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この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

魔女は幽霊を永遠にする

作者: てむきゅー

「キミが握っているのはジョーカーだ。違うかい?」

 

 自信満々に告げられた言葉。

 その言葉にぎくりと息を呑んだ。

 私の手元にあるカード。それに描かれているピエロが笑みを浮かていたからだ。

 

「その様子じゃ当たりみたいだね」

 

「ええ、正解です。どんな手品ですか?」

 

「マジシャンが手品の種を明かす訳ないだろう。生徒会長」

 

「手品師じゃないでしょう貴方は。ねぇ魔女さん」

 

 私は目の前の女生徒――私と同じ高等部在籍の証である紫紺のブレザーの制服に身を包んだ女性へと、その別称を投げかけた。

 東屋の魔女。

 それが私の目の前で泰然自若に振る舞っている女性の異名だ。


 ただの一学生になんて大層な異名だと聞いた当時は思ったが……なるほどどうして掴みどころのない女性だ。

 魔女と評されるのも頷ける。

 

 この学園にはある七不思議の一つ。

 校舎裏の薔薇園。その更に奥にある東屋に夕方になると現れる不可思議な存在がいると。

 それこそが、彼女……東屋の魔女だ。

 

 私はとある用があって放課後、東屋に足を運んだ。

 すると噂通り、いた。

 魔女の姿が東屋にあった。

 

『やっと来たね、生徒会長』

 私の姿を見つけた魔女は、藪から棒にそう言った。

 まるで私が来るのをわかっていたかのような物言いに私は眉をひそめた。

 自分で言うのも何だが、私はこの学園の生徒会長として顔が知れ渡っている。一種の有名人だ。

 だから、私が生徒会長だということは大抵の生徒に知られている。

 

 私は今日、東屋に……魔女に会いに行くとは誰にも言っていない。

 それなのに魔女は、やっと来たねと――まるで私が来ることをわかっているような口ぶりだった。

 私のことを生徒会長だと知っていたから、やっと来たね生徒会長、としゃあしゃあと嘯けたのではないか。

 

 そんな私の疑惑が顔に出ていたのだろう。

 魔女はやけに演技がかった仕草で大仰に首を振ると。

 

『おっと、今、私が口からでまかせを言っていると思っているだろう』

 

『実際そうではないのですか。……貴方が今言うべきセリフは、珍しい客が来ただとか、何の用かなだとか……少なくとも私がここに来たことを予見したかのような物言いは違うでしょう』

 

『違くないさ。……そうだね、証拠を見せようか』

 

『証拠?』

 

『ああ、未来が分かるという証拠を――!』

 

 そう言って取り出されたのは、トランプ。

 

 そこからはなんの変哲もない。

 手品と称してかわりない茶番が私の前で繰り広げられた。

 それはシャッフルされたトランプの束から一枚を私が無作為に選び、その絵柄を魔女が当てるというものだ。

 

 結果は魔女の勝ち。ジョーカーは私の手の中で笑っている。

 勝ちと言うにはあまりにもお粗末だとは思う。

 あまりにもありふれた手品だ。

 それだけで彼女の未来が分かるなんて妄言を信じる訳ではないが……生徒会長である私の前で手品を披露する胆力は認めよう。

 

「で、生徒会長は私になんのようかな?」

 

「あら、未来がわかるのでしょ? だったら私の要件が何か分かるんじゃなくって?」

 

「おや、私が安々と言っても良いのかな。……幽霊を探しているなんて」

 

「――なっ!?」

 

 今度は本当に絶句した。

 幽霊探し。それは確かに私が東屋に訪れた目的だった。

 もちろん誰にも言っていない。

 

「なん――」

 

「なんでだなんて……さっき言っただろう。私は未来が分かるんだって。今日、キミは私から幽霊の正体……いや、幽霊が出るという噂の真相を聞く。そんな未来が見えていた」

 

 ニヤリと人好きのする笑みを浮かべる魔女。

 私はそんな彼女を見てゴクリとつばを飲み込んだ。

 どうやら眼の前の存在は伊達や酔狂で魔女だなんて呼ばれていないようだ。

 気を引き締めなければ、取って食われ――

 

「安心しなよ。別にとって食ったりはしないさ」

 

「……食えない人」

 

 どうやら読心術まで使えるようだ。

 これは本当に気を引き締めなければならない。

 私は改めて眼の前の魔女という存在に向き合った。

 

    ☓

 

 聖ロクサーヌ女学園。

 中高大一貫のマンモス校で、歴史は古く、伝統のある学園だ。

 博愛と施しの精神を掲げたシスター、聖女ロクサーヌ・クロイツェルがその矜持を全うすべく立ち上げた孤児院が前身であるこの学園は、良く言えば格式高い、悪く言えば古くさいものが多い。

 学園に流れる噂もその一つだ。

 噂……というのは、端的に行ってしまえば七不思議。

 今どきの学校に七不思議があるなんて珍しいだろう。そういうところが古くさい。

 

 この学園の七不思議。

 例えば夕方にしか現れない東屋の魔女。

 例えば礼拝堂地下へと招かれる生霊。

 例えば――

 

「生徒会室の幽霊」

 

 魔女は事もなげに目下私の悩みのタネである七不思議の一つを口にした。

 

「幽霊なんているわけ無いでしょ」

 

「そんな童謡があったなぁ。お化けなんていないさ嘘さ肥後どこさってね」

 

「そんな童謡はないです」

 

 私はため息を付きつつ魔女の言葉を否定した。

 ため息は深いものだった。

 東屋の魔女の噂は知っていた。

 なんでも、生徒会室の幽霊と東屋の魔女は切っても切れない縁で結ばれているのだとか。

 

 生徒会室の幽霊は最近になって盛んになった七不思議だ。

 誰かが広まるよう吹聴してるに違いない。そう思った私は、生徒会室の幽霊の真相を探るべく、幽霊と対となっている東屋の魔女について調べようと、こうして学園の端まで足を運んだのだ。

 

 そうは言っても、噂は噂でしかない。こうして足を運んだものの実際に魔女なんて存在しないものだと思っていた。

 ……いくら待っても生徒会室に幽霊なんてでないのと同じ。

 

 だがしかし、まさか今日その魔女と出会うだなんて思ってもいなかった。

 

「生徒会長殿は噂を否定しようとしたわけだ。幽霊なんていないし、魔女もいない。だから実際に夕方に東屋に行って魔女なんていないと証明しようとした。けれど、私がいた」

 

「……といってもただの生徒がサボタージュに使っていただけでしたけれど」

 

「サボタージュ? おいおい、噂は夕方になると魔女がでるだぜ。私だって昼間は真面目に授業を受けているかもしれないだろ」

 

「私は就業直後に寄り道せずここに来ました。それなのに魔女、貴方は私より先にここに来て寛いでいました」

 

「授業のコマ数が違うだけかもしれないだろ。私が一限少なかったんだ。会長と私とじゃ学年違う」

 

「同じですよ」

 

「何を証拠に。……この学園はタイの色で何学年か分かるようになっている。私は一年の黃。会長は三年の赤。残念ながらキミの推理は外れだよ、先輩」

 

 タイを見せびらかすように片手で持ち上げながら言う。

 だが、なかなかどうして残念なのは彼女の言い分の方だ。

 

「今年の一年はタイの色が緑色なんですよ。魔女……いいえ、羽島さん。……先輩ってつけたほうが良かったですかね」

 

 私の言葉を聞いた魔女、羽島は悪びれもせずに肩をすくめた。

 

「なんだ。知ってたのか。先輩はいらないよ。なにせ同学年だからね」

 

 私と彼女は同じ高等部の三回生。

 だが、学年を示すタイの色は違っている。

 理由は明確だ。

 彼女はダブっているのだ。

 

 私が生徒会長となったときに、教師陣に教えていただいた。

 私の学年には問題児がいる、と。

 その人物こそが羽島。授業に出ず、課題の提出率も悪い。毎回定期テストで満点を叩き出し全国模試で上位五パーセントに入っているから除籍されていないだけで、ギリギリ綱渡りで在学出来ているような状態の生徒だ。

 そんな彼女が現在、魔女と呼ばれ、七不思議の一つとまでなってしまっているとは……想定外だ。

 

「ま、私が授業をサボタージュしてるなんてことは些細なことだ」

 

「些細じゃありません。授業は受けてください。また留年しますよ」

 

「それは私に対しての脅しにはならないねぇ」

 

 魔女羽島は心底どうでも良さそうにケラケラと笑いながら、私の言葉を一蹴する。

 卒業するにしろ、大学にエスカレーターで行くにしても、留年していては話にならない。

 仮にもしも彼女を更生させ、真面目な生徒にできたならば私の内申も良くなるだろうが、今はそんな狸算する余裕はない。

 

「問題は、生徒会室の幽霊だろ」

 

 魔女の言葉に黙って頷く。

 私が今回解決したかったのは七不思議の方だ。

 いや、解決したいというのは語弊がある。

 七不思議。そんなものは存在しないと証明したいのだ。

 特に生徒会室の幽霊だけは絶対に否定したい。それは私が生徒会長だからというのもあるが、それよりももっと大切な理由がある――。

 

「どうしても七不思議を否定したいのかい?」

 

「ええ、私は生徒会室の幽霊だなんていう人をコケにしたような七不思議は眉唾だと証明しに来ました」

 

「それは残念。幽霊と仲良しな魔女はここにいる」

 

「ええ残念ですね。七不思議の一つである東屋の魔女の正体が不良娘のサボタージュだなんて」

 

 皮肉を込めて魔女を睨みつけた。

 その魔女は押しても無駄だとばかりに肩をすくめ。

 

「丸三年もこんなところにいたら七不思議くらい簡単になれる」

 

「三年……高等部になってからずっとここに通ってるんですか」

 

「ああ、そうだよ。……って言っても去年までは一緒にサボタージュしてくれる人がいたんだがな」

 

「魔女と一緒にサボタージュですか。よっぽどの物好きもいるもんですね。私だったら貴方みたいな人と一緒にいるなんて考えられません」

 

「ま、否定はしないよ。あっちは今じゃ幽霊って呼ばれてるしな」

 

「はい?」

 

「生徒会室の幽霊……去年、死んだ外間チトセは私のサボり仲間で……そうだな、恋人関係だった」

 

 突如として告げられた爆弾じみた発言に脳が機能不全を起こし、理解が追いつかなかった。 

 恋人……? 女同士で?

 

「ショックかい?」

 

 見るからに固まった私を見て、面白そうに口角を上げた。その様はまるで私のことを馬鹿にしているようで。

 

「嘘――」

 

「嘘じゃないさ」

 

「嘘……うそ、ウソ!」

 

 ああ……あからさまに取り乱してる。私の中の冷静な部分が私を俯瞰して、そう評した。

 だけれど、それが分かっていたとしても自分を抑えることが出来なかった。次第にその冷静な部分でさえも熱を帯びて消えていった。

 

「落ち着けよ。取り乱したって私とチトセが付き合ってたって事実は変わらないし、チトセが死んだ事実も変わらない」

 

「黙れ!」

 

「黙らない。黙ったところで何も変わらない……私もキミも前に進めない。そうだろ、外間アコ生徒会長」

 

 事もなげに魔女は私のフルネームを口にした。

 知っていたのか。……いや、知られていてもおかしくない。

 私は生徒会長で、この学園の顔で、誰からも信頼されている。

 この学園の中じゃ誰よりも有名人だ。……いい意味でも悪い意味でも。

 私のことを知っていてもおかしくない。

 私は歴代の生徒会長の中で一番人から注目されているのを自覚している。

 ……姉妹で生徒会長になったのだから。

 私は、去年不慮の事故で死亡した生徒会長、外間チトセの妹。

 

「怒った顔がよく似てるよ。さすが姉妹だ」

 

「黙れ」

 

「そうそう。怒ると攻撃的になってね。そこも似てる」

 

「黙れよ!」

 

「私が口を閉じたところでキミの姉は帰ってこないよ」

 

「――! 知ってるよっ! そんなこと」

 

「いいや。分かってないね。だからキミは生徒会室の幽霊……昨年死んだ外間チトセが化けて出るなんて眉唾の噂を信じて追っている。いいかい、あれは噂だ。本当にチトセがいるわけ無いだろう」

 

 カッとなった頭に冷水を浴びせられた。

 盛った炎は勢いを弱め急速に萎んでゆく。

 ――チトセがいるわけない。

 その言葉は私に現実を突きつけた。

 姉は死んだ。事故にあって亡くなってしまった。

 特別仲の良かったわけではない。

 けれど、私のただ一人の血を分けた姉妹だ。

 情はある。まだ話したかったこともたくさんある。突然すぎる別れだった。

 たとえ幽霊だとしても、もしもう一度だけ出会えたのならば……そんな未練が私の尾を引く。

 けれど、そのもう一度はもう来ない。

 

「……なんで生徒会室の幽霊なんて噂が流れたんだよ」

 

 そんな噂さえなければ私は未練をこんなにも引きずらなかった。

 七不思議を追うなんて馬鹿な真似しなかった。

 

「――例えば、東屋の魔女が本当にいたとしたら、生徒会室の幽霊も本当にいることになるんじゃないか」

 

「はい?」

 

「……忘れてくれ馬鹿なことを言った」

 

「羽島さん……」

 

 ああ、そうか。

 彼女も悲しいのだ。

 お姉ちゃんと恋人関係だと言っていた。

 家族の私だって悲しいのだ。

 恋人だという彼女にだって言うに尽くせない悲しさがあるのだろう。

 

 ……予想だが、生徒会室の幽霊の噂を流したのは彼女なのではないか。

 お姉ちゃんの死を忘れられない魔女が作り出した幻影。それが生徒会室の幽霊。

 生徒会室の幽霊も、東屋の魔女も最近になって流行りだした七不思議だ。

 魔女は意図的に二つの七不思議を作り出した。

 そして自身も七不思議の一つになることで、七不思議は実際に存在するものと自身に言い聞かせていたのだとしたら。

 

 東屋の魔女が存在するなら、生徒会室の幽霊も存在する。

 そう思い込むことで恋人の幻影にしがみつこうとしたのではないか……。

 

「生徒会長……いや、アコちゃん。キミは幽霊の正体を言いふらすかい?」

 

 不意に魔女はそんなことを聞いてきた。

 その瞳は不安に揺れていた。

 それもそうだろう。生徒会室の幽霊はお姉ちゃんを……外間チトセを、恋人を失った魔女の作った微かなよすがだ。

 妹の私ですら知らなかった二人の関係。きっと誰にも言っていないのだろう。

 死が二人を分かった後、血縁でもない内緒の関係だった二人を繋ぐものはもはや完全に無いに等しい。

 

 けれど、七不思議として語り継がれることで、変なことだが繋がりができた。

 二人は……幽霊と魔女は仲良しだという七不思議だ。

 

 現実ではもう結ばれない二人だが、七不思議として伝えられることで結ばれる。

 

「誰にも、言いませんよ」

 

 これがもし、お姉ちゃんの死をネタにして面白おかしくからかってやろうって魂胆で広まった噂だったのなら、私は噂を広めた人を絶対に許さなかったし、徹底的に噂を根絶やしにするつもりでいた。

 

 でも、真実は違った。

 目の前の魔女は誰よりもお姉ちゃんの死を悲しんでいる。

 お姉ちゃんのことを思って、生徒会室の幽霊なんていう噂を立てたのなら、私も何も言うまい。

 

 生徒会室の幽霊の真相は突き止めた。

 そこに悪意がない以上、これ以上ここにいる必要はない。

 私は何も言わず立ち去ろうとして。

 

「ありがとうね」

 

 魔女は静かに礼を言った。

 私から言うことはない。正直、お姉ちゃんに彼女がいたという事実に驚きを隠せない。

 二人の仲を認めることができるかと聞かれれば難しい話だ。

 でも、二人の仲にとやかく言う資格は私にはない。

 

 そう思ったが、目の前の人物に生徒の模範である生徒会長として言わなくてはならないことがあると思い直し、立ち止まる。

 

「授業には出てくださいね。この不良娘」

 

 私の言葉を聞いた当の不良娘は肩をすくめ。

 

「善処するよ」

 

「行動に移してください。……卒業できなかったらお姉ちゃんも悲しむはずです」

 

 と、言ったものの魔女の言葉を信じるならばお姉ちゃんもここで授業をサボっていたらしい。

 それでも先生からの覚えがよく生徒会長になれたのだから、要領がいいというべきか……。

 仮に恋人が出席日数が足らず退学処分になったとしたら、お姉ちゃんは悲しむだろうか。なんか、やっちまったもんはしょうがないと笑い飛ばしそうな気がしないでもない。


「キミはどうだい?」

 

「何がですか?」

 

「私が学園から去ったら悲しむかい?」

 

「まさか」

 

 鼻で笑うように魔女の言葉を否定した。

 いくらお姉ちゃんの恋人だった人だとしても、私とは初対面だ。

 極論彼女がどうなろうと私の知ったことではない。

 

 だけれど――

 

「貴方がいなくなったら、せっかく広まった七不思議は誰にも語られなくなるでしょうね」 

 

 人の噂は七十五日という。

 噂の元となる人物がいなくなり、積極的に噂を広めようとする人物が居なくなったら、東屋の魔女も生徒会室の幽霊もたちまち人々の間から消えてしまうだろう。

 

「そっか……」

 

 魔女は何を思ったか。

 ただそれだけ呟くとそれきり黙ってしまった。

 私もこれ以上言うことはない。

 かつてお姉ちゃんと不良娘が逢瀬を重ねたであろう東屋を立ち去った。

 

    ☓

 

 聖ロクサーヌ女学園は伝統のある古式ゆかしい学園である。

 学園に通う生徒は格式高く、伝統を重んじ、博愛の精神を抱えている。

 そんな学園には、普通の学校にはあまりないある噂が流れていた。

 その噂とは、ロクサーヌの七不思議。

 その詳細は以下の通りだ。

 

 無人の音楽室に流れるソナタ。

 無限に続く屋上への階段。

 礼拝堂地下へと招かれる生霊。

 視線を向けてくるロクサーヌ女史の肖像画。

 存在しない二年E組とそこにいざなう黒い影。

 

 そして――

 

 生徒会室の幽霊と東屋の魔女。

 

 それらは内容が変わったり、噂そのものが別のものに入れ替わったりしながらも七つ伝えられてきた。

 今言った七つも、年月が経ち、世代が変わることで入れ替わっていくことだろう。

 

 衰えるのは世の理。永遠に続くものなどない。

 私はそれを悲しいと思わない。

 永遠に続かないからこそ、一瞬一瞬が尊いのだ。

 悲しみも喜びも、今にしかない感情だ。

 家族を失った悲しみも過去のもの。……今もまだ正直引きずってはいるが、時間が癒やしてくれる。それにお姉ちゃんは私達家族以外にも思われていた。その事実が私の心を軽くした。

 

 ジョーカーを言い当て未来が見えるなどと嘯いた胡散臭い魔女との邂逅から季節はめぐり、例年よりも早く桜が舞い散る春となった。

 今日は三月七日。高等部三年の卒業式が行われた日だ。

 式はつつがなく行われ、諸々の所要を済ませた私は例の東屋に顔を出していた。

 そこに、あの人――魔女がいると思ったからだ。

 

 私の予想は外れなかった。

 

「良かったですね。きちんと卒業できて」

 

 設えてある椅子に腰掛けながら、目の前の人物に話しかける。

 

「ま、私は頭の出来がそこいらの輩とは別物だからね。ガチれば余裕さ」

 

 秀才さをひけらかすその態度が鼻についたが……めでたい日なのでスルーしてあげることにした。

 代わりに出会った日から感じていた疑問を問いかけた。

 

「今日で多分、あなたとは会うことなくなると思うんで、最後に一つ聞きたいんですけど」

 

「なにかな? スリーサイズなら教えないよすけべ」

 

「……どうして初めて会ったあの日、私がジョーカーを持ってるってわかったんですか?」

 

 軽口を聞き流し、私の疑問をぶつける。

 思い出すのは彼女と初めて会った日、魔女は数あるカードの中から私の握っていた絵柄を言い当てた。

 あれからトランプを使った手品をいくつかネットで漁ったが、あの日の手品のタネらしきものは見つからなかった。

 

 私の問いかけに魔女は鼻を鳴らすと。

 

「……恋人の私が言うのも何だけど、アイツは変わったやつだったよ」

 

 そう言って懐から無色透明のケースに入った紙束を取り出した。

 

「それがタネさ」

 

「これは……」

 

 手渡された紙束はトランプだった。

 私はそれを手の中で広げ、一枚一枚絵柄を確認し、顎が落ちそうになった。

 まさかこんな単純なタネだったなんて……。

  

「全部ジョーカー……」

 

「アイツ、トランプからジョーカーだけ引き抜いて集めてたんだよ」

 

「これ、あなたがやったんじゃないですよね……」

 

「言っただろ。アイツが……君の姉ちゃんが集めてたんだよ」

 

「わけわからんことを……」

 

 私の記憶の中にいる姉は、賢く聡明で、間違ってもジョーカーだけの紙束を作るなんて意味不明なことするような人ではなかった。

 

「ジョーカーはゲームだとどのカードの代わりにでもなれる――何にでもなれる。だから好き……君の姉ちゃん、チトセが言っていた言葉だ」

 

「いや、だからってジョーカーだけじゃ意味がないでしょ」

 

 どのカードの代わりになれるのだって大富豪とかスピードだとかの話だ。すべてのゲームで通じるわけではない。

 

「やるよ……ちがうな、返すよそのトランプ」

 

「いいんですか?」

 

「ああ。もともと勝手にパクったものだったし。いつか返そうと思ったけど、返せないままだっただけ」

 

「そうですか。じゃあ、仏壇にでもお供えしておきます」

 

「そうしてくれ」

 

 そう言うと魔女は……羽島は立ち上がった。

 

「帰るよ。最後に話せて良かった」

 

「あ、待ってください。最後に一つ……」

 

 私は手元の紙束から一枚引き抜くと、裏向きで羽島に突き出した。

 

「なんのカードだと思います?」

 

 問いかけに羽島は一瞬面食らった様子だったが、すぐに気をとりなおし、告げた。

 

「ジョーカー、だろ」

 

「残念。ハートのエースです」

 

 カードを表にひっくり返す。

 赤色のハートが一つ踊っているのを見て、羽島はまたも鳩が豆鉄砲くらったような顔をした。

 が、すぐに苦笑を浮かべる。

 

「よくできてる」

 

「タネは教えませんよ」

 

「いいさ。間に合ってる」

 

 羽島は、何を思ったか寂しげに目を伏せる。

 

「……変わらないものはないんだな」

 

「でしょうね。何事もちょっとづつ変化していきますよ。ジョーカーが他のカードに変わったみたいに」

 

 私は続ける。

 

「でも、忘れないこともある」

 

 私も、羽島も卒業する。

 幽霊のことも魔女のことも知っている生徒は減っていくことだろう。

 語り継がれなくなった七不思議はいずれ別の噂に置き換えられることだろう。

 

 でも、私は忘れない。

 優しく、聡明だった姉のことを。

 少し不良で、素行の悪い魔女を名乗る先輩と中が良かったことを。

 その魔女が本気で姉のことを好きだったこと。それこそ一緒に七不思議になってしまうくらいに。

 

 私は、そんな姉と羽島を――幽霊と魔女のことを永遠に忘れないだろう。

 

「お姉ちゃんと仲良くしてくれてありがとう」

 

 羽島は寂しげに微笑むと。

 

「ああ。こっちこそありがとう。……おかげで前に進める」

 

 ――その日、学園から魔女が卒業した。じきに誰も魔女の話も幽霊の話もしなくなるだろう。

 

 でも、私が覚えている。

 仲の良い魔女と幽霊のことを私は決して忘れない。

 

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