18 天草四郎伝説
18 天草四郎伝説
「ところで、今回はいつまで黒鷹に滞在される予定ですか?」と佐和山さんが訊いてきた。
「明後日までです。明後日の夕方の新幹線で東京に戻る予定です。そうだよね、スズちゃん」
「はい、そうです」
「宿泊はずっと高野さんのお宅ですか?」
「そうです」とスズちゃんがきっぱりと言った。ぼくはどんな顔をしていいかわからなかった。
「では、明日と明後日の予定についてお話しますか? 明日は埋蔵金ツアーに同行されるということでよろしいでしょうか?」と佐和山さんが確認した。
「はい」とぼくは応えた。
「明後日のご予定は決まっているのですか? どこか観光なさるとか?」
「観光といいますと?」
「稲村さんは山形初めてですよね。それなら、蔵王や山寺を観光されるのが、お決まりのコースですね。明後日も天気がいいようですし」
「でも、黒鷹町を取材するのが楽しいですから、観光は次回山形に来る時まで取って置きます」
「そうですか。黒鷹を気に入っていただけたのは、たいへん嬉しいのですが、車だと一日で蔵王と山寺を回れますけどね。この季節だと、どちらも紅葉がきれいですよ。蔵王のお釜、芭蕉の山寺、どちらも良いですよ」
「紅葉は黒鷹町で十分堪能しています。スズちゃんは、蔵王と山寺には行ったことがあるんだろう?」
「はい。小学生の頃ですけど。一回ずつ行きました」
「それじゃあ、また山形に来る機会があるでしょうから、その時にでも観光します。そう言えば、佐和山さんのメールによると、黒鷹町に隠れキリシタンがいるという話がありましたね。折角ですから、その方に会って、直接お話を伺いたいのですが」
「メールにも書いておきましたように、隠れキリシタンがいる、という噂は色々なところから耳にするのですが、それが誰なのかは、皆目わからないのですよ。穂刈さんも知らないんだろう」
「ええ、私の耳にも隠れキリシタンの噂はちょくちょく入ってくるのですが、それが誰かという話になると、不思議と誰も知らないというんですよね。狐につままれたみたいな話です」
「口外無用の秘密として、みんなが口をつぐんでいるのか、はたまた本当に知らないのか、どちらかわからないんです」
「隠れキリシタンが町内のどのあたりに住んでいるのか、見当もついていないのですか?」
「もしいるとしたら、町の北西にあるフミエ山の奥にある山百合集落だと見込んでいるんですが」
「踏絵山?」
「ああ、フミエと言っても、踏む踏絵ではなく、文章の文と木の枝と書いて文枝山です」
「それにしても、いわくありげな山の名前のひびきですね」
「私は子供の頃から耳で名前を聞いてきましたから、文枝山って可愛らしい名前だなって、ずっと思っていました。そう言われれば、踏む踏絵を連想させますね。初めて気づきました」と感心したように穂刈さんが言った。
「黒鷹町は、キリシタンの町と言っても、すでにお気づきでしょうが、ただ看板が立っていて、2・3の踏絵と古文書が残っているだけです。住民のほとんどは、ここにかつて多くのキリシタンが住んでいて迫害を受けたことを知りません。しかし、唯一、山百合集落の人たちだけは、キリシタン伝説を知っています。本当のことを言うと、黒鷹町で切支丹の伝承が伝わっているのは山百合集落なのです。山百合集落は、昔、迫害を受けた切支丹が逃げ延びて隠れた地だとも言われていますが、今そこにクリスチャンが住んでいるわけではありません。ですが、山百合の人たちが、今も隠れキリシタンがいる、と主張しているのです」
「そこ、いいじゃあありませんか。最高ですよ。明後日は、そこに決定です。スズちゃん、明後日は山百合だ。いいね」とぼくが念を押すと、すぐさま「わかりました」という気持ちいい返事がスズちゃんから返って来た。
「お二人はどうされますか。もしご都合が悪ければ、ぼくたち二人で行きますけど」とぼくが言った。
「大変申し訳ありませんが、明後日は二人とも先約があるので、お二人に同行できません。山百合集落の区長をされている子門さんに、二人が行かれることを前もって連絡しておきますので、集落に着いたら、まずはその方とお会いになったらいいと思います」
「ありがとうございます。またあとで場所を教えてください。子門さんの電話番号が分かれば、ナビだけで行けると思いますけど」
「電話番号はですね、××××です」
「ありがとうございます」
「途中から険しい山道に入りますが、一本道なので迷うことはないと思います。でも、くれぐれも気をつけて行ってきてください」
「隠れキリシタンと会えるかもしれないと思うと、ワクワクしてきますね」とスズちゃんは興奮している様子だった。
「明日の埋蔵金ツアーは、片道10キロ歩きますので、運動靴の方が良いと思います。二人とも今履いておられる靴で十分です。昼食と飲み物は各自持参ということになっていますので、よろしくお願いします。お菓子などの副食も持ってこられた方がいいと思いますよ」と佐和山さんが言った。
「それで、何時にどこに集合ですか?」
「朝6時にここの運動場に集合ということになっています」
「6時ですか。それはまた早いですね」
「10キロの山道なので、4時間は歩くとみたほうがいいと思うのです。地元の山岳会の人にサポートをお願いしていますので、安全は確保しています」
「そんな山の中なのですか」
「埋蔵金、財宝、秘宝ですからね。人が簡単には入れないようなところに隠すのが常道でしょう。でも、我々が行けたくらいですから、心配なさらなくても大丈夫です。途中、沢を渡渉しますが、山岳会の人がロープを準備してくださるそうなので、安全です」
「本格的ですね」
「なにせ埋蔵金ツアーですから」
「ワクワクしてきました」とスズちゃんがきらっと目を光らせた。
「でも、この埋蔵金は誰がどんな目的で隠したと伝わっているのですか?」
ぼくの質問に佐和山さんがにんまりと笑った。この質問を今か今かと待っていたようだった。
「天草四郎です」と誇らしそうに佐和山さんが言った。
「えっ、もしかして、島原の乱の総大将の天草四郎ですか?」
「そうです。あの島原の乱の天草四郎です。どうです」
「どうですもなにも、天草四郎は島原の原城で戦死したことになっていますよ。スズちゃんが作ってくれた資料では、1638年に亡くなっていますよ」とぼくはバッグからスズちゃんのファイルを取り出していた。
「それは表向きですよ。島原の乱で敗れた天草四郎は生き延びて、数名の信者を引き連れて、平戸、博多、仙崎、丹後、能登、親不知・子不知、佐渡と日本海側を陸路や海路を伝って酒田に着き、そこから最上川を上って、この黒鷹の地までいらっしゃったのですよ」
「まるで、それは源義経の平泉までの逃亡と、亡くなった後の北への逃避行の伝説を合体したみたいな話じゃあありませんか」
「義経が天草四郎の伝説を真似たのでしょう」
「いえ、時代は明らかに義経の方が古いです。義経は天草四郎の400年以上も前に生きていた人物ですよ」
「早かろうが遅かろうが、あの天草四郎が、ここ黒鷹の地にやってきた、という伝説が残っているのは確かです」
「それじゃあ、天草四郎と埋蔵金の話はどう結びつくのですか?」
「天草四郎が黒鷹に来るまでに、立ち寄って布教した土地土地のキリシタンから多大な寄進を受けたのです。そして、それを軍資金として、次回は幕府に勝って、現世に極楽浄土を実現させようと構想していたのです」
「軍資金を運びながら、落ち延びて行くというのは、相当無理があると思いますけどね。さすがに、義経もそんなことはできなかったはずですよ」
「義経には神様がついていなかったからですよ。天草四郎にはバックに神様がついていましたからね。いくらでも奇跡は起こせたはずです。財宝を運ぶなんておちゃのこさいさいですよ」
「神のご加護があるのなら、島原の乱で勝っていたらよかったでしょ」とぼくはあきれたように言った。
「確かにそうですが、やはりキリスト教には試練が必要でして、試練抜きにはキリスト教は成立しないわけですよ。ですから、一度は大敗しないといけなかったのです。こんなこともわからないから、素人は困ったものだ」と佐和山さんは下を向いて、チッと舌打ちしたように見えた。ぼくは頭に血が上った。
「試練ですか? 試練という言葉で、キリスト教はどんな場面でも都合よく言い逃れをしてきましたからね。試練を出したら議論に勝てると思う方が、浅はかというものですよ」とぼくは幾分乱暴な口を利いていた。
「断っておきますが、私はキリスト教の肩を持っているわけではありませんよ。でも、試練がなかったら宗教に深みは出てこないでしょう。そんなこともわからないのですか?」と佐和山さんも興奮していた。
「二人ともここは少し冷静になった方がいいんじゃあありませんか」と穂刈さんがクールに言った。
(そうだ、そんなにむきになる話ではない)とぼくは我に返った。
「天草四郎が黒鷹まで来たという話には、ロマンがありますよ。『ユニコーン』の黒鷹キリシタン特集にはぴったりのネタじゃあないですか。そうでしょ、ジンさん」とスズちゃんは、ぼくに夢を壊してくれるなと言いたげだ。
「まだこの話には続きがあるのです。天草四郎は黒鷹に来て、幕府の目もありますから、そのままの名前を名乗れないので、改名したのです」
「そりゃあ、そうでしょうね」。ぼくはもう頭に来たりはしない。
「それで、天草四郎は黒鷹五郎という名前を名乗ることにしたのです」
「それはあまりにもべたじゃあないですか」
「しかたないでしょう。そう伝わっているんですから」
「本当にそう伝わっているのですか?」
「明後日、山百合集落に行って確かめたらいいですよ。黒鷹五郎の話も山百合集落に伝わっている話ですから。黒鷹五郎は山百合集落に住んでいたそうですから」
「明後日、山百合に行くのが楽しみになってきましたね」とスズちゃんは嬉しそうだった。
「それにしても、日が落ちるのが早くなってきましたね。外は暗くなってきました」と穂刈さんが窓の外を見て言った。
「それでは、私たちは今日はこれで失礼します」とスズちゃんが立ち上がった。ぼくは彼女について行くしかない。彼女の両親と祖父母に会うと思うだけで、気が重い。
つづく
 




