戦いを選ぶ者たち
「……馬鹿じゃないの、フィーナ様もエルザも」
何のための戦いなの?誰かを幸せにするために仕方なくやるのが戦争じゃないの?
何も手に入れられない、失うだけの戦いに、命を賭ける理由なんてないでしょう?
ナナシくんがフィーナ様の友達だっていうのは分かるけど、それがどうしたって言うの?
ボクだってエルザは友達だと思ってるけど、だとしてもエルザには悪いけど命まで賭けられるものだとは思えない。
「本当に、馬鹿な子ですよねえ」
部屋の外から急に話しかけられて身体がビクッと反応する。
この声、セレス学園長?
ガチャ
「本当に……馬鹿な子たちだ」
セレス学園長と同じことを呟きながら色黒でスキンヘッドの大柄の男性がセレス学園長と共に部屋に入ってきた。
この人……確かゴリアテさんだ、アルメリア王国ギルドのギルドマスター。
『近接戦闘のスペシャリスト』『肉体強化の完成形』『豪腕』彼の呼び名は勇者のパーティに所属する人たちの比べても何ら遜色のない強さを誇っている。
「あんな子供が……いや、子供だからこそですか。打算や未来を考えずに物事を選択してしまうなんて」
「しかし、それを間違いというには我々は大人すぎますなぁ。少なくとも彼にとっての正解を、我々では導き出してあげられない」
権力ある大人の会話を初めて聞いた。
それはとても知的で、大人の色気とでも言えばいいのだろうか?
とても余裕のあるというか、魅力的に聞こえた。
------でも。
「……打算や未来より、今を選ぶのは間違いなんですか?」
思わず開いてしまった口を急いで手で塞ぐ。
自分でもなぜこんなことを口にしたのか分からない。
しかし2人はそれを咎めることも、笑うこともなかった。
ゴリアテさんは自分の頭を片手で撫で、セレス学園長は小さく微笑んでいた。
「いいえ、正解も不正解もありませんよ。きっと彼らも悩んだ末に出した答えなのでしょうから」
「そうですなあ、彼らにとってはあまりに早い苦難の選択ではあったでしょうし、正義の勇者にとっての不正解がフィーナ・アレクサンドにとっての不正解かどうかは分かりませんしね」
勇者にとって、フィーナ様にとって。
その2つの正解が異なるなんてことがあるのだろうか?
「それは貴方にとっても同じことですよ?スズ・ベルクス。確かに私は貴方に勇者のパーティとしてのヒーラーになることを薦めました。断りづらい話ではあったでしょうし、貴方の家庭環境にとって報酬が魅力的に映ることも分かっていた上でです。貴方は行くべきなのでしょう、勇者のパーティの薬師として」
「しかし、スズ・ベルクスというベルクス家の長女としては行かない方が正しい。君には支えねばならない大切な家族がいるのだから」
そう、なのだ。
本来ならばボクは行かねばならない。
でも行けない。
ボクはまだ、間違っても死ぬわけにはいかない。
「ボクは……」
結論を出そうとしたボクにセレス学園長が手のひらを見せ、再び小さく微笑んだ。
ボクの守りたいものは。
ボクの命を賭けるに値するものは。
「スズ・ベルクス、物事には手遅れということなどいくらでもあります。しかし、まだ手遅れまでには時間がありますよ?結論を急ぐ必要はありません、ゆっくり選ぶといいですよ」
「ボクも、行きます」
そう言ってボクは部屋から飛び出した。
セレス学園長やゴリアテさんが何か部屋で言っていたのかもしれないけど、ボクの選択も間違っているのかもしれないけど。
私にはナナシくんのために死ぬ理由なんてないし、エルザやフィーナ様を死んでも助けたいような理由もない。
この戦争に興味なんてない。
怖いけど、行く理由なんて探しても探しても見つからないけど。
フィーナ様やエルザを殺させないことが、きっと家族の平和を守ることになると思ったから。
ボクの大切な家族を守るために、勇者のパーティで守っていくために。
ボクも行くんだ、戦いに。
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「若さとは羨ましいものですな、セレス学園長」
「あら?レディにそんな同意を求めますか?」
2人は部屋に残され、小さく笑い合った。
「さて、我々も行きますか」
「ええ、そうですね」
ゴリアテは小さく伸びをした。
ギルドマスターになる前、強者とし名高かった頃の戦う前のクセ。
セレスは大きく深呼吸をした。
覚悟を決める前に、その覚悟が正しいかどうかを確かめるために、頭の中を整理するために。
「さあて、久々の戦い、腕がなりますなあ!!身体が鈍ってなければよいがな」
「ふふ、子供の間違いを正しに行くだけですよ?今は体罰に厳しいですからね、お説教で済ませてもらえると助かるのですが」
ゴリアテとセレスと目的は一致していた。
フィーナ・アレクサンド、エルザ・アルカ、スズ・ベルクスの護衛である。
ヘリオがナナシとの戦いを選んだ時、必ずこうなると踏んでいたからだ。
2人もスズの後を追った。
そしてようやく、戦いの役者は揃った。
引き返すことのできない、間違いだらけの正義と悪の戦争が、始まろうとしていた。




