《おまけ》鈍感国王のお話・3幕間その2
フィネルのお話です。
以前、活動報告に載せたものです。
本日、つつがなくアリアとの挙式を終えた。彼女は急ごしらえの花嫁衣裳だというのに、女神のように美しかった。相思相愛設定を完璧に演じながらも初々しさは隠しきれず、時おり見せる羞恥の表情が語り尽くせないほどに愛らしい。
誓いのキスを口にするときなぞ、俺はついつい時間を忘れてしまい司祭に肩を叩かれるまで続けてしまった。アリアには事前に許可を得ていたが、あまりのしつこさにかなり立腹していたようだ。もっとも赤く色づいた顔で睨まれても迫力なんて皆無で、俺の欲が深まるだけだったが。
部屋から最後の侍従が出ていき、残るは長椅子に座る俺と傍らに立つステファノだけとなった。
すべての公務雑務私用が終わり、ついに就寝の時間だ。となりの寝室にはすでにアリアが入っているはず。
俺は手にしていた酒を飲み干して、グラスを卓上に置いた。組んでいた足をほどく。
「初夜だ」
「ですね」とステファノ。「どうせあなたは、手出しできるかを考えているのでしょう? ダメですからね」
「……説得する」
「挙式のキスとはわけが違います。あなたが白い結婚を提案して、それで契約を結んだのですから、諦めなさい」
「……間違ったんだ」
「はいはい」
ステファノは俺をいなしてグラスを片付ける。
アリアを得る方法を間違ったと気づいて以降、軌道修正をしようと努力してきた。だがまったく効果が出ていない。
「つまらぬ策を練るより、跪いて愛を乞えと言っているのに」
「俺は二度も間違いを犯すような男じゃない」
ステファノは何も答えずに肩をすくめた。
アリアはドライな人間だ。なにしろこの俺が持ちかけた結婚に、冷静に『契約料は?』と返すような女だ。興味のない男に跪かれても心は動かないだろう。
まずは俺を意識させないと、なにも始まらない。だが――。
思わずため息がこぼれる。
このひと月、アリアを俺に惚れさせようとしてきた。国王として毅然と采配をふるう様を見せ、本職を負かすほどの剣技を知らしめるために、近衛騎士と模擬戦をし、馬術にも優れているとアピールするため騎馬で共に遠出もした。彼女の実家では到底購入できない品々を贈ったし、弟シャルルには最高の家庭教師をつけた。
だがアリアは感心はしても、俺を意識はしていない。
なぜだ。ほかの令嬢たちはなにもしなくても、勝手に俺に憧れるというのに……。
でも今ならわかる。そんな彼女だから俺は一緒にいて楽しいと感じたのだし、惹かれたのだ。
だというのに、アリアとの結婚は形だけで白いもの。
それを思いついたときの俺を殴り倒してやりたい。
「……母上が疑っているからと説得する」
「気持ち悪い」ステファノがバッサリと切り捨てる。「誓いのキスで、あなたの評価はだだ下がりになっていますよ。嫌われたいのなら止めはしませんがね」
ステファノが新しいグラスと錠薬を持ってやってきた。
「興奮を抑え、安らかに眠れる薬です」
「……頼んでいないが」
「アリアさんのとなりで悶々としながら、一睡もできなくてよいのなら」
ステファノを睨む。それから錠薬を奪い取ると口に放り込み、同じく乱暴に取ったグラスの水でそれを流し込んだ。
「『愛してくれ』と泣きつけば、やせ我慢をしなくていいかもしれないのに」
とステファノが呆れたように言う。
「そんな無意味で惨めなことができるか」
俺はもう、間違えはしないのだから。