついてきた先祖は、もっとダメダメな奴だとは思うけどね。でも、ついてきたくなるほど天草四郎が魅力的だったんだろうね。人に惚れるのは理性じゃあないからな。わしも目の前に天草四郎みたいなカリスマが現れたら、ひょこひょことついていったかもしれないな。

 でも、天草四郎のお先棒を担いで信者を勧誘していった先祖の罪は免れないことは、間違いけどな。わしの先祖も罪深いことをしたものだよ。おとなしく原城で死んでいればよかったものを」

「亡くなられた天草四郎様やご先祖に唾を吐くようなことを言っていいのですか?」

「天草四郎や先祖を英雄視しろとでも言うのか? 死んでいった名もなき民衆は、永遠に救われることがないんだぞ」

「よしんば、天草四郎に大罪があったとして、この400年の歳月によって水に流そうというお考えはないのですか?」

「少なくとも、わしにはないね」

「それでは、天草四郎様をお守りしてここまで落ち延びて来たのは何だったのですか? ここ山百合集落に住むあなたたちが天草四郎様の12使徒の末裔だとするなら、天草四郎様の子孫はどうなったのでしょうか? 天草四郎様は一代で終わったのでしょうか?」

「いや、天草四郎の子孫も我々と一緒にずっとこの山百合集落で生活してきたよ」

「それでは、天草四郎様もあなた方の先祖と同じように転んだのですか?」

「本人が転びたくても、わしらが転ばすわけがなかった。わしらが転んだという記憶を永遠に残すためには、転ばない隠れキリシタンが必要だったのだ。それが天草四郎の血を引く者の宿命なのだ」


   つづく

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