《おまけ》鈍感国王のお話・幕間の続き
フィネルのお話です。
以前、活動報告に載せたものです。
周囲にひとがいないのを確認したステファノが、
「……なにを間違ったのですか」と訊いた。
「俺はアリアを――温室で会うアリアを妃に迎えたかったみたいだ」
声がまだふるえていた。
なぜだかステファノがため息をつく。
「私は言いましたよね。『本当にアリアさんに期間限定の白い結婚を提案するのですか』と」
「そうだったか……?」
「あなたはこのときに良い笑顔で、『彼女のような境遇では、一時的にも王妃になれるなんて幸運かつ光栄なことだから、断るはずがない』と言ったのですよ」
ステファノの手が伸びてきて、俺の鼻をつまんだ。
「このどアホが」
幼馴染は俺を罵ると、すぐに手を離した。
「少しはわかったか」
「なにがだ?」
またも吐息するステファノ。
「半年もの間ほぼ毎日、昼食も王の仕事もほうりだして廃温室に通っていた動機だよ。――あぁあ、お前のせいで敬語が抜けた。減給だ」
ステファノが歩き始める。
「ほら、さっさと行きますよ、陛下」
その背を追う。
「……俺の目的は休息ではなくアリアになっていたんだな」
「そのとおり」
「なんで教えてくれなかった!」
「あなたは自分に絶対の自信がある。他人の言葉は聞き入れない」
「そんなことはない」
ステファノが肩をすくめる。
「自信があるから、彼女が結婚を断らないと信じていたのでしょうに」
「それは……」
そうかもしれない。
「止まれ」
ステファノが歩くのをやめ、『なんですか』と俺を見る。
「『アリア』がほしい」
「そうですか」
「どうすれば元の彼女に戻る」
「無理でしょうねぇ」とステファノが同情的な表情をする。「アリアさんはあなたの正体を知ってしまったうえに、契約結婚を持ちかけてくるような人間だとも思っている。今さらまっさらな気持ちで、あなたに接することはできませんよ。そんなことより早くしないと議会に遅れます」
再び歩き出そうとするステファノの腕を掴んで止める。
「俺は間違った! 早く挽回策を考えないと」
「そんなに必死になるのに、なんで自分の気持ちがわからなかったのか、理解に苦しみますね。アホんだら」
ステファノの言葉にはっとした。
こいつは俺の近侍としての給与が発生することになった時に、口調をそれまでの対等なものから敬語に変えた。間違えたら減給なんてルールを、自らに課してまで。
「……そうか。わかったぞ。元に戻ることが不可能ならば、思わず以前の態度が出てしまうようにすればいい。お前みたいにな」
「私は苛立ったときだけですが?」
「そのためにはどうすればいい? やはり、もっと一緒にいる時間を増やすべきだな」
「……」
「そうだ、俺の素晴らしい国王っぷりを見たら、アリアは俺の妃になれたことを喜ぶんじゃないか? だろう?ステファノ」
「……」
「よし、この方針で行こう」
長い付き合いのある幼馴染は、額を押さえて長いため息をついた。
「あなたには、跪いてプロポーズをやり直すという考えはないのですか?」
「そんなことに何の意味があるんだ。結婚はすでに承諾されている」
「……」
「急げ、ステファノ。議会を華麗にさばいてさっさと終わらせ、アリアを感心させるための作戦を練らねばならない」
「……わかりました。御心のままに」
アリアの笑顔を思い出す。
あの顔の彼女を失わないためには、俺が国王だと伝えてはならなかったらしい。
だが妃が必要と考えたときに浮かんだ女性は、アリアだけだった。
身分を明かすことも期間限定結婚を持ちかけたことも間違いだった。
だが、こうも考えられる。俺は一年の間、アリアを確保できる、と。彼女に俺の素晴らしさを知ってもらうには十分な時間のはずだ。
だがなぜだろう。
やけに不安を感じる。
一刻も早く、彼女の笑顔を見たい。『喜んで妻になります』との言葉がほしい。