11話・貧乏令嬢、国王陛下に愛される
「よかったよかった」とステファノがしみじみと言う。「プロポーズを断られたら、なにをしでかすか、わかったものじゃなくて……」
「ステファノ黙れ」フィネルの鋭い声が飛ぶ。
けれどステファノは気にしない。
「据わった目で、『子供ができれば離婚はできないな』とか恐ろしいことを呟いているから、縛り上げておくしかないかと思って縄を用意していたんですよ」
ほら、とステファノがキャビネットからそれを取り出す。
「お前、俺を縛る気だったのか!」とフィネルが叫ぶ。
「当然です。フラれたって、あなたの自業自得!」そう言ったステファノは私を見た。「この人はあなたに契約結婚を申し込んだ日に、恋心を自覚したのですよ」
「えぇっ!」
フィネルを見ると顔が真っ赤になっている。
「プロポーズをやり直せばいいのに、『それは済んでいるからアリアが俺に惚れればいい』なんて訳のわからないことを言い出して」
「出てけ、ステファノ!」
「だからアピールがうるさかったでしょう?」
「アピール……」この七ヶ月を思い返してみる。
「あ! 私に捧げる詩!」
「そうです」とステファノ。「近衛兵と模擬戦をしたり、わざわざ馬で遠出をしたり。振り回される近衛たちが可哀想で。しかもアリアさんはまったく気づかないし」
「仲良し夫妻アピールだと思っていました」
「ですよねぇ」ステファノが笑う。「私は、そんな遠回しなことはしないで跪いて愛を乞え、と何度も申し上げたのですよ。なのにこの人は変に自分に自信があるから、カッコいいところを見せればあなたが好きになってくれると思い込んでいたんです」
改めてフィネルを見る。
アピールとやらで彼に惹かれることはなかった。感嘆はしたけれど。それに――。
「多分ですけど、あの日にプロポーズをし直されたら、契約も含めてお断りしていたと思います。私には王妃の資質がありませんでしたもの」
きっと嬉しくは感じただろう。でもそれだけで王の妃になることはできない。
「私にはこの数ヶ月間が必要でした」
素養を身につけ、フィネルへの思いを深めるために。
そう告げるとフィネルは微笑んだ。
「ならば地獄の半年は無駄ではなかったわけだ」
「地獄でしたか?」
「とてつもなく、な」
フィネルの視線が動く。その先を見るとステファノが頭を下げていた。無言のまま、笑みをたたえた顔で部屋を出て行く。
「ようやく行った」とフィネルが嬉しそうに言う。「俺が早くアリアとふたりきりになりたいのを知っているくせに。性格が悪い」
私はちょっとだけ居心地が悪くなり、もぞりと動いた。
すっかり夜の帳は下り、ここはフィネルの私室。破れ温室でのランチのあとは公務に戻らなければならなかったから、ふたりだけになるのはあれ以来だ。フィネルは浮かれているのか、私を膝の上に乗せてご機嫌だ。
ステファノがいるのに恥ずかしいと文句を言ったら、この程度で羞恥を感じていたらこの先大変だぞと返された。これから私に、半年分の恨みつらみを盛大にぶつけるのだそうだ。――表現がなにかおかしくないかな?
ともあれ。これからは就寝の時間だ。
「アリア」とフィネルが私の顔を覗き込む。
「はい」
「敬語は無しだと言っている」
「気をつけま……るわね」
「念のための確認だが、夫婦が夜の寝室でなにをするかはわかっているか」
カッと頬が熱くなる。
「結婚前に習いました」
「よかった。ここに来てアリアに嫌われたくないからな」
フィネルは嬉しそうに微笑むと私を横抱きにして立ち上がった。
「毎晩俺の隣で無防備に寝ているから、なにも知らないのかと思っていたぞ」
「だって契約では白い結婚だったでしょう?」
この契約は破棄された。契約料や弟シャルルの対応はそのままで。私は期間限定王妃ではなくなったのだ。
「そうだが、ステファノがいなければ危なかった」
え? どういうこと?
「だがついに初夜だ!」
ご機嫌なフィネルは鼻歌を歌いながら、隣室への扉を通り抜けて寝室に入る。
それから私は丁寧にベッドにおろされた。
フィネルが私の手を取り口づける。
「アリア。もう遠慮はいらないな?」
◇◇
そうして契約も邪魔な敵も遠慮もなくなったフィネルがどうなったかというと。私を愛する素振りをますます見せるようになった。
仲の良さを演出する必要はもうないのに、公の場であろうと熱い視線を向け、甘い愛の言葉をささやく。隙あらばキスをするし手を握るし、イイ男アピールも激しい。
周囲は国王の痴態に慣れきっているけれど、私はそうじゃない!
今までは、演技だと思っていたから普通に対応できていただけ。これらがすべて本気だとなると、いたたまれなくて挙動不審になってしまう。
でもそれがまたフィネルを刺激するみたい。
ステファノは、フィネルをこんな恋愛脳にしたのは私なのだから責任を持って愛されてください、なんて言う。
それと恥ずかしいのは別問題なのに!
だけど実は、蕩けるような顔をして、懸命に愛をアピールするフィネルが可愛くて仕方なかったりもする。私も相当に彼を好きみたい。
あのとき期間限定王妃の話を引き受けて、本当によかった。
《おしまい》