王国騎士団
現王国騎士団長、ヘリオ・ルーク。
それが今の私だ。
王国騎士団長だったディーンから継いだこの称号。
邪魔だと思ったことも何度もある緋剣だったが、それでもディーンは私の戦友だった。
未だに忘れることの叶わない日。
緋剣が沈んだあの日のことを、私は今でも鮮明に覚えている。
御伽噺の英雄が死んだあの日のことを。
背中から腹にかけて空いた穴、折られ、砕かれた手足。
潰された喉笛、土と血に塗れた王国騎士団に与えられた制服。
ナナシとかいう小僧との決闘が終わり、ディーンの代わりに敗北を認めた私ですらその決闘の結果を信じることができなかった。
今でもあの決闘には何らかの不正が働いていたのではないかと勘繰っている部分すらある。
「……ナナシ・バンディット」
私が殺すべき生意気な小僧。
あの日から私の頭の中はそのことでいっぱいなのだ。
気付けば勇者のパーティから外れていた聖女メアリー・ロッド、行方の知れぬ王の御子息ネザー・アルメリア、引き篭もっていた家から消えたディーン・ナイトハルト。
腐るほどある気にすべきこと、その全てが腐って消えても気にならない程に、私が気になる生意気な小僧。
小僧の友人を自称する勇者フィーナ・アレクサンドのことも私は信用していない。
戦闘に関しては我々の軍を用いたとしても敗色の濃い勇者だというのに、私にはどうしても勇者が小僧を殺せるとは思えないのだ。
「私がやるしかあるまい、私がやらねばなるまい」
王国騎士団長に与えられるマントを羽織り、自らの剣を手に取る。
ディーンは、優しすぎたのだ。
だからあのような小僧に負けたのだ。
あの時、ナナシ・バンディットを真っ二つに切り裂いてやればよかったのだ。
小僧に先手など譲らず、真っ先に、即座に一方的な攻撃に徹するべきだったのだ。
本当に、馬鹿な男だった。
装備を整え、勇者の元へ向かう。
私たちの敵のうち、誰か1人の魔力でも感知は出来ただろうか?
強さで民を守ってやらねばならない。
ディーンのような優しい英雄にならないために、民に優しくせねば頼られないような英雄にならないために。
私は小さく深呼吸をして、誰に応える訳でもなく呟いた。
「『白光』ヘリオ・ルーク。敵はナナシ・バンディット、不足なし」
王国騎士団長としてのヘリオ・ルークはこれで終わりだ。
騎士としてのヘリオ・ルークの力を知らしめるのだ。
ギルド団長 ゴリアテ、アルメリア王国学園学園長 セレス・トート。
見ていろ臆病者たちよ、我がアルメリアの誇る勇猛果敢な騎士団を。
ガチャ
背にした扉がノックもなく開いた。
全く、こいつは民の前を離れるとすぐこれだ。
「おい、ノックくらいしたらどうだ?」
「あぁ、すまない。君が意外と繊細な性格だということを忘れていたな」
呼びつけたのは私とはいえ、こいつもこいつで生意気な小僧だ。
「それにしてもお前にしては随分と遅かったな」
「流石に覚悟に時間が掛かってな、だが無意味だと気付いてすぐ来た。どうせ覚悟などその時にならねば出来るものでもない」
百戦錬磨、とはこのことを言うのだろうな。
雰囲気、態度、佇まい、どれを指してもその言葉が浮かんでくる。
「くく、流石のお前も覚悟を決めねばならない戦争か?血が沸き立つな」
「まあ、な。君も随分集中していたじゃないか?珍しくもない光景ではあるがな」
ニヤリと笑みを浮かべながら嬉しい言葉を吐くじゃないか。
こいつもある意味目的は私と変わらないのだから気持ちは分からないでもないがな。
「……ナナシ・バンディットは私がやる。もっとも、勇者がそれをよしとすればの話だがな」
「断らせるつもりもないくせによく言うな。一学生だからと言って侮るなよ、あのネザーが従ったかもしれない相手だぞ?」
分かっているさ。
お前なんかよりもずっと、あの小僧の危険性は私自身がよく知っている。
「当然だ、お前よりも私の方が小僧のことは知っているのだからな。お前こそ油断するなよ?戦闘中毒のネザー王子だぞ?」
「それこそ当然だ、君よりも私の方がネザーのことはよく知っている。それにしても守る相手は自分で決めろとは言ったがまさか敵側に決めるとは……」
そんなことを呟きながら頭を抱える素振りをしているが、とても悩んでいるようには見えないぞ?
私には念願叶ったりと言わんばかりに見えるがな。
「ははは!ネザー王子の教育もお前の役目だろう?道を違えた弟を正しい道に導いてやらねばな?」
「笑い事で済んでないんだよ、ヘリオ騎士団長。どうも戦いの楽しさというものを知り過ぎてしまったらしい」
皮肉混じりの冗談に便乗するように話を続けるじゃないか。
それに、戦いの楽しさを教えた責任はお前にあるのではないか?
「楽しさしか教えなかったお前の責任だな」
「そんなつもりはないのだが、教え忘れたのだろうか?……っとそうだ、魔力の感知が終わったらしい。対象はナナシ・バンディット、やはり魔力のコントロールはまだまだみたいだな」
任務に関することは雑談より先に言え、と思うが準備は既にできている。
「ならば向かうとするか。お前も準備は出来ているのだろう?」
「だからこの部屋で雑談に勤しんだのだ。見失う前に行かねばな。では私は先に行くぞ」
雑談ならば向かいながらでもよかろうに、と言いそうになってやめた。
戦争に向かう最中、雑談などで戦意を削ぐこともあるまい。
再び扉を開けて出て行こうとする男に私は最後に問いかけた。
「そういえば何を教え忘れたのだ?」
男は少しだけ此方に振り向き横顔を見せ、笑いながら私の問いに答えた。
「『戦いの怖さ』をな。それぐらい自分で理解してもいいとは思うがな」
「くく、強い弟を持つと苦労するな。ネザー王子はお前に任せる、手出しをさせるな。分かったな?
アルメリア王国栄誉騎士 ヘル・アルメリアよ」
「……言われるまでもないが、騎士団長が相手ならば言われておくに越したことはないな。了解した、ヘリオ・ルーク 王国騎士団長」
バタン
扉を閉める大きな音と共に、ヘルは出て行った。
……扉を閉める時は静かに閉めろとあれほど言っているというのに、民と弟の前以外ではまるで別人だな。
どれ、私も向かうとするか。
敵はナナシ・バンディットだが、もしかすれば勇者とも戦う羽目になるやもしれんな。
くく、武者震いが止まらんな。
とりあえずは、兵士たちに喝でも入れてやるかな。




