~優羽~初めての指名~
pm6:40。
この街の夜が始まろうとしていた。
昼間の人間とは違う世界の人間が現れ始める。
肌を露出し猫なで声を出し男を引き寄せる女達、真っ黒のスーツのパンツを腰ではき、格好を付けて女に声をかけ、店に引き込む男達。なにか危ない物を売りそうな外国人。
夜のこの街は喰ったり喰われたりしてなりたってる街だ。
この街で働いている若者が一人、名前は『優羽』ホストだ。
優羽は高校を中退して、街をぶらぶらしている所をホストクラブの社長にスカウトされた。何もやりたい事がなかった優羽は二つ返事でホストになった。
「はようございます」
先輩に挨拶する優羽。
「おぅ、ってお前さもっとYシャツのボタン開けろよ」
と会うたびに毎度Yシャツのボタンの事を言ってくる先輩。
この先輩は優羽よりも5歳年上の22歳。優羽の教育係だ。名前はハル。「ハルさん、またチャック開いてますよ」
優羽も何度もこの言葉を言っている。
「え?って開いてねぇ〜よ!お前は毎回先輩をおちょくりやがって」毎回言われてるのに、いつも引っかかるハル。
ハルと優羽の一日は大体いつもこんな感じで始まる。
「じゃ、店始まるから外行って客引っ張ってきます」と言い歩きだした優羽。
「おう、じゃあな」と言い、ハルは自分の仕事をした。
外に出た優羽は、肌を露出し、声をかけて欲しそうな、なおかつ、金を持っていそうな獲物を探した。と言ってもほとんどがそんな人だった。
だが、優羽だけではなく他にも獲物探しをしているホストがたくさんいた。そいつらよりも早く捕まえる事が何より大切だった。
優羽はまだ新人だったので客引きがノルマだった。たくさん引き込めば、その分給料がもらえるのだ。
優羽は目に付く獲物にどんどん話掛け、店に案内した。
一時間ぐらい経過した頃、ハルが呼びに来た。
「さっきお前が引き込んだ客、お前の事指名してるぞ、店戻れ。」
「はい」と答え、店に戻っていった。
店に戻った優羽は一度、控え室に戻り、鏡の前で身なりを整えた。なんせ初めての指名だ。
少し気合いが入り念入りに鏡を見つめた。
少し長めの赤茶色の髪に軽くうねりが入っている。奥二重で優しい目、筋の通った鼻、薄い唇、若々しい肌、体つきはまだ17歳らしい細身だ。
これじゃぁ、スカウトされるのも無理はない。
鏡を見つめていた優羽は「よしっ!」
と一言言い、軽く頬を叩いて控え室を後にした。
緊張しながら、指名された女性が待っているテーブルへと歩いていく。
「お待たせ致しました。ご指名ありがとうございます。優羽です。初めまして。」
よしっ!噛まずにマニュアル通りに言えた。優羽は心のなかでニヤリとした。
優羽のしゃべり方は普段おっとりしゃべる方で、しかも活舌が悪いのだ。この台詞は何度も練習した。
「やっと来たぁ〜」女性が言う。
顔を上げて相手を見る。「先ほど外でお会いしましたね。とても綺麗な方だったのでつい声をかけてしまいました。」嘘八百だ。口からでまかせだ。全く覚えてない。 「嬉しぃ〜ありがとう。私も初めて見た時から優羽君の事かっこいいと思ってたの〜私ね、今日で3回目なんだぁ」と女性が言う。
20代前半ぐらいで、みるからに自分と同じ職業の感じがプンプンと漂っている。化粧もとても濃い。すごい胸の谷間だ。人工か?自然か?
そんな事を考えながら、谷間に目がいかないように優羽は努力した。
「お名前は?」
「くるみで〜す」
「かわいい名前ですね。くるみさん、隣に座ってもいいですか?」
「うんっ!もちろん!きてきて〜!」くるみがソファーをポンポンたたきながら言った。
優羽はゆっくりと、そして、くるみに近づきすぎず、離れすぎずの、ベストな位置に座った。
テーブルを見ると、シャンパンが一つ置いてあり、くるみが飲んでいると思われる。
「シャンパン好きなんですか?」優羽は奥二重の優しい目でくるみを見つめながら聞いた。
「うん、好き〜」
「くるみさんに似合うシャンパンがあるんですけど、頼んでいいですか?」ついこないだハルから聞いた、ピンク色のシャンパンの事を思いだし、くるみに言った。
「くるみに似合うやつ?何かなぁ〜?楽しみぃ」とぶりっこになって言った。
すぐにピンクのシャンパンが運ばれてきた、値段もそこそこ。
優羽がピンクのシャンパンをピンクのグラスに入れて、くるみに手渡した。
「わぁ〜かわいい〜くるみピンク大好きなのぅ」予想通りのリアクションだった。
優羽は自分の分は透明のグラスに入れ、くるみのグラスに「チリン」と当て乾杯した。
またここで、優羽は上手く行ってるぞと思い、心の中でニヤリとした。
「優羽くんって何歳?私より年下かなぁ?」とくるみ。
「くるみさんは何歳?」また、くるみの目をじっと見つめる優羽。
女性の目をじっと見つめるテクニックもハルから聞いた。
「21歳だよ」優羽の顔にドキッとしたのか、すこし上目使いで、頬を赤らめながら答えるくるみ。
「俺は22です。一個年上ですね。」またまた嘘をつく優羽。でも、この嘘のつき方もハルに教わったもの。若い客はたいてい年上好きだから、一個ぐらい上言っとけと。
「年上だったのかぁ〜よかったぁ。私年下よりも年上好きなの」 ハルの言った通りだった。
「そしたらさぁ、優羽くん敬語じゃなくて普通にしゃべってぇ、ねっ。」優羽の腕にボディタッチしながら言うくるみ。
「そうだね。くるみちゃん」
優羽は敬語を辞めて答えた。
話をしているうちに時間は経ち、終了の時間になった。このホストクラブは人気がある為、延長などなく、一時間とピッタリ時間が決まっていた。 「優羽さん、お時間です」ボーイが優羽に小声で伝えた。
コクリと優羽がうなずいた。
「くるみちゃん、もう終了の時間になっちゃったみたい。もっと一緒に居たかったな」
とマニュアル通りに言う優羽。
「もう終わりかぁ。優羽君といると時間過ぎるの早い〜、もっと一緒にいたいよぉ」とギュっと優羽の腕を掴むくるみ。そして、優羽の腕に胸を当てる。これも、気に入った男を落とすテクニックだろう。
「くるみちゃん、また来て欲しい。」またくるみの目をじっと見つめ優しく聞く優羽。
「また来るね。また来るから優羽君が相手してね」とくるみ。
「もちろんだよ、くるみちゃん」と優羽はくるみの肩に腕を回して答えた。
くるみは大満足して、ホストクラブを出て行った。
優羽も初めての指名で、初めての接客、緊張はしたものの、上手くいったと満足した。
この喜びを伝えようとハルを探し、店内を見渡した。
ひときわ盛り上がってる場所があり、その中央にはハルがいた。
ハルは4人の女性に囲まれ、両腕を4人の肩に回していた。
ハル達が座るテーブルの上には、たくさんのお酒や豪華に盛りつけたフルーツなどでうめ尽くされていた。
ハルは人気があるホストだ、一日に何人からも指名があり、ワンマンで出来ない為、4人の女性の相手を一気にしているのだ。
大人気のホストを指名しているのだから、客もそれは承知している。
まもなく終了と言う時に、何段にも積み重なられたワイングラスが登場した。そして、ハルが一番上のグラスからお酒を流し始めた。ドンペリだ。店で一番高いお酒。それを、贅沢にも2本開けて流している。
優羽はピンクのシャンパン一本で喜んでいた自分が恥ずかしくなってしまった。
控え室に戻り待機する優羽。鞄から携帯を取り出し、開いてみる。
特になにもなし。こんな夜にだれからも連絡が来るはずがない。しかし、夜でなくても優羽に連絡をくれる人は居なかった。
優羽は高校を中退している。高校の時に突然両親を亡くしてしまったのだ。事故だった。兄弟はいなく、一人っ子だった優羽は一人ぼっちになってしまった。
そんな中、ホストにスカウトされ、ハルと出会い、事情を知ってか優羽を弟のようにかわいがってくれる。
優羽は表には出さないが、内心それが心の支えになっていた。
携帯を閉じ、鞄にしまった。
その時、控え室にハルが入ってきた。
「いや〜やべ〜やべ〜」と言いながら、椅子に座り、煙草を吸い始めるハル。
「おつかれ様です」と後ろ向きで答える優羽。
「おぅ、あ〜さっきの客、いっぺんに俺の腕ひっぱるから抜けるかと思ったぜ」と肩をグルグル回しながら言うハル。
しかも煙草を持ってる手を回していたので、手から煙草が抜け、見事に優羽の方へ飛んで行った。「あ〜〜」
と飛んで行った煙草を見つめながら、叫ぶハル。
その声に驚き振り返る優羽。
優羽が振り返った直後に優羽の顔すれすれで煙草が通り抜けた。
「ん?」と何が起こったのか分からない様子で顔をキョロキョロさせる優羽。
ハルを見ると「危ね〜!!」と爆笑しながら優羽を見ている。
「今さ、こうやって腕回してたら、お前の方に煙草がポ〜ンって飛んでっちゃったの、ごめんね」とまだ笑ってるハル。
「ハルさん〜」と優羽もつられて笑いながら言う。
「じゃぁ謝ればいいんですか?優羽君、危ない目に合わせて、どうもすいませんでした。」とテレビに出ている芸人の真似をしながら言うハル。
「謝る気ゼロっすね」っと優羽も便乗した。
ハルは優羽が寂しそうな顔をしている時、いつも笑わせてくれる。いつもは優しくないが本当は心優しい先輩なのだ。
「そおいえば、お前の初指名の客はどうだった?上手く出来たか?」さっきのふざけた表情とは違い仕事の顔になって聞くハル。
「まぁまぁ」と簡単に言う優羽。
「ちゃんと報告しろっ」と真剣に言うハル。
「上手く出来ました。客も満足してくれたみたいです。また俺指名で来るって言ってたし。でも..」
と言葉を詰まらせる優羽。
「どうした?」心配そうに聞くハル。
「ピンクのシャンパンしか注文出来なかったです」とハルの目を反らして答える優羽。
少し沈黙の後、ハルが言った。
「お前、俺が言った事ちゃんと覚えてたんだな。」
「何がですか?」と聞く優羽。
「女はピンクが好きって事だよ。あと、若いおんなは年上好きな事もだ」とニヤリと笑いながら言うハル。
「初めてにしては上出来だ。満足して帰ってもらう事が一番大切だからな。よくやった。」とハルは優羽を褒めた。
優羽はコクリと頷いた。
コンコン。
ドアをノックする音。
ガチャっと扉が開き、ボーイが入ってきた。
「ハルさん、ご指名です。お願いします。」
「はいよ」と軽く返事をし、答えるハル。
「お前も来い。俺のアシストだ」と優羽の方を振り向きハルが言った。
「はい」と優羽が答え二人は控え室を出て行った。控え室を出る優羽の後ろ姿は誇らしげだった。