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7話・貧乏令嬢、新たな夫が現る(2)

 私の夫だと主張する男を見る。三十歳くらいだろうか。身なりは整っているけれど肌や目、髪は不健康そうだ。病気ではなく、真っ当な暮らしをしていないことによる不調に見える。


「アリアの夫は私だが」

 とフィネルが不機嫌な声音で言い、すぐあとに、

「あらあら、どういうことかしら」という皇后の甲高い声が続いた。

 皇后は笑みを押し殺したような表情で近寄ってきた。

「お前、説明しなさい」


「アリアと私は夫婦です」と男がすぐさま答える。「私が病がちで仕事ができないから彼女は出稼ぎに行くといって、一年近く前に家を出ていって……。連絡が途絶えたから心配していたら王妃になったという噂がきこえてきたので、確かめに参ったのです」

 男がキッと私を睨む。

「君を信じていたのに!」

「なんということ!」皇后が男にかぶせるように叫ぶ。「フィネル。だから、どこの馬の骨ともわからない娘はやめなさいと言ったのに!」


 周囲がざわめきたち、遠方から宰相が駆けてくる。

 フィネルといえば、読めない表情で私を見つめていた。


「嘘っぱちです!」

 私の言い分にフィネルがうなずく。それを見て肩の力が抜け、自分が不安になっていたことに気づいた。

 大丈夫、というかのようにフィネルが私の目を覗きこみながら腰を抱き寄せる。


「私はフィネル陛下としか結婚をしていません」

 ダメ押しのように、口をついて出た。

「わかっているさ」とフィネル。「アリアの夫も、愛しているのも俺だけ。そうだろう?」

「ええ」

 力強く返事をして、それからフィネルが『俺』という言葉を使ったことに気づいた。公の場では『私』を使うはずなのに。


 そのとき、

「嘘はいかん」と耳慣れた声がした。酒に焼けたガサガサの声。男の後ろに並んでいた中年が進み出て、帽子を取った。


 父だった。


「アリア。いくら国王陛下に見初められたからといって、ひどすぎるぞ。ハロルド君が可哀想じゃないか」

 父がフィネルの前にひさまずく。

「アリアの父親でございます。娘がこのような――」

「お父様、娘を売ったのね!」

 父に詰め寄る。あまりのことに、怒りで体が震える。

 なんていうことなの。娘を陥れることまで平気でするなんて。


「何を言う!」と叫ぶ父。「結婚証明書もあるのだぞ」と懐から紙を取り出し振り回した。

「私はこの人が誰かも知らないわ!」

「君がそこまで悪人だったとは」と男が涙を浮かべる。「僕たちの可愛い娘を捨てるつもりなのか」


 そう言った男が子供の顔をぐいとこちらに向けた。痛かったのだろう、顔をしかめている。その瞳が紫色だ。


「まあ!」皇后が大声をあげた。「アリアと同じ瞳ではないの!」

「そうですね」と私は恐らく裏で手を引いているだろう皇后を見た。「ですけどこの瞳は父方の祖母譲りで弟も同じです。そして祖母はそのまた祖母譲りだとか」父を見る。「そうでしたよね、お父様。もっとも祖父母は共に他界していますから、証言してもらうことはできませんが」


 それから皇后を再び見る。

「父には私が知るだけで隠し子がふたりいます。みな紫色の瞳ですわ」

 女の子を抱えた男を睨む。

「あなたが私の夫だというのなら、いつどこで出会い結婚したのかを教えてください」


 男の表情が明るくなった。この様子だと設定を考えてきていそうだ。

「真実のみ述べよ」とフィネル。「国王に嘘をつけるとは思えないがな。死刑を望む狂人でもないかぎり」

 男と父の顔がこわばる。それでも男は口を開こうとした。


「そういえば私、ひとつだけフィネル陛下に伝えていないことがありますの」

「なんだ、アリア」

「王宮で働けたのはツテがあったためです」

「ほう」


 このことは父も知らない。父にとって私は金を稼ぎ家事をする人間でしかなかったから。

 だから王宮のメイドをすると伝えたとき、父は私を殴って、

『誰が食事を作るんだ!』と叫んだのだった。


 これで私は父を見限って、仕送りは一切していない。シャルルを預かってくれた修道院にはしている。だから私を恨んで、この茶番に乗ったのだろう。


「こちらに来る前も働いていましたの。ただ、領主である伯爵の娘ですから、近隣では遠慮されて雇ってもらえなかったのです」ほかに、父がろくでなしで憎悪されていたからという理由もある。「唯一手を差し伸べてくれたのが大聖堂でした」


 父の顔が青ざめた。賭け事しか頭にないから当然、教会には興味がない。教会も父をとうの昔に破門している。


「私のツテはそちらの大司教様ですわ。特別に聖歌隊の伴奏係として雇ってもらい、毎日通っていましたの。だから――」父と男を見る。「私が妊娠・出産をしていないのは大聖堂の司祭様全員が証明してくださいます」


 ただ、本来なら伴奏は聖職者がするものだ。そのため一年ほど前に、都の本部から不適切だとの理由で強制解雇されてしまった。

 そして代わりの就職先をと大司教が探してくれた仕事が、王宮のものだった。伯爵令嬢だから侍女になれるだろうと考えていたようだけど、採用は過酷なランドリーメイドとしてのものだった。


 それを要約して説明すると、皇后の顔色は悪くなってしまった。きっと私の身上を詳しく調べなかったのだろう。就職するための紹介状も大聖堂のものではないし。よくわからないけど、内部規定に違反するからとの理由らしい。


「ふむ。よくわかった」とフィネルがにっこり笑う。「で、そちらの男。お前の主張を述べよ。――ああ、待て」とフィネルは控えていたステファノを見る。「アリアの話にあった大司教を呼びよせる準備を」

 うやうやしくうなずくステファノ。

「……そうね、それがいいでしょう」


 重々しく賛同したのは、青白い顔をした皇后だった。男と父はすっかり震え上がっているけど、皇后に助けを求める様子はない。

 黒幕は彼女ではないのかしら?

 それとも彼女の安全は保証されているとか?


 男が膝からくずおれた。

「伯爵に頼まれたんです! 破格の大金が転がり込むからと言われて!」

 父も地面に膝をついた。

「わ、私もです! アリアが既婚だということにしろ、と。でないと殺すと脅されて! す、すまなかったアリア!」


 見苦しく泣き叫ぶふたり。


「知らなかったか?」と言うフィネルがゴミを見るような目をしている。「アリアと私との仲を裂く行為は謀反と同じなのだぞ」


 父たちは悲鳴を上げて土下座した。ひたすら地面に頭をこすりつける。

 女の子まで巻き込まれているので、急いで助けて抱き上げる。目にいっぱいの涙がたまっていた。可哀想に。


 丁寧に背中を撫でる。と、女の子は火がついたように泣き叫び始めた。

 そして、

『ママ』『どこ?』

 と繰り返し、父たちの企みはあっさりと破綻したのだった。

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