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みちのく転び切支丹  作者: 美祢林太郎
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9 人間つらら逆さ吊りの刑

9 人間つらら逆さ吊りの刑


 頬をほんのり赤くし、目がとろんとなったスズちゃんが喋り出した。スズちゃんは知らない間に随分酒を飲んだんだろうか、それともただ酒に弱いだけだろうか。

「ここではっきりさせておきたいことがあります。江戸時代の転ばなかったキリシタンは、隠れキリシタンではなく、潜伏キリシタンですよね。そうですよね、穂刈さん」

 穂刈さんはたじろぎもせず「はい、現代の定義では潜伏キリシタンとされています」と応えた。

スズちゃんは「山に入った潜伏キリシタンの生活はひとまず置くとして、置いておいていいんです。拷問の話をしましょう。ねっ、穂刈さん。この雪国には雪の降らない九州とは違った独自の拷問方法があったはずですよね」

 スズちゃんはなかなかいいところに目を付けた。

「たとえば、どのようなものですか」

「人間雪だるまなんか、どうでしょうか。雪の積もらない九州では雪だるまなんか作れないでしょう」

「人間を雪だるまの中に入れるというのですか」

「そうです。裸にして雪だるまの中に入れるのです。しかしあくまで拷問なので、すぐに殺しては意味がありません。顔だけは外に出しておかなければなりません。両手、両足を出しても絵柄として面白いかもしれませんね。外国の雪だるまでは手足が付いているものもありますものね。拷問されている者は、外気の寒さに震えて、外に出ている手足を雪だるまの中に入れようとするんですかね? それともやっぱり雪だるまの中の方が寒いのですかね? 一回試してみる必要がありますね」

「どうせなら、雪だるまの中に入れて、坂から転げ落とすというのはどうですか? 転げるうちに雪だるまが大きくなりますよ。転がっているうちに恐怖と寒さで改宗するかもしれませんからね。これこそが雪国ならではの転びキリシタンですよ」

「転がっていく雪だるまの行き着く先は最上川というのはどうですか? 川にどぼんと落ちて、人間雪だるまが最上川に流されて、だんだん溶けていく姿を想像したら興奮してきませんか?」

「いくつもの人間雪だるまが流れている光景はなかなか美しいものがありますね。雪には赤い血を付けておきますか? 青地に白と赤、絶対に美しいですよ。くふふふふ」

 なかなか残酷な想像をするものだ。

「人間雪だるまも相当魅力的ですけど、人間つららなんかどうでしょうか?」と、穂刈さんが自分のアイデアを述べ始めた。

スズちゃんが「人間つららって何ですか?」と訊いた。

「裸にして、木に吊るして、それに向かって桶で冷水をかけるのです。寒い日だったら、体についた水が凍っていきます。少し凍ったら、また水をかけて、人間つららを大きくしていくのです」

 ぼくは体の芯から凍えてきた。

「さすが、穂刈さんです。目の付け所が違いますね。それじゃあ、人間つららは逆さ吊りにしましょう。立ったままでは氷柱ですから。それに色彩的に真っ赤なふんどしを付けておきましょう。紅白は目出度いですからね」

「それ、いいですね。とっても美しいですよ」と穂刈さんはスズちゃんの提案に賛成した。

「最初に、垂れ下がったざんばら髪が凍ります。眉毛やまつ毛もすぐに凍るでしょうね。初めの頃は、寒さで体を震わせていたでしょうが、そのうちその動きも止まり、時々ぴくっと痙攣するのです」と以前にその光景を見たことがあるかのようにスズちゃんは話した。舌なめずりをするように赤い舌が少し動いたようにも見えた。

「うん、うん。黒鷹名物人間つらら逆さ吊りの刑ですね。簡単に殺しちゃあいけないので、寒さで気を失いそうになったら、時々熱湯をかけて、つららを解かしてやりますか」と穂刈さんが言った。

「それはいいですね。きっと熱さで目を覚ましますよ。しばらくは血のめぐりがよくなって、気持ちがいいんじゃないですかね。薄っすらと開いた目で、拷問をしている役人が神様に見えてくるかもしれません。しかし、その熱湯も冷めて、すぐに氷に変わっていくのです。ここらは最低気温は何度くらいになりますか?」

「冬の一番寒い日で-20℃くらいです」

「それはなかなかいいですね。それじゃあ、一番冷えた天気の良い早朝に始めましょう。人間つららは、朝日に光ってさぞかしきれいでしょうね。周りはダイヤモンドダストがきらきらと輝き、集まった者たちを祝福するのです」

 二人の会話を聴いていると、江戸時代のキリシタンの拷問方法は、女たちが酒を呑んで考え出したのかもしれない、と思えるようになってきた。

「確かに、人間つらら逆さ吊りの刑は、なかなか魅力的ですが、いくらなんでもこの刑を体験してみたいと申し込んでくる観光客はほとんどいないでしょうね。それに命の保証もできかねますからね。稲村さん、どう思いますか」と、それまで黙って二人の話を聞いていた佐和山さんが、冷静に感想を述べた。二人の悪のりを制するのかと思ったら、まったくそうではなかった。

「いえ、ぼくは・・・。佐和山さんは、人間つららなんとかの拷問を観光客に体験してもらおうと考えておられるのですか?」

「現代の観光のトレンドは、観光地の単なる見学から密度の濃い体験型に移ってきていますからね。黒鷹の町おこしも体験型ツアーを柱にして構想しているんですよ。拷問を体験できるなんて、他の観光地にはないでしょう」

 佐和山さんの話を聞いて、スズちゃんが「拷問体験ツアーって魅力的ですよね」と身を乗り出した。

 ぼくは少し酔いから醒めて、ここは冷静にならなければ危ないと思った。

「まさか、まさかですね、拷問体験ツアーと言って、SMショーのメッカにしようと考えているんじゃないでしょうね」

「さすが『ユニコーン』さん。SMショーのメッカですか? これまでそこまでの発想を我々は持たなかったよな、穂刈さん。SMショーとは『ユニコーン』さんは恐ろしいことを考えますね。さすがですよ」

「いえ、私が考えているわけではありません」

「でも、町長に提案しているのは、健全な体験型ツアーだから、SMショーを提案するのは、もう少し時間を置いてからにします」と佐和山さんに言われて、ぼくはほっと胸を撫でおろした。

「今のところ、拷問体験ツアーって、どんなものを考えているんですか」とスズちゃんが楽しそうに訊いた。佐和山さんがスズちゃんの質問に答えた。

「拷問体験ツアーは、今のところ、初級編、中級編、上級編の3段階を考えているんですが、ご提案の人間雪だるまや人間つらら逆さ吊りの刑は、その上のウルトラ上級編ということになりますかね。初級編はオーソドックスに踏絵です」

 ぼくは驚いて「えっ、踏絵がオーソドックスですが? 確かに身体的な苦痛はありませんが、心の方にはかなり突き刺すんじゃないですかね」と言った。

「踏絵と言ったって、我々の踏絵はキリストやマリアの像を彫っているわけじゃありませんよ。それはキリスト教を信じていなくても、いくら図像とは言っても、神様の顔を踏んづけるのは、普通の人なら相当抵抗があるはずですからね。我々は、おかしな趣味を持った変態ではなく、あくまで一般の観光客を相手にするわけですから。ですから、踏絵の絵は、茨の冠を被った熊さんの顔にしようかと考えているんです。これなら抵抗はさほどないでしょう? どうですか、稲村さん?」

「まあ、熊さんの顔なら踏めますかね。でも、そこまでして踏絵を採用しなくてはいけない理由はないでしょう」

「世間一般には、隠れキリシタンイコール踏絵でしょ。定番ですよ。ここは避けては通れません。我々も一度試してみたのですが、まあ、熊さんの顔を板に彫って、それを踏絵と見立てたものですけど、やっぱり踏絵と思うだけで、心理的な抵抗は大きかったですね。でも、それを踏むと、タブーを犯した拭い難い罪悪感とともに、何か自分が大きなことをやり遂げた達成感と、一線を越えた解放感を得た気になりました。穂刈さんもそうだよね」

「そうですね。転びキリシタンの心境が少しわかったような気になりました。罪悪感と達成感と解放感の三位一体ですよ」

 二人でそんなことをやったんだ。

「お酒が空いていますよ。どの酒がいいですか? この銘柄もコクがあって美味しいですよ」

「じゃあ、それを」

 ぼくは何でもよかった。もったいないことに、日本酒の味がわからなくなってきた。

「拷問体験型ツアー中級編、上級編については、また明日、拷問跡地を見学した際にご説明します」と佐和山さんが言ったので、ぼくはほっとした。初級編で踏絵なのだから、中級編や上級編はそれ以上に恐ろしいものだろう。スズちゃんはもっと聞きたがったが、ぼくは「明日を楽しみにしています」と言って、この話題を終わりにした。


   つづく

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