20 切支丹埋蔵金ツアー
20 切支丹埋蔵金ツアー
運動場は埋蔵金ツアーの参加者でいっぱいだった。
「スズちゃん、ここの賑わっている写真も撮っておいてね」
「了解です」
「これだけ人が集まると壮観だね。いったい何人くらい集まっているのでしょう」とぼくは傍の佐和山さんに訊いた。
「受付で名前を書いて登録された方が700人くらいだといいますから、千人は下らないんじゃないですかね。仙台や東京からも参加されているそうです」と佐和山さんが晴れ舞台に立っているように、嬉々としていた。
「元々の定員は20名で、採択通知を出したのが50名ということではなかったのですか?」
「参加を断った人から役場を爆発する、という脅しのメールがいくつも届いたので、急遽昨日、当日来た人は特別に参加を認めることに変更しました。それでもあらかじめ告知しておかなかった特別参加費を一人三千円取ることにしたので、少しは参加者が減ったはずなのですが・・・」
「参加費無料から突然三千円を徴収することにしたら、みんな怒っているんじゃないんですか」
「大丈夫です。参加費を払った人には埋蔵金のありかを示す古地図のコピーと水のペットボトルを一本進呈します、と役場のウェブサイトに上げておきましたから、みんな喜んで三千円を払っています」
「それじゃあ、主催者の丸儲けじゃあありませんか」
「いえ、たいしたことはありませんよ。それ以外にも山岳会に払う謝礼などがありますからね」
そうこう話しているうちに6時を回り、穂刈さんの司会進行で開会式が始まった。まずは権田原町長の挨拶からだ。町長は朝礼台に上ってマイクの前に立った。
「みなさん、本日の黒鷹町切支丹埋蔵金ツアーに多数ご参加いただきありがとうございます。県外からも多数の方々が参加してくれているそうで、総勢千名を超える参加者に上るそうです。マスコミ関係者も多数来ております。是非ともみなさんの力によって、黒鷹町に眠る埋蔵金を探し当てていただきたいと願っています。では、くれぐれも安全に留意して、怪我のない楽しい一日をお過ごしください」
続いて、事務局からの諸注意ということで、佐和山さんが朝礼台の上に立った。
「みなさま方の日頃の行いがよっぽど良いとみえて、黒鷹町は日本晴れとなりました。絶好の埋蔵金探しの日でございます。町長のご挨拶にもありましたように、みなさまの力で埋蔵金を発見していただきたいと思います。お渡しした古い地図のコピーには、埋蔵金のありかを示す場所が載っています。ですが、あまりに大雑把です。私が責任を持って地図に描かれた埋蔵金のありかまでお連れいたしますので、みんなの力を合わせて埋蔵金を探し当てましょう」
ここで参加者一同から「うおおお」と地鳴りのするような雄叫びが上がった。
「なお、本日発見されました財宝は、あらかじめ参加要領に書いておきましたように、一旦博物館に預からせていただいて、学術調査を済ませた後、専門家に鑑定していただき、後日鑑定額の半額を町からお払いしたいと考えています。あしからずご了承の程を」
参加者から「全部、自分の物にならないのかよ」という不満の声がいたる所から上がったが、佐和山さんはそれを無視して話を続けた。
「本日は片道10キロメートルの道程です。途中から急な山道となり、沢を渡るところもありますが、サポーターとして黒鷹山岳会の方々がおりますので、安心してください。もし、途中で疲れて歩けなくなった場合は、棄権されても構いませんので、決して無理をなさらないでください。いざ出陣、「エイエイオー」」
佐和山さんに続いて全員がスコップやツルハシを持った手を掲げて、「エイエイオー」と気勢を上げた。どこかで法螺貝の鳴る音が聞こえた。なかなかの演出だ。スズちゃんが見えないが、どこかで写真を撮っているのだろう。
佐和山さんが、バスガイドのように「切支丹埋蔵金ツアー」の幟を持って先頭を歩き始めた。千人が小さなリュックを担いで、手に手にスコップやツルハシを持って動き始めた。ちらほらと工事用のヘルメットを被っている者もいる。行列はすぐに国道に出て、警察官の指示によって、右側の歩道を歩くように指示されたが、前の方に陣取ろうと車道に出て走り出す者もいた。一キロも進むと、長蛇の列となっていた。列の後方にいる老人たちは、ウォーキングのつもりで参加したようだ。仲間たちと高血圧や糖尿病の話をして足がそれほど進まない。古地図を持っていない所を見ると、参加費も払っていないのだろう。
国道を4キロ歩いて、縁石に座って一度目の休憩をとった。先を急ごうとする元気な若者もいたが、多くの者はスコップやツルハシを持って歩いていたので、すでに相当バテている。半数の者がここで脱落した。残った者はほくそ笑んだ。すでにサバイバルゲームが始まっていたのだ。
しばらくして林道に入ると、「ハーハーゼーゼー」と苦しそうな息が聞こえてきた。慣れない者がスコップやツルハシを持って登るには無理がある。林道を3キロ歩いて二回目の休憩をとった頃には、残っているのは百人程度になっていた。途中でへばった者は、後で追いかけると言って座り込んだが、誰も追いかけてくる者はいなかった。登る者の多くが、持ってきたスコップやツルハシをその場に置いていくことにしたようだ。みんなの疲労度は想像以上だ。こんなので、目的地までたどり着けるのだろうか? でも、十数名はスコップやツルハシにロープを通して背中に担ぎ、元気いっぱいだった。今日の日に備えて体力づくりをしてきたのだろう。作戦を練ってきた者もいるに違いない。残った連中は面構えからして違う。
林道から細い山道に入る所で、佐和山さんが持参した「切支丹埋蔵金の地 →」と書かれた看板を据えようとしたら、一人の男から相当な剣幕で「こんな看板を立てたら、埋蔵金のありかがみんなにわかってしまうから、立ててもらっては困る」と言われたので、立てることができなかった。山道の中で、道に迷わないように枝に赤い布テープを巻こうとした際にも、同じようなことを言われて、阻止された。みんなの目が異様に据わってきて、怖くなってきた。
山道に入って1時間くらい歩き、途中、滝の傍を登って、山岳会の人の力を借りてロープをつたって沢を渡った。渡ったところで、三回目の休憩をとった。ここまで来るまでにさらにかなりの人が脱落していた。残ったのは30名程だ。ジムで鍛えた筋骨隆々な若者は誰ひとりとして残っていない。最後に残っていたマッチョな若者は、滝を登るのにビビッてその場にへたり込んだ。欲の方が筋肉よりも強いようだ。
「ああ、あそこに古地図に載っている胡桃の巨木が見えますね」と佐和山さんが指を指した。その先に、胡桃の巨木が見え、みんなが「おお」と歓声を上げて、めいめいが藪を漕いで胡桃の木の下に走り出した。
「ここまで来たらあと少しです。あそこらで、昼食にしましょう」と佐和山さんが言って、みんなは腰を下ろして持ってきた弁当を食べ始めた。
しばらくすると、スズちゃんと穂刈さんが到着して、穂刈さんが佐和山さんに「後ろには誰もいません」と報告した。
結局、我々4名を入れて、16名がここにたどり着けたことになる。みんな欲をかいてスコップやツルハシなどの重い物を持って重装備をし過ぎたのだ。我々は弁当と飲み物以外は何も持ってこなかったので、ここまでたどり着くことができた。
ぼくはスズちゃんと佐和山さんと穂刈さんと4人で一緒に座って、各自のリュックから弁当を取り出した。ぼくもリュックからスズちゃんが早起きして作ってくれたおむすびを出して食べた。塩味が効いて美味しい。ポットに入った冷たいお茶が疲れを癒してくれる。
近くにいた中年の男性が古地図を見ながら、「どこらを目安にして財宝を捜したらいいんですか?」と佐和山さんに尋ねた。佐和山さんがみんなに聞こえるように、「近くに地蔵さんがあるはずですから、捜してみてください。その近くに財宝が眠っていることになっています」と言うと、みんなは食べるのをやめて、我先にと地蔵を探し始めた。佐和山さんは「あまり遠くまで行かないでくださいね。迷子になったら大変ですから」と大きな声で言ったが、誰も聞いているふうではなかった。
1時間経っても、誰も地蔵を発見できなかった。地蔵を発見できなくてやけになったのか、そこらの地面を持参したスコップやツルハシで手当たり次第に掘り出す者が出てきた。それを見た他の者たちも、そこらをでたらめに掘り出した。
「勝手に地面を掘らないでください。植物を傷めてしまいます」と穂刈さんが悲痛な声で叫んだが、彼女の言うことを聞いている者は一人もいなかった。
佐和山さんは、こんなに長い間地蔵が見つからないことを不思議に思った。前回ここに穂刈さんと一緒に地蔵を置いたはずの場所の周辺で、何人もの人たちが入れ替わり立ち代わり捜していたからだ。誰も発見できないはずがない。そこで、彼は自らその場所に行った。ここらに置いたはずだと思った場所に、地蔵は見当たらなかった。その場所の周りをしらみつぶしに捜してみたが、やっぱり見つからなかった。地蔵はどこに消えてしまったのだろう? 一人で動くはずがない・・・。
遠くから誰かが大きな声で「桂の巨木が切り倒されているぞ」と叫んだ。みんなで藪を漕いでその声のする方に行くと、巨大な桂の木が切り倒されていた。切口から見て、まだ新しい。佐和山さんと穂刈さんは、この巨樹が元々の古地図に載っていた桂の木だと確信した。彼らは前回来た時見つけられなかったのは、彼らがここに来る直前に、何者かによってすでに切り倒されていたからだ。いったい誰が? 何の目的で? すると地蔵も何者かによって持ち去られたのだろうか? 我々の計画を邪魔する者がいるのか、と佐和山さんは考えていた。
「言い伝えでは、地蔵のあたりに小さな洞穴があって、そこに埋蔵金が埋められているそうです。古文書では胡桃の木の近くに地蔵があり、その近くに洞穴があるそうですから、前の場所に戻って、洞穴を探しましょう」と佐和山さんが言うと、みんなは前いた場所に走って移動し、洞穴を捜し始めた。
「洞穴があったぞ」という声が聞こえ、みんなは急いで声のする方に向かった。その洞穴は人一人も入れないような小さなものだった。それでも数人がかりで洞穴の下の地面を掘り始めた。一メートル以上も深く掘り返したが、何も出てこなかった。
佐和山さんは不思議だった。前回ここに来た時に、洞穴の入口にロザリオを3つ埋めておいた。それもすぐに発見できるように地面の浅いところにだ。ロザリオはどこに行ったんだろう? これも同じ奴が持ち去ったのだろうか?
佐和山さんは近くの藪に持参してきた寛永通宝を10枚ばら巻いた。そして「ここらが怪しいですね」と言って、四つん這いになって何かを捜すふりをした。すると、みんなが彼のところに集まって来て、かれらも四つん這いになって、地面を捜し始めた。
一人が「あったぞ」と右手で一枚の寛永通宝を持ち上げた。みんなから「おお」と歓声が上がった。これで諦めかけていたみんなの士気が上がり、再び必死で捜し始めた。あっちで「あったぞ」という声が上がり、こっちで「おれも見つけたぞ」という声が上がった。合計9枚の寛永通宝が見つかった。残りの1枚は誰も見つけることができなかったのか、それとも誰かがネコババしたのか、それはわからなかった。
「この辺りが怪しいですね。でも、今日はここまでにしておきましょう。もう2時になりましたから、下山しないと日が暮れてしまいます。財宝は次回の楽しみにとっておきましょう」と佐和山さんが言った。
「この古銭はやっぱり博物館に預けなくてはいけませんか?」と残念そうに誰かが言うと、佐和山さんが「いえ、古銭は発見された方が持ち帰っていいです」と言うと、「ありがとうございます」とそちこちから礼の声が上がった。寛永通宝を手に入れた人は大いに満足している様子で、下山の足取りが軽かった。佐和山さんは下山しながら、埋蔵金ツアーを邪魔している者が誰かを考えていた。
国道に出て佐和山さんが人数を数えると、15人しかいなかった。一人足りない。それが誰かはわからなかった。誰かが「欲をかいて、まだ埋蔵金を探しているのさ。さ、帰ろうぜ」と言って歩き出した。あたりは暗くなっていた。
つづく




