別れ
「ナナシ……下がってろ」
ボスが俺に言う。
いつかこんな日が来るのではないかと思っていた。
盗み、奪い、壊してきた自分達に対する当然の報復。
村の人間が依頼したのだ。
あの山賊達を捕まえてくれと。
盗まれ、奪われ、壊されつつも依頼するために少しずつ金を貯めていたのだろう。
それはきっと、俺がこの世界に来る前からずっと。
そして、とうとうこの日が来た。
「僕の名はフィーナ・アレクサンド!村の人達に害を為す山賊達、君達を捕まえにきた!!」
「名を捨てた団のボスだ。名は無い」
「素直に投獄されてくれると助かるよ。村の人達からは生死は問わないと言われているけれど、出来る事なら殺したくない」
「はっ!馬鹿かお前?俺達は山賊として生きてきた、死ぬ時もそうだ。大人しくはいわかりましたとはいかねえんだよ!!」
ボスが石をフィーナに投げつけ牽制する。
「はっ!」
フィーナは剣で石を弾き飛ばす。
ボスはそれがどうしたと言わんばかりにフィーナの周りを走りながら、石や土を拾っては投げ続ける。
俺がそれを呆然と見ていると茂みから誰かが俺の腕を掴む。
「転移!」
その声と共に視界からボスたちは消えた。
転移が終わり、周りを見渡すとそこはアジトだった。
ロンドが俺に触れ、転移したのだ。
「お前ら!ナナシを奥の独房に繋いでおけ!!」
そう言うと他のメンバー達が俺を掴み、独房に連れ込もうとする。
「おい!やめろよお前ら!!何やってんだ!!俺だって戦える!!俺も戦う!!!」
気づくと、俺はそう言っていた。
そうか、ここは居心地がよかったんだ。
俺はいつからか、こいつらを失いたくなかったんだ。
「ナナシ。お前は、お前だけは生きてくれ。俺はお前を失いたくない。ボスだってそうだ。こいつらもな」
ロンドがそう言うと周りのメンバーも俺の手足を錠にかけながら続ける。
「当たり前だぜ、ナナシは俺達の子みてえなもんだからなぁ」
「おいおい子みてえって事はねえだろ、ナナシは俺らが育てたんだぜ?俺らの子だろ」
「まあ俺くらいの年齢になると子ってよりは孫って方が合うかも知れねえけどな」
「はっ!俺ら全員家族だろうが!よく聞けナナシ、アイツはやばい。勇者 フィーナ・アレクサンド、名前しか聞いた事がないがあいつはかなりの実力者だ。俺らが全員やられた後、あいつは絶対ここに来て繋がれたお前を見つける。そしたらお前はきっと保護されて街に連れて行かれる。そこから先、お前は山賊として生きる必要はない。生きたいように生きろ」
ロンドがまるで別れのような事を言う。
まるで、二度と会うことはないとでも言うような言葉。
「なんでそんな今際の際みてえな事言ってんだよロンド!?生きたいように生きていいなら俺も連れてけよ!!俺だってお前らみたいに山賊として生きてえんだ!!俺だって山賊として死にてえんだよ!!」
言葉が溢れてくる。
涙が溢れてくる。
------あぁ、ここまでか。
俺はここまでこいつらと生きたかったのか。
注がれた愛情というのは、ここまで俺の悪意を抑えてくれるものだったのか。
「お前が生きててくれりゃいいさ、俺らはもう充分生きた。山賊としてろくでもねえ人生だったけどよ、お前を育ててやれた。あぁ、ああ---満足した。自分のガキと過ごす時間ってのはこんなに輝いてるもんなんだなって思ったよ」
「……ロンド、俺、お前らが嫌いだった……俺が持ってない家族みてえなのを持っててよ……絶対いつか殺してやるって思ってたんだよ……だから……俺……俺は……」
「------わかってるさ、そんくらい」
ロンドは、そう言った。
「なんで……?」
「そりゃあんな殺気とか悪意でバチバチの魔力を毎日見せられてゃわかるさ」
「じゃあ!……じゃあなんで俺なんか育てたんだよ!?なんで俺なんかを鍛えてくれたんだ!?」
「当たり前だろ、お前は俺らの子なんだからよ。俺らを殺せるくらい強くなって生きてってくれんならそんな嬉しいこたぁねえよ、なぁお前ら」
メンバーも続ける。
「おうよ、山賊なんかやってりゃ殺されるのなんか怖くねえさ、家族に殺してもらえんなら願ったり叶ったりだぜ」
「まあ最近じゃナナシに組み手で勝てんのはボスくらいだし、魔法でもロンドじゃねえと勝てねえからそろそろだろーなって思ってたけどな」
「そうだよなぁ、最近ナナシと組み手するってなると今日こそ殺されるかもって思うしな」
「わかるぜ、強化魔法で部位強化するスピードが段違いにうめえんだよな」
「組んでる時に転移で背後を取るタイミングとかも絶妙でな、ありゃ俺の指導の賜物だぜ」
「バッカ!ありゃ俺だ!!」
「こんだけの奴らがお前の強さを認めてんだぜ?ナナシよ、だから……その……あぁ……強く……本当に強くなったよなぁ…ナナシ」
ロンドの目に涙が溢れる。
「おいロンド、泣くのはナシだって言ったろうが!」
「うるせえ!年取ると涙腺弱くてよぉ……」
「ったく、ナナシが心配するだろうが」
なんと声を掛けたらいいのだろう。
これから自分を守るために死を覚悟した家族達に。
死なないでなどと言えるものか。
がんばってなどと言えるものか。
涙は未だ止まることなく、ただ勢いを増して溢れる。
「あーあ、ほらみろロンド」
「ちっ……おう泣くんじゃねえナナシ!」
「お前のせいだろうがロンド」
「うるせえな!!ほら行くぜお前ら、俺たち山賊、奪っても奪われんのだけは死んでも許さねえぜ、そんで死ぬときゃ死にたくねえってもがきながら死ぬのさ。山賊になった時からその覚悟はできてんだろ!?」
おぉ!!とメンバー達が盛り上がっている。
声ははっきり聞こえるが、その光景は涙でぼやけていてよく見えない。
「じゃあなナナシよ、楽しかったぜ」
転移、とロンドが唱えるとアジトには俺1人になった。
そしてその時から、この世界にいた俺の家族は誰1人いなくなったのだ。