《おまけ》鈍感国王のお話・7話の幕間
フィネルのお話です。
以前、活動報告に載せたものです。
「なんですか、アレは」
ステファノが俺に夜着を着せながら、どこか小馬鹿にした風に言う。私室にほかに人はいない。
――『風に』ではないな。完全に小馬鹿にしている。
アレがなにを指しているかは、わかる。だがあえて、
「なんのことだ」ととぼける。
そんなことをしても長い付き合いのこいつには、すべてお見通しなのだろうが。
「庭園でアリア様に『アリアの夫も、愛しているのも俺だけ。そうだろう?』と言ったことですよ。さり気なく国王としてではなくフィネルとして尋ねて。反射的にもらった肯定の返事で嬉しいですか?」
「……ちょっと間違えただけではないか」
「この四ヶ月、一度も過《あやま》たなかったのに?」
反論しようとしたものの、諦めた。無意味なことだ。
「ずいぶんと弱気になったものですねえ」と俺の正面に回ったステファノが、ボタンをとめながら言う。「当初はあんなに、『俺の素晴らしさを見せつけて、惚れさせてやる!』と勢いこんでいたのに」
「今とてその方針だが?」
そう答えたものの、強がりでしかないのは自分が一番よくわかっている。
アリアはまったくなにも変わらない。演技をしていないときの彼女は、常に適切な距離感に適切な態度だ。もちろん妻としてではない。友人ですらなく、知人の域を出ない。
敬意を払ってくれているが、俺がほしいのはそんなものじゃないのだ。
市民との交流で、優しいアリアは民の手を包み込むようにして握っていた。あの仕草を俺はしてもらったことがない。相手が男で、若く、美男になればなるほど嫉妬が湧き上がった。
「まだ八ヶ月近く残っていますよ」とステファノ。
違う。八ヶ月しか、だ。
四ヶ月なにも変化がなかったのだ。悠長にしてはいられない。
俺は早くアリアに好かれ、以前のような笑みを向けられたいのだ。
ステファノが漏らした吐息が聞こえ、俺はいつの間にか床を見ていたことに気づいた。
視線を上げ、幼馴染と目があったとたんに鼻をつままれる。
「手を出すなよ?」
「……」
「お前のために言っているんだからな」
「わかっている」
ステファノの手を払う。
「アリアも父親のことでショックを受けているだろう。今夜は彼女のケアをしないとならん」
「あんまり思い詰めた顔をしているから、不安になったんだが」と幼馴染。「安心したよ」
俺の身支度は整っている。
ステファノが柔らかく微笑んだ。「お前は高慢だが、良い男だ。いずれアリアさんも気づくさ」
「当然だ。俺に勝る男はいない」
アリアの待つ寝室への扉に向かう。
そのノブに手をかけたところで振り返った。ステファノはまだ笑みを浮かべていた。
「おやすみ、フィネル。良い夜を」
「ステファノもな」
幼馴染が従者らしく、うやうやしく頭を下げる。
それを見ると、扉を開いた。
ほの暗い部屋の中では、広いベッドの上でアリアが不安そうな顔をして座っていた。
『なにも心配するな』と、彼女を力いっぱい抱きしめられればいいのに。