悪友
アルメリア王国から少し離れた荒野。
ネザーが転移を選択した場所はそこだった。
フィーナとの戦闘は思いの外単純で簡単だったな。
いや、思いの外…….というべきではないのだろうな。
なんのことはない、正義を裏切らせる。
ただそれだけのことでアイツは折れたのだから。
フィーナの心を折るなど、勇者の志を挫くなど。
俺ならばそう難しいことではなかったのだ。
だが、失敗だ、俺にならできると思っていた。
あの状況なら------きっと。
「何故アレクサンドを殺さなかった?」
転移を終えたネザーが俺に背を向けながらそう問いかける。
当然の疑問だろう、あの状況であればフィーナの『勇者』という能力は発動することはなかったはずなのだから。
「友を殺すことに躊躇ったか?それともただ殺すことに怯えたか?」
ネザーは答える間を与えることなく話し続ける。
必要なことだったはずだ、あの場でそれをやらなかった理由はあるとは言え、それはただの俺の我儘なのだから。
「ネザー様!!」
「待って、メアリー」
メアリーがネザーを嗜めようと声をかけるがナーガがそれを止める。
ナーガですらその間違いを理解しているのだ、それが分からないメアリーではない。
「……そうだな、ネザーの言う通りだ」
俺の言葉に反応し、ネザーがようやく俺を見る。
このネザーの目をなんと表現すべきなのだろうか。
落胆した、というのが1番近いのかもしれない。
そんなネザーと目を合わせるのを躊躇って、今度はおれがネザーから目を逸らす。
「………バンディット、貴様が臆病者でも無能でもないことを知らない僕ではない。だが理解できん、アレクサンドを殺すことは貴様の目的だったはずだ」
「……いや、お前の言う通りだよネザー。俺はビビったんだ、友達のままアイツを殺すことを躊躇って、心の折れた親友にトドメを刺すことに怯えたんだよ」
もしかしたら。
もしかしたらあの状況ならフィーナを殺せるかもしれないと思っていた。
あれほど数の有利が取れている戦闘の上、フィーナの能力を封じ込めている圧倒的に有利な戦況なら。
もしかしたら殺せるかもと思っていたんだ。
だからあそこで戦った、だからあのタイミングでリリレイのことをフィーナに話した。
------でも、ダメだった。
やはりダメだった。
多分ダメだろうなとは思っていたが案の定だった。
「それで?」
「あ?」
ネザーにしては珍しく言葉に主語を持たない純粋な疑問に俺は思わずネザーを見る。
………笑っている。
先ほどまでの落胆した表情は完全に消え去り、ネザーは笑みを浮かべていた。
「くはは、なんのこともないなバンディット。もしアレクサンドを殺さなかった理由を貴様が理解していなければ僕は貴様の元から去っていただろう。だが安心したぞ。殺せなかった理由は把握しておるようだな。だからこそ聞こうではないか、策は当然あるのだろう?貴様、どうするつもりだ、バンディット?」
その笑みは次第に分かりやすく変化していく。
俺もその笑みに釣られて顔を伏せながら小さく笑い、再びネザーの目を見る。
「…….あの状況で殺せねえなら仕方ねえ、アイツのことを殺さなきゃいけねえくらいの状況を作るだけだ」
「どうやって?」
俺の説明に今度はナーガが問いかけてきた。
こいつの場合は話に主語がなくても大して違和感はねえな。
「………それは」
策はある、が、それを説明することはできない。
ここでそれを知っているのは俺ともう1人。
「……言ったはずじゃぞ、小僧。その道は茨の道だとな」
話に割り込むようにイツァム・ナーがそう呟く。
そう、爺さんにはあの時それを話している。
だからこそ爺さんは今、ここにいるのだ。
「……この期に及んで私たちにも言えないようなことをする気なの?」
「あぁ」
ナーガの問いかけにただそう答えた。
それ以上は何も言わない、それ以上は何も言えない。
また怒られそうだ、こいつが怒ると長いんだよな。
「そっか」
だが俺の想像していた反応とは違い、ナーガはそれで話を終わらせた。
「……意外だな、文句の一つでも言うと思ってたんだが」
「だって言えないんでしょ?じゃあそれ以上は聞かないよ。でも忘れないでね。私はナナシくんの味方だよ、ナナシくんが誰を殺しても、何を奪っても、私はナナシくんと一緒にいるよ」
ナーガは微笑みながら俺に言う。
随分とまあ変わったもんだ、この面子の中では1番仲良くなれないと思っていたんだけどな。
「でもナーさんだけは知ってるんだね、あれかな?ナーさんはナナシくんにとってこの中で特別なのかな?ネザー様は私より先に仲良くなってたから仕方ないけどナーさんとはそんなに仲良くなるほど一緒にいないと思うんだけどなあ」
………本当に変わったもんだ、こうなるとは思ってなかったんだけどな。
「………あれ?でも冷静になるとネザー様もおかしいですよね?ナナシくんと会ったのは私の方が先なのになんで私よりナナシくんと仲良いんですかね?」
………まさかネザーにもいくとは思わなかったな。
またもや珍しくネザーが驚いている。
「………ディオネ。貴様、聞いた話によるとバンディットとの初対面で喧嘩を売ったそうではないか?それならば……」
「でもそれネザー様もですよね?」
「いや、あれは喧嘩ではなくてだな……」
くく、ネザーの慌てふためく姿は見たことがなかったな。
思わず笑みが溢れてくる、親友を殺せなかった後だというのにな。
「………楽しいね、ここは」
ディーンがふいにそう呟く。
寂しそうな雰囲気を醸し出してはいるが不満はなさそうだ。
「お前だってアルメリア騎士団団長として散々チヤホヤされて楽しかっただろ?」
「いや、そうでもないさ。騎士団は平和を守る仕事だと思っていたんだけどね、平和だと今度は騎士団は国民の税金泥棒だ!なんて騒がれたりもしたものさ」
「……理不尽ってのはどこにでもあるもんだよな」
そう、その理不尽が受け入れられなかったのが俺たちだ。
強さを、弱さを、民衆を、人間を、正義を。
だから俺たちはこっちを選んだんだ。
「……ねえ、ナナシお兄ちゃん、あの人がお父さんを殺したって……?」
で、まあそりゃあそうなるよな。
できることならリリレイにボスのことを伝える気はなかったし、山賊のことを言うつもりもなかったんだけどな。
「……ああ、お前の父親。あー……アノニム・フルート?だったか?……呼びなれねえな、ずっとボスって呼んでたしな」
「………ボス?」
「あぁ、『名を捨てた団』って山賊のな。お前の親父は村を出てから山賊として山で暮らしてたんだ。俺は捨て子みたいなもんでな、そこでボス……じゃねえ、アノニム・フルートに拾われたんだ」
リリレイはそれを聞くと少し寂しそうな顔をした。
まあリリレイみたいな綺麗な魔力に育てた父親が山賊だったなんて言われたらそりゃそうだろうけどな。
「……そっか、山賊なんてやってたんだ。お父さんには似合わない気がする」
「はは、そうでもねえさ。ボスはみんなから慕われてたぜ?もちろん俺も慕ってた」
俺がそう言うとリリレイは少し嬉しそうな顔で笑った。
少し無理してるのが丸わかりだ、こんな少女に気を遣わせちまうとはな。
「……実際、ボス……アノニム・フルートと出会わなきゃ俺は死んでた。つーか多分リリレイも奴隷のままだっただろうしな。まあ、遠回りにはなったが、ボ…アノニム・フルートはお前を助けてやれる人間を助けたってわけだ」
「………ふふ、ボスで大丈夫だよ」
「あー、悪いな。山賊やってた時からお前と会うまでボスの名前知らないままだったからよ」
結局、俺はボスのこともロンドのことも他の仲間たちのことも知らないままだったしな。
と、リリレイとボスのことを話しているとナーガから逃げてきたネザーが声をかけてきた。
「しかしバンディットよ、アレクサンドはあのままでよかったのか?貴様がどう変わるにせよ、奴があそこから変われるとは思えんがな」
「それなら問題ねえだろ、なあディーン?」
「そうだね、途中からなんとなく察していたよ。フィーナ君にやらせるつもりなんだね?僕の依頼を」
その通り、騎士団を呼び寄せるためにあそこで魔力を解放したのだから。
ヘリオは俺の魔力を知っていて、俺に酷く執着している。
その俺が、人気のない場所で魔力を解放しているのだ。
ヘリオからすれば絶好の機会。
そしてヘリオはフィーナと会うだろう。
「まずは騎士団からフィーナと会わせる。勇者と騎士団を別離するためにな。フィーナは今正義に疑問を感じてるはずだ、だからこそあの白髪との相性は最悪だろうしな」
「なるほどね、でもどうだろうね?ヘリオはああ見えて正義感の強い男だし、案外気が合ってしまうかもよ?」
くく、絶対にねえな。
「安心しろよ、ディーン・ナイトハルト。正義と正義の皮を被った悪は正義と悪以上に相容れねえもんだぜ?」
そうだよな、勇者 フィーナ・アレクサンド?




