1 城塞都市オグレス=ガルズへの来訪(4)
完全に糸目に戻ったセシル騎士が感心したように言う。
「アルラウネにアラクネーですか。2匹とも益獣と聞いていますが、実物は初めて見ました。ずいぶんと人間に慣れているのですね」
「この子たちは特に、でしょうか。あーちゃんは慣れすぎですね、くーちゃんぐらいが普通だと思いますよ?」
「ミ!? ミミィッ!」
苦笑しながら応えるライラ姉の言葉を聞いて、掌の上のアルラウネが抗議するように両手を突き上げる。
さらに、腕をよじ登って肩まで戻り、ライラ姉の髪の毛を引っ張り始めた。「あはは、ごめんごめん」と肩口のやんちゃを宥めながら、終始背後でもじもじしているアラクネーを優しく撫でるライラ姉。
今度はそちらへと向けられたニコラお嬢様の顔にはち合わせて、アラクネーはびくりとして一度ライラ姉の後ろへと引っ込んだけれど、すぐにまた顔だけおずおずとのぞかせる。
「しかし、2匹ともに糸を紡ぐ益獣……ライラ様は服飾系のお仕事を?」
「いえ、医療に従事しています。この子たちの糸は人間の血肉に馴染むので、手術の縫合に適しているんですよ」
いつものようにライラ姉はさらっと答えるけど、案の定、セシル騎士は目を丸くした。表情が分かるようになってきたマクファーレン騎士の目も、今度は分かる分からない関係なく、分かりやすく丸くなっている。
「医療で?」
殺気以外でも糸目じゃなくなることあるんですね――じゃなくって、
「ライラ姉はこの界隈じゃライラ・“天使”って呼ばれる医師なんです。ライラ姉ぐらいしか出来ないんですけれど、ポーションや魔術具で治すだけじゃなくって、糸で傷口を縫い合わせることがあって、その時に使うんです」
と、補足説明を少々っと。
植物の魔物でもあるアルラウネが生成する繊維質?の糸は皮膚を縫うときに、蜘蛛の要素があるアラクネーが生成する蛋白質?の糸は内蔵とかを縫うときに適しているとか、アレルギー反応?とか生分解?とか、全く意味の分からない単語が多々あって説明できないんだけれど、実際、ライラ姉が手術をした上でポーションや治癒の魔術具を使う方が回復が早く経過が良い。
……まあ、その手術自体は人間をバラしてるみたいで……特に前半……初めて見たときは治療には見えなかったなぁ……。
「お医者様ですの?」
「糸で縫うと? 人間をですか?」
ニコラお嬢様とセシル騎士に同時に話しかけられて「ええっと……」と言い淀むライラ姉。
その視線が二人の間を行ったり来たり。
どうしたんだろう?
「あ」
唐突に気付いた。
ライラ姉以外、誰も名乗ってなくない?
見上げた先、グレンさんと目が合う。
一瞬は「ん?」的な感じだったけど、すぐさま気付いてくれたらしい。にやりと笑いつつ、僕の頭をガシガシ撫でた。
そして咳払いを一つ。
「あー、改めて紹介するぞ?
まず、目の前の女性医師はライラ・“天使”、ここの家主でもある。
それから始めに迎えてくれたのはその姉のリネット・“死神の刃”、傭兵ギルド屈指の強者でライラ医師の護衛でもある。
で、三人を探すのを手伝ってくれたこの少年はリネットとライラの弟でカイル、魔術具整備士の見習い中だ」
ライラ姉はさっきと同じようにさらりと、リネット姉は直立不動で軽く一礼した。僕も慌ててお辞儀する。
そこで、ニコラお嬢様と2人の騎士様もまだ名乗っていないことに気付いたらしくて、3人とも居住まいを正した。
「で、こちら……
いや、まずはこちらの女性騎士は護皇12聖騎士団の第2騎士団長左席副官であり聖騎士のフレデリカ・“荊”・セシル殿。
で、こちらの大柄な男性騎士は同じく護皇12聖騎士団第2騎士団長の右席副官、聖騎士のロナルド・“要塞”・マクファーレン殿。
お二方ともに騎士団長副官なんだが、要するに騎士団長の補佐を務める将官だ」
お二方が直立で聖騎士の礼をとって、セシル騎士が一言「以後お見知り置きを」と添えた。
と、添えられたんだけれども、いやいや騎士団長の補佐ってスゴく偉くてデキる人ってことですよね? 平民としては、こちらがお見知り置きいただければ光栄なんですけれど!?
しかし、このお二方が護衛するってどんな立場なんですかお嬢様は。グレンさんもわざと後回しにしたっぽいし。
とか呑気に考えてるのを待つでもなく遮るでもなく、淡々とグレンさんは続けた。
「で、聖騎士たるお二方が護衛されているこの御方は、フラムスティード公爵家ご令嬢、ニコラ・フラムスティード公女殿下だ」
……
…………
………………はい?
「「「ええっ!?」」」
リネット姉もライラ姉も驚いたけれど、僕の驚いた声が一番大きかった。
姉さんたちはすぐさま膝を突いて頭を垂れて、僕だけがあわあわとし続けた。
「って、あの聖皇国4公爵家のフラムスティード公爵家のことですか!?」
「そうだ、カイル」
いや、あっさり頷かれても困る、何しろ、ということは、護皇12聖騎士団の頂点、円卓36席筆頭格の家のお嬢様ってことで、実質お姫様じゃないですか!
ヤバいっ! そんな雲上人にどう接すればいいのか分からないっ、取りあえず姉さんたちの真似を――いや、《《姉さんたちならともかく》》純正品のド平民たる僕だとそれじゃ足りなくないか? 敬意とか何かそういうモノが――っても他にどうしろと? 何もしないよりはマシなはず!
と、遅ればせながら――と思ってたところで、そのお姫様に遮られた。
「余計な畏敬は無用にお願いしますわ」
「しかし」
「そうは仰いましても」
お姫様直々に言われても、はいそうですかとはいかない。
姉さんたちが姿勢を変えないのを見て、お姫様が《《少し変わった》》困り顔になった。
慣れてはいる、いるんだけれど困った、みたいな感じだろうか?
で、救いを求めるようにグレンさんを仰ぎ見る。
なお、膝を突くのか突かないのか分からないという中途半端な姿勢である僕も、救いを求めるようにグレンさんを仰ぎ見ていることを、正直に申し添えよう。
グレンさん……助けてっ。
軽く苦笑するグレンさん。
「リネット、ライラ、掛け値無く本当に大丈夫だよ。この子は変わり者でね、そういうのが嫌い――いや、嫌いすぎだな。立場上もう少し敬われることを受け入れなければならんのだが……」
強く頷き「全くその通りです、殿下」と漏らすセシル騎士が、お姫様にすかさず「『殿下』はやめてと言っているでしょう? ニコラでいいの!」と切り替えされ、しぶしぶ「……その通りですよニコラお嬢様」と言い直された。
なるほど、どうやら本心かららしい。確かに変わり者だ。
でも、だからといって、ほいほいと軽い対応に出来るわけも――と思っていたら、ほいほいと対応しちゃう人が一人いたんだった。
今、奥から顔を出した人が。
「ふむ、なかなかの変わり種だね。まあ本人が言うんだから気軽に話させてもらおうじゃないか。ニコラ嬢にフレデリカ嬢、ロナルド君でいこう」
白銀の長髪と鈍い緋色の瞳、それが真っ白い肌に映えていて、細身のしなやかな肢体に整った顔が乗っている。
ちょうど可愛いと美人の中間をいってる感じで、僕と同い年か一つ二つ上ぐらいだけれど、大人になったらライラ姉っぽくなるのかリネット姉っぽくなるのか、どっちにしてもモテるのは確定と思われる顔立ち。
「何はともあれ、君たちはいつまでそこで話し込んでいるんだい? いい加減中に入りたまえよ」
さらっと言い残して奥へ戻っていった、その姿を見送りつつ気付いた。
……ずっと玄関でしたね。
(続く)