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悪の勇者の異世界征服  作者: 東乃西瓜
四章  正義に染まる者たち
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勇者の覚悟

「ナナシとは僕がやる」



 戦争が始まるという一言でフィーナに呼ばれて集まった私とスズを前に勇者は言った。

 フィーナが、私たちにそう言った。



「……本当に?」



 スズがフィーナにそう聞き返す。

 勇者を見つめるスズの薄い緑色のその目は、とてもじゃないけど信用しているといえるものではないけど。



「エルザから聞いたよ。フィーナ様が何度も何度も何度も何度もナナシくんを見逃したって、殺せる機会は何度でもあったのにって。そんな人の出来るかどうかもわからない『次』をボクたちに信用しろって言うの?」



 まるで軽蔑するような目と完全に否定するような言葉。

 スズの言葉にフィーナは言葉を返すこともなく、ただスズを見つめている。


 フィーナも分かってるからだろう。

 望んで勇者のパーティになったわけではない、スズ・ベルクスという少女のことを知っているからこそ。


 メアリーのパーティ離脱が正式に国で認められた直後、スズはセレス学園長に呼ばれた。

 もちろん、そこで言われたのは勇者のパーティへの所属の話だ。


 当然、報酬はあるけど命を危険に晒す機会も少なくない勇者のパーティという条件を考えた時。

 その報酬が割りに合っているとは私も思えない。


 正義と笑顔を守るために勇者になるべくしてなったフィーナとは違い、どちらかと言えばメアリーみたいに教会を挟んで半強制的に勇者のパーティに所属させられたようなものだ。


 そんなスズにとって、悪を滅ぼす好機を何度も無碍にしてきたフィーナに任せるということが不安なのだろう。

 スズは一刻も早く、勇者のパーティを平和的に離脱したいのだから。


 私たちの本来の目的である魔王の討伐とは違う。

 悪と戦うということは無駄とも言えるのだから。



「勝つという約束はできないよ、殺すという約束もね。でも、『終わらせる』。これだけは約束するよ」



「……ふざけないで!!!!!」



 普段のスズからではとても想像のできない怒鳴り声。

 その一言だけで肩で息をしなければならないほど興奮しているのだろう。


「勝つって約束ができない!?殺すって約束ができない!?勇者ともあろう人間が!?ボクはフィーナ様みたいに正義のために死ねる人間じゃないんだ!!!」



 ……スズが怒るのも当然だ。

 スズの家庭は妹が2人、弟が2人の大家族で父親を事故で失っている、つまり決して裕福な家庭ではない。

 セレス学園長もそれを分かった上での報酬の話をしたのだろう。


 とはいえ、スズだって家族のために死ぬことはできないのだろう。

 フィーナのような生活に余裕のある貴族ではないし、家を離れて勇者のパーティに所属するということも断腸の思いだったはずだ。



「……無責任だってことは分かってる。だから強制はしないよ、この戦争に参加する必要はない。スズさんの言う通り、これは勇者としての僕の戦いじゃないから」



 フィーナはスズを見つめながらそう言った。

 スズは驚いたのか、口をポカンと開けながらフィーナを見つめている。



「……笑ってくれていいけどね。僕には友達って言える人がいなかったんだ。ナナシは、そんな僕にできた初めての友達なんだ。ナナシはもしかしたら打算で僕の友達になってくれたのかもしれないけどね」


 はは、と小さく笑いを溢しながら寂しそうにフィーナは言った。

 後頭部の髪を照れくさそうに撫でながら、少し俯きがちになっている。




「僕の親友なんだ」



 フィーナは、顔を上げなかった。

 決して照れくさくてではないのだろう。

 きっとこの戦いで1番辛いのはフィーナなんだ。


「……じゃあ、尚更殺すなんて出来ないじゃない」


「……そう、なんだよね。実のところ、殺すよりは殺された方が気は楽だよ」


 再び、はは、と笑いながら言う。

 私たちからすれば冗談ではすまない発言だというのに、フィーナのその言葉が冗談ではないのだから困ったものだ。



「……いいんだ。魔王を滅ぼせないまま勇者として中途半端に死んだって、王や国民に軽蔑されたっていいって思っちゃったんだ」



 初めて見るフィーナの弱気。

 今まで一度も聞いたことがないフィーナの弱音。


 どれほど溜め込んでいたのだろう?

 どれだけの涙をフィーナは飲み込んだのだろう?


 スズが黙ってフィーナの言葉を聞いているのも、私と同じようなことを思ってのことなのだろう。



「……殺せないよ。僕にはナナシは殺せない。絶対に、死んでも嫌だ。こんなことにまでなってもナナシと友達にならなければ良かったなんて思えない」



 ……分かるよフィーナ、本当によく分かる。

 ナナシと笑って過ごしたあの日々を、ナナシが笑って過ごしてくれたあの毎日を、嘘にしたくないんだよね。



 私だってそうだもん。

 ナナシの手前、仲良くならなければよかったとか、あの時助けなければよかったとか言っちゃったけど。



 私も、同じ気持ちだよ。

 ナナシと友達でよかった、ナナシと友達になれてよかった。



「……終わらせたくなんてないけど、終わらせないと、ナナシはきっと自分の人生を始められないんだよ」



 その言葉を聞いて私はやっと理解した。




 フィーナはナナシに殺されようとしてるんだって。



 フィーナがこの戦いに行くのは、ナナシを倒すためなんかじゃなくて、私たち正義の側がナナシを殺したりしないように守って、最後に自分が殺されて終わりにしようとしてるんだって。



 いつかのように、友達ならいいの?なんて言えない。

 だって、私だってそれでいいって思ってるんだから。


 でもスズは違う、だから私たちを呼んだんだ。

 間違っても、殺されるための戦いに、私たちが参加しないように。



「……そんなのおかしいよ。きっとナナシくんの幸せと引き換えに、たくさんの人が不幸になるんだよ?」



 スズの言う通りだ、ナナシが自分を殺した後のことなんて考えていないからフィーナはこんなことが言えるんだ。



 私と一緒なんだろうね。

 殺されて、許されようとしてるんだ。



「スズさん、僕はね?多分ずっと不幸だったんだよ。多分この先も死ぬまで不幸のままなんだと思う。だってこの先もナナシに憎まれながら生きていくなんて僕は耐えられない。でも、たった一瞬でいいんだ。僕がナナシに殺されるその一瞬だとしても、もしナナシが僕を許してくれたなら、僕はきっと幸せに死ねるんだよ」




 ----フィーナが、やっと幸せになろうとしてるんだ。

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