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6話・貧乏令嬢、新たな夫が現る(1)

 王宮を出入り禁止になってしまったカトリーヌ・アショフだけれど、どうやら父親にも見捨てられてしまったらしい。

 ステファノが仕入れた情報によると、宰相が娘に下した命令は『慎重にフィネルを誘惑しろ』というものだった。それなのに皇后に嘘を吹き込まれて、カトリーヌは私を攻撃してしまったみたいだ。

 父親は激怒し、娘を修道院に送った。


 そして宰相はフィネルと私に『ケジメはつけさせたので』と他人事のように言って、この件を終わりにし、一方で皇后は知らぬふりを通した。

 カトリーヌひとりが罰を受けた形だ。


 さすがにカトリーヌに同情してしまう。一方でアショフ公爵と皇后には嫌悪が募った。



 ◇◇



 王妃用の執務室で届いたばかりの手紙を読んでいると、複雑な表情をしたフィネルがステファノを連れてやってきた。私のそばまでくると、無言で手紙を取り上げる。


「読み途中です」

「届いたら、先に俺に読ませろと言ったのに」

 手紙の送り主はカトリーヌ・アショフだ。お茶会の事件からひと月ほどが経っている。

 彼女を好きにはなれないけれど、父親がクズという共通点から嫌いにもなれない。だから私は『修道院で困ることがあればなにかひとつ、力になる』との手紙を送った。その返事が届いたのだった。

 そのことをフィネルは、きっと執事長から聞いたのだろう。


「――といっても、二行しかないじゃないか」とフィネル。「なになに。『娘を使い捨ての駒にした父と、(そそのか)しておきながら無関係を装った皇后に、地獄に堕ちろと伝えてほしい』……?」読み上げたフィネルは困惑している。「こんなことを言う女だったか? いや、アリアをはめる罠だな」


 彼の手から手紙を取り上げた。


「そうは思いません。彼女の気持ちはわかります。私も父には同じことを毎日思っていましたから」

 便箋を元通りに折って封筒にしまう。

「ろくでもない人間なのに、血が繋がっている。怒りと恐ろしさとで、時おり気持ちが爆発しそうになっていました」


 フィネルが手でステファノや侍女たちに『下がれ』と合図する。別に聞かれて困る話ではないのだけど。

 執務室にふたりきりになると、フィネルは行儀悪く机に腰掛けた。


「アリア。お父上のことだが、本当に放置で構わないのか」

「はい」と力強くうなずく。


 結婚の契約をしたときに、フィネルは父の借金を肩代わりし生活の支援をすると言ってくれた。だけど私は断った。父の窮状は完全に自業自得だ。しかもその自覚がない。


 使用人に給料を払えなくなったときは母が宝飾品や衣服を売った。全員が退職したあとは、母が料理洗濯掃除のすべてを担った。私もやろうとしたけど、手が荒れたら嫁ぎ先がなくなるからと言って、ほとんどやらせてくれなかった。

 母が栄養が足りずやせ細り、風邪で倒れたときも父は賭け事をしに出かけたし、母の死を知って最初に言った言葉は『誰が私の食事を作るんだ?』だった。


 あんなヤツ、助ける必要はない。

 父親だと思いたくもない。


 私が家を出るときに弟を領内の修道院に預けたのだけど、父はそれが気に食わないようで、どうにかシャルルを連れ戻そうとしていた。父が息子を必要とする理由はもちろん、家事をやらせるためだ。


「父は借金のカタに土地屋敷とられて、裸で放り出されればいいんです。シャルルには陛下がくださった契約料がありますら」

「俺はアリアに払ったんだが。それに――」フィネルが私の顎をつまむ。「『フィネル』だ」

「はい、フィネル陛下」

 国王は手を離し大仰にためいきをついた。

「昔は呼び捨てだったのに」

「『ステファノ』は国王ではありませんでしたから」

「あのステファノも今の俺も同じ人間だ。そろそろ敬語をやめてくれてもいいだろ?」


 私を見つめるフィネルは困ったような表情だ。近頃、時々この顔をする。でも私だって困ってしまう。

 私が本物の王妃ならまだしも、ただのビジネスパートナーだ。きちんと線引をしておかないと、契約に対する心構えまでなあなあになってしまいそうな気がするのだ。


 フィネルはぽん、と私の頭に手を乗せた。

「まあ、いい。カトリーヌの要望は叶えるなよ。――今はな」

「ということは」

 フィネルがうなずく。


 どうやら、いずれ皇后と宰相に、『地獄に堕ちろ』と罵っても問題ないときがくるらしい。



 ◇◇



 年に一度の王城庭園開放デー。王族と一般市民が交流できる唯一のイベントで、市民は武器を所持していなければ、誰でも入ることができる。私はメイドとして働くまでこんな催し物があるなんて知らなかったけれど、都では大人気らしい。


 私はフィネルと一緒に定位置に立って、市民とお話をしている。フィネル人気がよくわかる盛り上がりようで、順番を待つひとたちの列は長蛇だ。だけど一組当たりの時間は短い。私はせめて『来てよかった』と思ってもらえるよう、ひとりひとりの手を両手で包み込むようにして握りしめている。

 ちなみに皇后の列は短い。市民にも好かれていないらしい。



 老夫婦を見送って、次に私たちの前に現れたのは一歳くらいの女児を抱えた、若い男だった。

 彼は眼の前のフィネルを無視して、私を睨んだ。


「どういうことだ、アリア!」と男が叫ぶ。

「『どういうことって』……、あなたはどなたですか?」


 衛兵たちがさっと出てきて男を制し、フィネルは私をかばうように前に出た。


「ふざけるな!」と男。「夫の顔を忘れたというのか!」


 夫!?

 私の夫はフィネルだけれど? 

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